努力をする先輩
「マジで頼む。振られたら盛大に慰めてくれ、頼む」
「はははは」
西宮と付き合い始めたことを島田に報告して、ついでに振られた時の保険を掛けておく。
情けないが、振られたらと思うと本当に怖くて、ハイボール一口で酔うような俺が酒に手を出すより、恥を忍んで友人に助けを求める方が合理的だと考えたのだ。
「……なあ、理想が無いってどう思う?」
「理想が無い?西宮君がそう言ったのか」
「……まぁ」
西宮は今は講義の真っ最中、俺と島田は時間潰し中で。
お互いお茶の入ったペットボトルを弄びながら、ダラけたようで、割と真面目な話をしていた。
「理想が無い、かぁ。まだ見つかってないってだけなのかな」
「……」
「……なんか心当たりがありそうだな?」
地味に鋭い視線を向けられて、む、と唇が歪む。
惚気とか自惚れみたいで敢えて隠していた、西宮の『ずっと先輩を見ていたい』という言葉。
言うか言うまいか迷って、結局、今更そこだけ隠してもな、と口を開く。
「ずっと俺……を見てたいって」
「はははははっ」
「笑うなよ」
西宮の発言なのに、俺にダメージが来ていて、ついでにバラされている西宮にもダメージが行っているという誰も得しない構図になっていて、やっぱ止めときゃよかったと思う。
けれど島田はひとしきり笑った後、嬉しそうに笑うから意外だった。
「愛されてんな」
「はぁ??」
どこが、と思って、否定しようとすれば脳内の西宮が泣くから、言葉にできなくて。
ただ黙って唇を尖らせていたら、島田が息を吐く。
「ずっと見てたいって、究極の愛じゃないか?何してても、何もしてなくても、ただ見てるだけで幸せってことだろ。内海犬派?猫派?」
「……犬」
急になんだよ、と思いながら答える。
脳裏に浮かぶのは西宮がよく送ってくる犬のスタンプで、それから西宮の、キラキラとした笑顔。
「なら犬がさ、寝てても、ご飯食べてても、尻尾振ってても、こっち見上げてても、狂ったように吠えてても、粗相してても、白目剥いてても、可愛くね?」
「……」
言われた全部の姿を、順に思い浮かべる。
ネット見たような犬の姿は、可愛いものもあればちょっと引くような、それでいて愛らしい姿が多くて。
島田の言う通り、確かに結局は何をしていても可愛い、という結論に至るから、頷く。
「な、そういうことだよ。浮気だとかそういうのはダメだけど、理想とか考えて気負わず、そのままの内海で居たらいいんじゃないかな。どんな面が見えても、きっと西宮君は嬉しいんだよ」
「……浮気はしない」
「はは、分かってるよ。まあ西宮君は浮気も許しそうだけどな……」
「おい」
「だからこそダメだぞってこと!」
友人からの忠告に、俺は素直に頷く。
浮気も許しそう、は確かにちょっと俺も思うから本当に危ない奴だなと思った。
西宮は多分断るとか、拒否するとか、否定するとか、そういうことが苦手で。
だからこそ、逆にそういうことはちゃんとしろよと思う俺が、傍に居てやらないとと思う。
俺は浮気をしない、できない。
傷付けることも、したくない。
俺は西宮の困り笑いが本当に苦手だから。
嫌いとかじゃなくて、見ていて辛くなるのだ。
自分を抑えて、相手を傷付けないように我慢して、そうして一番西宮自身が傷付いている、あの顔が。
そんな顔をさせたくない。
そんな顔をさせるものから守りたい。
そんな顔を拭い去って、消し去りたい。
そこでふと、自分自身の理想について考える。
俺は相手の理想ばかり気にしていたけれど、自分の理想は考えたことがなかったなと思って。
俺の理想、俺の理想は。
それこそ浮気しないとか、嘘を吐かないとか、金遣いが荒くないとか、そういう、普遍的なことで。
だからこそ人を好きになるって不思議なことだなと思う。
普遍的って、要は多くの人に当てはまること、なのに。
その中から西宮に惹かれて、西宮を好きになった。
それは『理想』を持っていて、それに当てはまる人を探すよりずっと、自然でいて、尚且つ難しいことのように思えた。
俺たちはたまたま惹かれ合って、そして、求め合っている。
「理想に合わせる努力じゃなくて……悲しませない、努力をするよ」
「いいな、それ」
いつも俺にいろいろ教えてくれる島田が、珍しく感心しているから笑う。
お前と西宮が気付かせてくれたことだよ、とは、少し照れるから胸に秘めた。




