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継承惑星  作者: 室木 星嶺
第一部 遺された者

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第三十四話 春の気配

三月。


北海道の冬はまだ終わらない。


だが確実に、

季節は変わり始めていた。


施設周辺の雪は少しずつ薄くなり、

地面の黒が見え始めている。


屋根から落ちる雪解け水。


遠くで鳴く鳥の声。


玲司は施設裏で薪を運んでいた。


吐く息は白い。


だが以前ほど刺すような寒さではない。


「そっち置いといて」


声。


振り返ると凛がいた。


腕まくりしたまま、

濡れた布を抱えている。


玲司は薪を下ろしながら言う。


「洗濯?」


「うん」


「今日ちょっと晴れてるから」


施設裏には、

即席の物干しロープが張られていた。


逃亡生活とは思えない光景だった。


凛が洗濯物を広げながら笑う。


「こういう事してると、

普通の生活っぽいね」


玲司は少し黙る。


普通。


最近その言葉をよく考える。


もし何も無かったら。


もし継承なんて存在しなかったら。


自分もこんな生活をしていたのだろうか。


凛が玲司を見る。


「どうした?」


玲司は苦笑した。


「いや」


「変な感じだなって」


「世界中から追われてるのに、

薪運んで洗濯してる」


凛は吹き出した。


「確かに」


笑い声。


それだけなのに、

玲司の胸は少し軽くなった。


その頃。


地下研究室。


アリシアはモニターを見つめていた。


北海道周辺海域。


複数の熱源反応。


エデンの捜索範囲は、

少しずつ広がっている。


真田が後ろから覗き込む。


「近付いてるか?」


アリシアは頷いた。


「でもまだ確信はしてない」


モニター上の捜索網は広い。


この山まで絞るには、

まだ時間がかかる。


真田は小さく息を吐く。


「ならその間に、

少しでも休ませたいな」


アリシアは少し驚いたように真田を見る。


真田は苦笑した。


「何だよ」


「俺だって空気くらい読む」


アリシアは小さく笑った。


だがすぐ真顔へ戻る。


「……長くは続かない」


その言葉だけが、

静かな研究室へ残った。


昼過ぎ。


玲司は施設裏の雪道を歩いていた。


風は冷たい。


だがどこか柔らかい。


後ろから足音。


凛だった。


「また一人で考え事?」


玲司は苦笑する。


「そんな顔してた?」


「してた」


凛は玲司の隣へ並ぶ。


しばらく無言で歩く。


その沈黙が、

最近は苦じゃなかった。


むしろ落ち着く。


凛がふと空を見上げる。


「春来るね」


玲司も空を見る。


灰色の雲。


その隙間から、

少しだけ青空が見えていた。


玲司は静かに言った。


「……このまま終われたらいいのにな」


凛は玲司を見る。


その横顔は、

少し疲れていた。


ずっと戦ってきた顔だった。


凛は小さく笑う。


「終わらせようよ」


玲司が振り返る。


凛は少し照れたように続けた。


「玲司一人じゃなくて」


「みんなで」


玲司は言葉を失う。


そんな未来、

考えないようにしていた。


でも最近。


時々願ってしまう。


この時間が続けばいいと。



遠くの空。


黒い雲の奥で、

一瞬だけ赤い光が走る。


玲司の表情が止まる。


凛も空を見る。


だが次の瞬間には、

何事も無かったように空は静かだった。


玲司は小さく目を細める。


今のは。


ただの錯覚じゃない。


世界がまた、

揺れ始めている。


その頃。


北海道近海。


濃霧の海。


ライトを消した黒い艦船が、

静かに海を進んでいた。


甲板上。


武装した兵士達。


その中央で、

一人の男が北海道の地図を見る。


男の胸元には、

銀色の紋章。


――EDEN。


男は低く呟いた。


「もうすぐだ」

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