第三十三話 雪解け
北海道へ来てから、
三週間が過ぎていた。
吹雪は減り、
空には時折青色が見えるようになっていた。
施設裏の森では、
積もった雪の下から黒い土が顔を出し始めている。
玲司はその景色を、
不思議な気持ちで見ていた。
世界は終わりに向かっている。
それなのに季節は進む。
まるで何も知らないように。
施設の小さな食堂では、
真田が古いストーブを叩いていた。
「……ったく」
「また止まったぞこれ」
凛が笑う。
「だから言ったじゃん」
「そのストーブそろそろ限界だって」
真田は不満そうに振り返る。
「北海道じゃこういう古いのが一番強いんだよ」
玲司は少し笑った。
そんな何気ない会話が、
最近では増えていた。
逃亡中には無かった空気。
静かな日常。
それが玲司にはまだ信じられなかった。
その時。
施設の古い無線機が鳴った。
真田が反応する。
「葉月か?」
ノイズ。
そして葉月の声。
『……そっち、
今すぐ地下モニター見て』
空気が変わる。
アリシアが即座に端末を起動する。
北海道西部海域。
複数の移動反応。
アリシアの表情が険しくなる。
「これ……」
葉月が続けた。
『エデンよ』
部屋が静まる。
真田が低く呟く。
「もう来たのか……」
『まだ場所の特定までは行ってない』
『でも旧観測施設を中心に、
かなり広範囲を調べ始めてる』
玲司はモニターを見る。
赤い光点。
少しずつ狭まる包囲。
葉月の声が続く。
『アリシアの過去記録、
恒一の研究施設、
全部洗われてる』
アリシアは小さく目を伏せた。
玲司は静かに言う。
「……なら俺が動く」
凛が即座に玲司を見る。
「ダメ」
玲司は振り返る。
「でもここにいたら――」
「玲司が動いた方が危ない」
凛ははっきり言った。
「今世界が静かなの、
玲司が落ち着いてるからかもしれないんでしょ」
玲司は言葉を失う。
その可能性を、
もう否定できなかった。
凛は続ける。
「だから今は、
ここにいて」
その言葉に、
玲司は少しだけ目を見開く。
ただの合理性じゃなかった。
そこには、
別の感情が混ざっていた。
真田が空気を変えるように言う。
「とりあえず今は様子見だ」
「敵もまだ場所を確信してるわけじゃねぇ」
葉月も同意する。
『下手に動く方が危険』
『今は隠れ続けて』
通信が切れる。
静寂。
誰もすぐには動かなかった。
窓の外では、
雪解け水が静かに流れている。
春が近付いていた。
だが同時に。
世界もまた、
確実に近付き始めていた。




