買いましたの後輩
「先輩、俺カメラ買ったんです」
「は……!?おまっ、あのカメラか!?」
「うがっ」
俺の部屋に来ていた西宮は、俺を膝の間に抱え込んで、抱き締めてきていて。
暑いなと思いながらも、西宮という名の背凭れがあるのは案外心地よくて、そのままにしていた中。
西宮が唐突に言い始めるから、勢いよく振り返ると、俺からの若干の頭突きを食らった西宮が潰れた声を上げていた。
「あ、すまん」
「いえいえ、先輩いい匂い……」
「嗅ぐな!!」
シャワーを浴びたばかりだしそりゃシャンプーの香りはするだろうが。
嗅ぐなよと無理な体勢で西宮の鼻を覆うと、俺の腰に添えられた西宮の手が動くからそれも叩く。
「おま、話すかイタズラするかどっちかにしろっ」
「じゃあ、イタズラで」
「違う!!」
そっちじゃない、ばか、そういう声は次第に弱くなる。
服の裾から入ってくる手が熱くて、西宮の鼻を覆う俺の手が舐められて、体全体から力が抜けたから。
「ばか、もう、さっきしただろっ」
「何回でもしたいです。先輩……」
「っ」
だから俺は、お前の声に、弱いんだって。
振り返った姿勢のまま完全に力の抜けた俺は、俺を抱えている西宮に倒れかかって、素肌を撫でられて、耳を食まれて、それで。
目の前にあった、西宮の鎖骨に大きな口を開けて噛み付いた。
「いだあ!!」
「っ先に、話せ!カメラ!」
乱れる息の中言うと、ようやく西宮の侵攻が止まる。
この間せっかく守れたのに、また勝手にカモられやがったのか。
てかいつの間にカモられたんだよ。
俺の見えないところでカモられてんじゃねぇよ。
余裕の出てきた頭で考えると、じわじわモヤモヤとしてきて、追加で鎖骨を噛むと西宮が体を反応させているから、そういう意図じゃねぇよとキツく吸う。
「わっ、先輩大胆……」
「ちげぇよ」
赤く色付いた鎖骨の一部を舐めながら、更に吸ってまた噛む。
俺の歯型の中央に赤い跡があって、なんか芸術的だなと眺めていたらまた俺の素肌を撫でる手が動き始めるから睨んだ。
「話すまで抵抗するぞ」
「そ、それも良い……」
「こっの変態!!」
両頬を摘むと西宮が両手を上げるから、そこでようやく離れられて、俺はその場に西宮を正座させた。
「話せっ」
「は、はい、あの、カメラは自分で調べて、お手頃なものを買いました」
「どこから?」
「お、お店からです、ちゃんと保証書も付いてます!」
「……いつ」
「へ?あ、今日、です」
「……今日ぉ?」
「はい!」
今日そんな暇あったか?と思う。
大学があったし、帰りは……そういえばバラバラだった。
荷物を取りに行くとかで、てっきり泊まりの荷物だと思っていたけれど。
「あ?じゃあお前今日泊まらないのか」
「へっ!?と、泊まっていいんですか!?」
「あ」
墓穴掘った、と思った時にはもう遅かった。
飛び付いてきた西宮に、「やった……寝かせませんから」と囁かれて、もうだめだった。
「それで、先輩、一緒にカメラ旅してもらえませんか」
「……かめら?」
俺は散々愛されて眠くてヘトヘトなのに、まだ元気そうな西宮の言葉に寝落ち寸前で反応する。
かめら、カメラ。
そうだカメラ。
なんで急にカメラ買ったんだ?
カメラ旅ってなんだ、どこに行くんだ。
一緒に、ってそれってデート……か。
そういや俺たちまだデートらしいデートをしてなかったな。
いいんじゃないか、しよう、デート。
「いいよ……しよ」
「えっっもう一回……!?」
「ばかぼけかす……」
「ひどいっ」
そこで、完全に寝落ちた。
温かい温水プールみたいなところで、ゆらゆら揺られて、やたら気持ちよかったのは夢だと思いたい。
「おいこら金取るぞ」
「おいくらですか!」
「……」
目が覚めて、週末。
今日の予定は特に決めていなくて、けれど朝からご機嫌な西宮に、何度も何度も盗撮されていて。
盗撮、っていうかバレバレだけれど。
堂々とレンズの付いたカメラを構えて、俺ばかり撮っているから睨みつけていた。
その顔まで撮られるから金を取ろうとしたら、それすらも乗り気だから為す術がなくて。
呆れていたら、その顔まで撮られる。
「先輩可愛い」
「撮る度に俺からのキスが減る」
「えっ」
金がダメなら、と次の策を出せば効果てきめんで。
ようやくカメラを下ろした西宮と目が合う。
そしたらマテをされている時の犬みたいな目が見えて、少し怯んだ。
「デート、行くんだろ」
「……へっ」
撮ってねぇでさっさと準備しろ、と促すけれど、固まった西宮は動かない。
だから寄って、顔を寄せるのに、俺の奥の何もないどこかをぼうっと見ていて。
仕方ねぇな、とその唇にキスを落とせば、開いたままの目が、ようやくちゃんと俺を見た。
「んっ!?」
「……戻ったか」
どこかへ意識が飛んでいた西宮がようやく帰ってきたから、離れようとすると掴まれる。
そうして引き寄せられて、今度は西宮からのキスが降ってくるから、抵抗して。
「もう、お前っ、ばか」
禁止令出すぞ、って言えば大人しくなるから、その隙に離れてファイテングポーズを取った。
「先輩からキスしてくれたのにっ」
「それはそう」
「それに俺、大学では我慢してます」
「……それもそう」
「だから二人きりの時は許してください……ね」
「っ、無理!!」
「ええっ」
こいつは無自覚なんだか自覚してなのか、どこか妖艶さのある笑顔で俺に効く声を出すから困る。
その声を聞くと俺はほぼ確定で負けて流されてしまうから、今日こそ負けないぞの気持ちで拳を強く握った。
「デート、したくないのかよ」
「しっ、したいです」
「なら早く用意しろ」
「……か、帰ったら、その」
「……」
「帰ったら、しましょうね」
「……」
結局、俺が弱いのは西宮の声じゃなくて。
こいつ自身なのかもなと思いながら、小さく頷いた。
「あれ、先輩はカメラ持って行かないですか?」
「……俺カメラ持ってないぞ?」
「えっ!?」
「うるせぇ」
ようやく外に出る準備をした西宮が、玄関で俺の軽装を見て首を傾げるから、俺も傾げる。
てか俺カメラ持ってるなんて話したか?と思って、脳裏を過ぎるのは西宮と出会ったあの日のこと。
『俺カメラ趣味なんですよね』そう言って、カメラを売りつけようとしていた先輩を、追い払ったあの時のこと。
「おま……まさか真に受けて……」
「へ?」
あれは単に、ただカメラを売りつけたいだけの奴が居たから、俺はカメラの知識ありますけど、そのカメラの良さ解説できます?という、圧を出すためだけに吐いた嘘で。
まさか傍で聞いていた西宮までもが信じて、カメラを買ってくるなんて思わなかった。
それはつまり、俺の趣味を知ろうとして、合わせようと、してくれたということで。
「かっ、わ」
「皮??」
「……うるせぇ」
「ええ!?」
可愛過ぎるだろ、と呟きかけて、慌てて口を閉じた。
西宮は若干戸惑った様子で、俺を見ている。
「俺、カメラの知識も無いぞ。でもお前買ったなら俺も買うか。興味はあったんだよな」
二人でなら外で撮ってても恥ずかしくなさそうだし。
そう言ってスマホを出して、その場で近くの販売店を検索する。
「せ、先輩!」
「うわっ」
「それなら俺、案内します!!」
「……お、おう」
いきなりスマホを掴まれたかと思えば、西宮がキラッキラの顔でこちらを見ていたから、ビビりながらも了承した。
フリスビーを目の前にした犬みたいな表情をしていたから、日に日に犬感が増していくなと思った。
「それで、ここならポイントが付くからおすすめです。保証期間も長いですよ」
「へぇえ」
西宮に連れてこられたのは、電車を乗り継いだ先の大きな家電量販店。
買う時いろいろ調べたので、と照れくさそうに笑う西宮が可愛かった。
俺のために、俺に合わせるために、いろいろ調べたということだろうから、その健気さが胸に刺さって苦しい、可愛い。
「これが俺と同じやつです。けどこっちとも迷いました」
西宮が指差す先を見ると、確かに今朝見た、というより撮られまくったカメラがそこにあって、その隣には西宮が買ったというカメラより角が丸みを帯びた、可愛らしい造りのカメラがある。
「性能はほぼ同じです。見た目が少し違うだけで」
「へぇええ」
西宮が持っているものと同じ方を手に取ると、西宮が操作を教えてくれる。
昨日買ったばかりだというのに、既に使いこなしていたのは下調べのお陰なのだなと感心した。
続いて角が丸い方を手に取ると、その丸さが手に馴染んでいいな、と思う。
それから感想を、呟く。
「西宮のと混ざっても分かりにくいしこっちかな」
「……え、そ、それは」
「あ?」
突然隣で西宮が震え始めるから、怪訝な顔を向ければ次第にその耳が赤くなっていく。
まじでどうした、と西宮の肘に触れると、その手を熱い西宮の手で包まれるから焦った。
「それは、俺のカメラと混ざって分からなくなるくらい、俺の傍に居てずっと撮り続けてくれるってことですね……!?」
「拡大解釈!」
包まれた手を引っこ抜いて距離を取ると、一人で勝手に照れている西宮と、その奥から何事かと顔を覗かせる店員さんが視界に写って、苦笑いした。
最終的に選んだのは西宮とは違うカメラで、お店近くのカフェに入って、早速撮り心地を確かめる。
西宮はカメラを買うと決めた俺にやたら距離が近く親切にしてくれた店員さんが気に食わなかったようで、未だに何かブツブツ言っていたけれど無視して、西宮が注文したオムライスも撮影した。
「早く撮るか食えよ?」
カメラを置いた俺はクリームパスタを巻き取って、食べる前にとりあえず西宮に差し出す。
そうしたら、今の今までぼうっと何処かを見てブツブツ言っていた西宮の視点が急に合って、カメラを取り出して、フォークを差し出す俺を撮り始めるから呆れて、笑った。
「はよ食え」
「っはい」
俺が外でこんなことができるのは横との衝立が高く、カフェの端の方の席に案内されたからで。
昼はとうに過ぎていたから店は空いていて、だからのびのびと過ごせていた。
「美味い?」
「お……美味しいです、先輩のあーんで……一億倍美味しいです……!」
「それ味覚壊れないか?」
一億倍って、と思いながら俺も自分用にパスタを巻き取って食べる。
「うま」
「ふふ、俺のオムライスも食べてください」
「なんか……」
「へ?」
「いやなんでも」
若干言い方が変態っぽいのは、普段の西宮の行いのせいなのか、俺の思考が悪いのか、その両方か。
とりあえず差し出されたオムライスに口を開けると、スプーンを引かれるから睨む。
「おい」
「ちょ、ちょっと待ってください」
結局俺があーんされる姿まで撮られて、こいつ俺が朝言ったこともう忘れたのかと思う。
「キス減ってるぞ」
「……はっ!」
忘れてたな。
じと、と見れば、いやでも今の顔は……でもキスも……とまたブツブツ言い始めるから、もう放っておく。
カフェはコーヒーの香りが良くて美味しかったし、セットで付いてきたプリンもなめらかで甘過ぎず美味しかった。
西宮はもっとあーんして欲しいとかなんとか言っていたけれど、家でなら、と言いかけてやめた。
そんなことを言った日には今後全部あーんで食わされそうな未来が見えたから、俺は静かに黙っていた。




