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継承惑星  作者: 室木 星嶺
第一部 遺された者

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第三十話 津軽海峡

吹雪だった。


SUVは細い旧林道を抜け、人気のない海沿いの道路へ出ていた。


夜明け。


灰色の海。


遠くで波が荒れている。


真田は疲れた顔のままハンドルを握っていた。


「……もうすぐ港だ」


北海道。


始まりの場所。


そこへ近づいている実感が、逆に不安を強くしていた。


後部座席のアリシアが静かに言う。


「世界中が止めようとしてるのに、それでも北へ向かうのね」


玲司は視線を逸らさない。


「親父がそこまで行ったんだろ」


「なら行くしかない」


アリシアは小さく笑った。


「似てるわね」


玲司は眉をひそめる。


「誰に」


「あなたのお父さんに」


その言葉に玲司は黙る。


父を理解したい。


だが同時に、

父のようになりたくない。


その矛盾が玲司の中にあった。


やがて前方に港が見えた。


小さな漁港。


吹雪のせいか人影は少ない。


だが異様な静けさだった。


真田が低く言う。


「嫌な感じだな……」


凛が周囲を警戒する。


「待ち伏せの可能性?」


真田は頷いた。


「恒一さんのルートが漏れてるかもしれん」


その時。


港の倉庫影から、一人の老人が現れた。


分厚い防寒着。


白髪。


老人は玲司を見るなり小さく息を呑んだ。


「……本当に来たのか」


真田が窓を開ける。


「船は?」


老人は頷く。


「準備してある」


玲司達は車を降りた。


吹雪が強い。


港には古い小型フェリーが停泊していた。


玲司は海を見る。


津軽海峡。


北海道まで、あと少し。


その時だった。


突然。


港全体の照明が赤く染まる。


警報音。


凛が即座に拳銃を抜いた。


「来た!」


次の瞬間。


港外周へ無数のライト。


装甲車。


武装ヘリ。


海上には艦艇。


完全包囲。


玲司の顔が強張る。


外から拡声器。


『神谷玲司!』


『これ以上北へ進む事を禁じる!』


『その海峡通過は世界安全保障上の危険行為と認定された!』


玲司は呆然とする。


海を渡るだけで、

世界安全保障上の危険行為。


もう完全に人間扱いされていない。


その時。


別方向からも車両群が突入してくる。


黒い装甲車。


エデン。


その紋章を見た瞬間、

アリシアの表情が僅かに止まった。


追跡部隊。


つまり。


エデンはもう、

自分を仲間として扱っていない。


アリシアは静かに目を伏せる。


『……そういう事なのね』


その声は、

どこか諦めに似ていた。


玲司は初めて、

アリシアが“追う側”ではなく、

“追われる側”の顔をしている事に気付いた。


さらに空では別勢力ドローンも飛来していた。


三勢力以上。


全てが玲司を狙っている。


凛が玲司の腕を掴む。


「船へ!」


銃声。


だが玲司には飛ばない。


代わりに周囲だけが撃たれる。


コンテナが爆発した。


兵士達の怒号。


『玲司を刺激するな!!』


『発砲角度に注意しろ!』


その異様な戦場の中、

玲司は立ち尽くしていた。


誰も自分を撃てない。


世界そのものが壊れるから。


その時。


海が鳴った。


低い轟音。


玲司が顔を上げる。


津軽海峡の海面が、大きく波打っていた。


吹雪が激しくなる。


空の亀裂が広がる。


遠くで雷光。


兵士達がざわめいた。


『また同期反応だ……!』


『距離を取れ!』


『海面上昇を確認!』


玲司は震える。


また自分だ。


また世界が反応している。


その瞬間。


頭の奥へ記憶が流れ込む。


海。


吹雪。


そして昔の継承者。


彼もまた、この海峡を渡ろうとしていた。


だが。


軍勢。


砲撃。


絶望。


男は涙を流しながら叫ぶ。


『もう誰にも継がせたくない!』


玲司の呼吸が止まる。


その感情が直接流れ込む。


恐怖。


後悔。


愛情。


玲司は頭を押さえた。


凛が叫ぶ。


「玲司!!」


だが次の瞬間。


玲司は海の向こうを見た。


吹雪の先。


かすかに見える白い大地。


北海道。


そして玲司は初めて強く思う。


「あそこに、答えがある」


その言葉と同時に、

荒れ狂っていた海が一瞬だけ静まった。

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