気付いていた先輩
「今日はまず帽子な」
「はいっ!」
カメラを持って、昼過ぎに集合した俺達は、噴水を見に行く前にお店巡りをする約束をしていた。
この間の鼻血のこともあったし、なるべく早く必要だと思ったから。
それにしても今日も暑くて、大型ショッピングモールにして正解だったなと思う。
電車からお店までの道で既に汗をかいたし、西宮も既に頬を赤くしていた。
「休憩多めに取ろうな」
「……はい」
照れて笑う西宮が可愛い。
きっとショッピングモールに居る犬より可愛いんだろうなと思う。
「これは?」
「うーん、少し大きいです」
「お前頭ちいせぇな」
「脳みそが少ないってことですか!?」
「言ってねぇだろ」
そんな俺たちのやり取りに、後ろに居た女性二人組がくすくすと笑うから若干居心地が悪い。
西宮は気にした様子なく俺ばかりを見ているけれど、先程から西宮は周囲の視線を集めていて、こいつモテるんだなと俺はちょっと感心していた。
背が高いし、注目を集めやすいのだろうなとも思う。
キャップはお店で見つけるたび西宮に試着させていたけれど、合うサイズがなかなか見つからなくて難航していた。
頭が大きくて入らないではなく、キャップの方が大きいというのは初めて聞くパターンだなと思う。
後ろの調整も試したけれど、今のところどれも形が悪くなるほど絞ることになるから難儀だった。
「次行くぞ」
「っはい」
声を掛けると、西宮は本当に犬みたいに付いてくる。
見えないはずの尻尾を振って、楽しそうに、幸せそうに。
お店よりも俺を見ている時間の方が長いんじゃないかと思うくらい、俺を見ながら、俺の傍に居る。
けれど沢山の家族連れとすれ違うたびに思う。
こいつの心は今、ちゃんと満たされているのだろうか、ということを。
「あそこもあるな」
「はいっ」
「見たら休憩しよう」
「はい!」
上から降り注ぐ視線はにこやかで、温かい。
無性にその頭を撫でたくなって、けれどここは人目の多い通りで。
迷って、帰ったら沢山撫でてやろうと思った。
ほんとの犬なら今直ぐ撫でられるのになとか、妙なことを思ったりもした。
「ふふふ……ふふっ」
「うるせぇ」
「何も言ってないですよっ」
フードコートで向かい合って座り、ずっと笑顔を溢している西宮を見遣る。
西宮の帽子は無事買えて、おまけに何故か俺も揃いのキャップを手にしていた。
お揃いにしたいですとごねる西宮に、まあ俺も気に入ったからいいかと納得したはいいものの、結局西宮のキャップは俺が、俺のキャップは西宮が買うことになった。
俺が買うからいいと言ったけれど、俺もプレゼントしたいです!と言って聞かなかったのだ。
お散歩の途中で座り込んでてこでも動かない犬みたいだった。
それからお店が刺繍のキャンペーンをしていたから、お互いのキャップにはお互いのイニシャルが入っている。
黒のキャップに黒色の刺繍で、目立ちませんけどいいですか?と店員さんに問われて、頷いた。
目立たないけどそこにある、それが良いなと思ったから。
「お揃い、嬉しいです」
「はいはい」
「ふふふ」
ずっと笑顔の西宮に、ご機嫌だなぁと呆れながらも笑う。
俺も実際結構、嬉しかったから。
お揃いは初だし、形が綺麗でシンプルなキャップを選んだから、敢えて言わなければお揃いだと分からないところも気に入っていた。
さり気ないお揃い、目立たない刺繍。
主張は少ないけれど、深いところで繋がっているような感じが心地よかった。
それからレストランで夜ご飯を食べて、噴水が見られる場所へ行く。
日が落ちてもまだ外は暑くて、途中で水も買った。
「花火とかも見に行きたいですね」
「おー、いいな」
「夏祭りも行きたいです」
「いいな」
「浴衣、着てくれますか?」
「……脱がさないならいいよ」
「や……約束はできないです」
「ばぁか」
ちょっと体当たりして、笑って、歩いて。
そうして辿り着いた場所は、誰も居なくて不思議な空間だった。
「水はもう出てるんだな」
「ですね、イルミネーションは……三十分後ですね」
「分かった」
まだ辺りは夕日で照らされていて明るくて、確かに今光っても見えないかもな、と思いながらカメラを構える。
西宮はそんな俺をずっと撮っていたけれど、気にせず俺は自分の目の前に集中した。
遠くを走る車の音と、流れる水の音、どこかで鳴く鳥の声に、俺や、西宮の立てる音。
一人なら心細く感じそうなこの場所も、西宮が傍に居るから、何も不安じゃなかった。
「西宮」
「はい」
「好きだ」
「えっ!!」
周りに人も居ないし、伝えたくなったから言う。
ちゃんと受け取ってくれた西宮は、夕焼けに負けないくらい顔を真っ赤にしていた。
「お前は俺が幸せにするからな」
「は、は……い……」
ずっと考えていた。
ショッピングモールでカップルや家族連れと、すれ違うたびに。
俺たちはまだ、ああして堂々と外ではくっつけないけれど。
婚姻関係だって、簡単にはまだ、結べないけれど。
子供だって、将来だって、永遠だって、この先だって、何も、何も分からないけれど。
西宮を満たすのは俺の役割だと思った。
いつも俺を満たしてくれる西宮の、心を満たすのは俺の役割だと。
他を見ても寂しくなんてならないくらい、俺が満たしてやると、そう思った。
俺が手を伸ばすと、西宮はカメラを構えた後、俺に寄ってくる。
「お前が嫌って言うまで傍に居る」
「っ、なに……なに、先輩」
「泣くなよ」
西宮が家族連れを見ないようにしているのは気付いていた。
俺ばかりを見て、敢えて周りを見ないようにしていることに、気が付いていた。
西宮は自分がゲイだと言っていたから、その結論を出すまでの道のりで、相当苦しんだだろうなと思って。
そんな想いや不安は一切見せず、俺に笑いかける西宮を、何度も抱き締めたいと思った。
女性と付き合っていた経験のある俺と、一緒に居るのは少し辛いだろうなと思ったのだ。
俺が西宮を失ったらと思うよりもずっと、西宮は俺を失う怖さを抱えていたかもしれないと思ったのだ。
現に西宮はこうして泣いていて、震える手で、俺の手を掴んでいる。
「一緒にじじいになろうな」
「っ、はい」
「愛してるぞ」
「っく、お、俺も、愛してます」
「はは」
本気で泣いて、嗚咽を漏らして、それでも応えてくれる西宮に笑う。
二人きりなら抱き締められたのにな、と思いながら高い位置にある頭を撫でると、西宮はそのまま、力が抜けたようにしゃがみ込んでいった。
「ううう」
「ははは、うわっ」
「へ」
そんな西宮を笑っていたら、突然足元が光って、水が吹き出して。
慌てて避けると、シャッター音が聞こえたから振り返る。
「おい」
「あ、すみません、その、綺麗で」
先に心配をしろよ、とふざけて掴みかかると、泣いていたはずの西宮は笑っていて、俺もその顔を撮る。
「あっ、鼻水出てるのに!」
「拭け!」
いつもティッシュ持ってるだろ、と言えば、あ、と今思い出したようにカバンを漁るから呆れて笑う。
西宮は俺の為にティッシュやら絆創膏やらをいつも持ち歩いていて、それなのに自分の為に使うという発想が無かったらしい。
それなら俺は西宮の為に持ち歩くか、と思って、言えば、きっと調子に乗るから黙っておこうとして。
「お前の分のティッシュはこれから俺が持つよ」
敢えて、ちゃんと言葉にする。
俺が満たすって決めたから。
小さなことも全部、ちゃんと伝えてやろうと思ったから。
「っぐ、はい、うっ」
「泣くか笑うかどっちかにしろっ」
結局西宮が落ち着くまで背中を摩ってやって、夕日が落ちきって暗くなった中、二人で暫く、イルミネーションと噴水を眺めていた。




