全部好きな先輩
「お」
「お?」
西宮の声が聞こえて辺りを見回すと、並んで歩いていた島田が俺を見て首を傾げるから、俺も同じように首を傾げる。
「今西宮の声したろ」
「え?聞こえなかったぞ」
「あ?あんなによく通る声なのにか?」
たまたま聞こえなかったのか?と思っていたら、また遠くから「せんぱーい」という声が聞こえるので探す。
すると渡り廊下から見える下の階に西宮が居て、大きく手を振っていたから笑ってこちらも振り返した。
あんな遠いのによく見つけたな、と思っていたら、島田が笑うから隣を見る。
「いや、今のも全然聞こえなかったわ。愛だな」
「はあ?」
「好きだからこそ聞き取りやすいんじゃないか?」
「はあああ?」
まさかそんな、と思う。
だってまだ西宮を知らない時からあの声はよく聞こえたし、それ以降もずっと、よく届く声だと思っていて。
「普段も西宮君の声に気付くの早いもんな」
「は……え?」
「俺いつもお前の反応で西宮君に気付いてるぞ」
「は!?」
嘘だろ、と思う。
あの声は全員に、よく届く声なのだと思っていた。
西宮の声そのものがよく通る声なのだと。
俺はあの声に弱くて、だからあまり他の人に聞いてほしくないとさえ思っていて。
それなのに、あの声が聞き取りやすいのは、俺が、西宮を好きだから……!?
「ははは、顔真っ赤」
「ばっ……」
ばか、は、ちょっと言いにくくて、黙る。
西宮になら言えるのに、と思って、顔の熱さを自覚する。
好きだから、俺の耳はあの声をよく拾って。
好きだから、甘えて、『ばか』も、言えている。
「……俺今日もうダメかも」
「ははははっ」
思わずその場に座り込めば、カシャ、と音がして、見上げると島田がスマホで俺を撮っていて。
今度西宮君に会ったら見せよ〜などと言っているから、掴みかかっていたら、その様子を遠くから西宮のカメラで撮られていたらしい。
この大学には俺の盗撮者が多過ぎる。
「俺、お前の声、よく聞こえるんだ」
「声?ですか?」
「そう」
その日の晩、俺の部屋に来た西宮に巻き付きながら話す。
西宮は俺の尻をこねながら話を聞こうとするから、その手を叩き落とした。
「ああっ」
「尻をこねるな」
「いやぁ、ははは、いい弾力で」
全然反省していない様子に、きっ、と睨めば両手を上げるから、それでいいんだ、と頷いてまた巻き付く。
静かになると聞こえる互いの吐息が心地いい。
そのまま寝そうになって、言わなきゃ、と気力を振り絞って。
「好きな人の声、よく、きこえる……らしい……」
「へっ、えっ!?」
だから響くんだって、大きな声出すなよ、は、ちゃんと声に出せたか分からなかった。
今日は赤面疲れをしたせいか、いつもより疲れていて、そして眠かった。
「解説を求めます、先輩」
「ああ?」
起きて早々、トイレに行こうとした俺を捕まえて引き摺り戻して、腕の中に捕らえた西宮が言う。
解説ってなんだ?と首を傾げると、西宮は「う、可愛い……!」とかなんとか言いながら何かダメージを食らっている。
そんなことより俺はトイレに行きたいんだが、とその腕を抜け出そうとすると、また拘束がキツくなるから困った。
「トイレ行かせろ」
「答えてくれたらいいですよ」
「はぁ?何のだ?」
「昨日寝る前に先輩が言ってたことです!」
寝る前に俺が言ってたこと。
何言ったっけな。
「あ、そうだうどん屋行くか」
「え!?はい!!」
「うるせぇ」
言ってたことより、言おうとしてたことを思い出して言うと、西宮はキラキラの笑顔と大きな声で同意してくるからちょっと上体を反って距離を置く。
それから大きな声、で昨日何を言っていたか思い出して、ちょっとまずいな、と思った。
「あー……あー、忘れたな」
「……その感じ、覚えてますね?」
「……」
言うようになったな、とか、よく分かったな、とか思うけれど、それより昨日言ったことを改めて、意識のはっきりしている今言うのはちょっとキツいなと思う。
なんとか逃れられないかと考えるけれど、トイレに行きたいし、西宮は散歩中にてこでも動かなくなった犬の顔をしているし。
つまり言うのが一番早くて、俺は西宮を満たすのだと決めたから、言うのが一番いいのだけれど、耳に徐々に、熱が集まる。
「昨日……呼んだだろ、俺のこと」
「昨日、はい!たまたま見つけて、嬉しくて!」
「それ、俺しか聞こえてなかったらしくて。側に居た島田は全然気付いてなくて、あんなによく通る声なのにか?って聞いたら、いつもの西宮の声だって、俺が反応してるから気付くって言われて」
伝わるかなこれ、と悩みながら、西宮の胸に頭を寄せる。
反射で撫でてくれた西宮の手を感じながら、昨日の島田との会話を思い出して、声に出す。
「好きだからよく聞こえるんじゃないかって言われて、ちょっと納得した、って話」
「ああ、先輩……俺の声好きですよね」
「……あ?」
「だっていつも耳元で話すと、凄く反応してくれぶっ!」
「うるせぇ!!」
やっぱこいつ確信犯だった、くそ、この野郎。
枕をひっくり返して西宮に叩き付けると、腕の拘束が弱まるからその隙にトイレへと駆け込む。
西宮は追いかけてきていたけれど、俺がトイレに入ったと分かると足音が離れていった。
くそ、くそ、くそ。
お前のことが好きで、お前の声が好きで。
お前の声に弱くて、お前の声が弱点で。
恥ずかしいけれど、ちゃんと伝えたくて言葉にしたら、もう知っていて、知らずのうちに、武器にされていて。
ズルくないか?ズルいよな。
俺も何か武器を持ちたい。
けれど最近はキスも返り討ちにされるし、あの声で甘えられると力が抜けるし、全然武器が思い当たらない。
素直な気持ちを言葉にすれば西宮は喜んでくれるけど、あれは俺にも恥ずかしいというダメージが入っていて。
だから全然思いつかなくて、悔しくて、とりあえずトイレを済ませて出れば、何故か床に正座している西宮が居た。
「先輩、あの、」
「好きで悪かったな。他の奴に聞かせたくないとか思ってて悪かったなっ」
「へ!?」
「お前も、お前の声も、全部好きで悪かったな、ばか!」
「せ、先輩っ」
やけくそで言えば、西宮は俺に飛び付いて来ようとして、けれどそのまま崩れるからビビる。
「おまっ、大丈夫か」
「あし……」
「足?」
「足痺れました……」
「……へぇええ?」
「あっ、待って先輩、だめ!」
ここぞとばかりに西宮の足をつつきまくって、笑い泣きしながら震えていた西宮が復活した暁にはあの俺に効く声で散々囁かれまくって、最終的に俺が潰れた。
「いただきます」
「いただきます」
約束通り、うどん屋に西宮を連れてきた。
本当は昼に来る予定だったけれど、散々な攻撃を受けて足腰が立たなくて、夜になってしまったけれど、まあいい。
俺はきつねうどんで、西宮はかけあげうどんを選んでいた。
店内は賑わっていて、夜なのもあって飲んでいる人も多い。
それから何故かここはスイーツにも全力で、ケーキ屋さん並のスイーツが出てくるから女性人気も凄かった。
ここは俺も先輩に教えてもらったお店で、うどんの出汁が美味しくて気に入って何度も来ていて。
そんなお店に、西宮と一緒に来ているということがなんだか感慨深かった。
「美味しい……!」
「だろ」
一口食べて目をキラキラさせている西宮に微笑む。
ここのうどんは本当に美味い。
俺も啜って、鼻に抜ける出汁の香りに蕩けるような気分になる。
真夏でも、汗をかいてでも、この出汁は温かいまま味わいたい。
そう思うほどに美味しくて、俺らはほとんど話さず、うどんと向き合って最後まで食べた。
「これは……凄いですね……!」
「うん、あとパフェも美味いぞ」
「ぱふぇ?」
うどん屋さんで??とたまげている西宮に笑って、俺はパフェとわらび餅を追加注文する。
以前徹夜でレポートを仕上げて、へとへとで食べに来た時はうどんだけで満足できなくて、明らかに脳が糖分を求めていたから普段は絶対頼まないパフェを注文したら、あまりの美味しさにちょっと泣きかけた。
そんなパフェが、ここにある。
西宮にも食べさせてみて、キツそうだったら俺が食べようと思っていたら、届いたパフェに目をキラキラとさせた西宮は、当時の俺以上にあっさりと平らげるから今度は俺がたまげる番だった。
「お前甘いもの強いんだな」
「はい、結構好きです!」
層が変わるごとに俺も一口もらったけれど、まあまあ量がある分その余裕具合に驚いた。
俺はわらび餅を食べて、一切れ西宮にも渡して、そうして食べ終わる頃には俺も満腹で。
西宮はごねたけれど俺が払って、外に出ると、また暑い熱気に包まれるから、伸びをする。
「お酒飲めるようになったらまた来るか。ここのお酒は全部うどんに合うらしい」
「へええ!本当に美味しかったです、またぜひ来ましょう」
ほくほくの西宮に笑って頷いて、俺はようやく出会った日のお返しができた、と思う。
あの日西宮が酔った俺の傍にずっと居てくれて、俺を家まで送ってくれたからこそ、恐らく俺は今も尊厳を保った状態でここに立てている。
カメラを売りつけるような変な奴が紛れ込んでいた飲み会だったのだ、醜態を晒せば記録されて、悪戯されていた可能性だってあっただろう。
「ありがとな」
「へ?はい!こちらこそ!」
「はは」
きっと、よく分からないまま返事をしている西宮に笑う。
「お前と出会えて良かったよ」
「へっ!?」
俺の突然の言葉に、うどんパワー……?とか西宮は言って混乱していたけれど、まあなんでもいい。
俺は今も西宮の隣に居られて幸せだよ。




