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継承惑星  作者: 室木 星嶺
第一部 遺された者

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第二十九話 雪の検問

暗い会議室だった。


巨大なモニターには、

世界各地の異常現象が映し出されている。


崩落した高速道路。


海面上昇。


黒い空の亀裂。


そして。


神谷玲司。


エデン幹部の一人が低く言った。


「同期反応は加速している」


別の男が資料を投影する。


「対象は現在、本州北部を移動中」


「進行方向は北海道と思われます」


部屋に緊張が走る。


長い沈黙の後、

上座の老人が口を開いた。


「アリシア・レインは?」


女幹部が答える。


「定時報告が四十八時間途絶えています」


空気が変わる。


男が険しい顔で言った。


「対象へ感情移入した可能性があります」


「回収、もしくは排除を提案します」


別の幹部が反論する。


「アリシアは継承研究の中核だ」


「失うべきではない」


だが老人は冷たく言った。


「ならば連れ戻せ」


「不可能なら――切り捨てろ」


沈黙。


モニターには玲司の顔。


老人はそれを見つめながら呟く。


「北海道へ行かせるな」


場の空気がさらに重くなる。


誰もが理解していた。


崩壊の入口へ立っている。


そして。


その中心にいるのが、

神谷玲司だった。


吹雪だった。


黒いSUVは白く染まり始めた森林を走る。


夜明け前。


薄青い空。


だが空の亀裂だけは異様な黒さを残していた。


玲司は後部座席で静かに息を整えていた。


さっきの同期反応。


山を揺らした感覚がまだ身体へ残っている。


自分が感情を乱すだけで、

世界が壊れる。


その事実が重かった。


凛が振り返る。


「少し落ち着いた?」


玲司は苦笑する。


「どうだろうな」


アリシアが静かに言う。


「さっきよりは安定してる」


玲司は眉をひそめた。


「何で分かる」


「空気」


玲司は嫌そうな顔をする。


「怖い言い方するなよ」


アリシアは少し笑った。


だがその笑みは、

どこか疲れているようにも見えた。


その時。


真田がアクセルを緩める。


前方。


山道の先に光が見えた。


複数の車両。


検問。


真田が低く呟く。


「……またか」


凛の表情が険しくなる。


双眼鏡を覗く。


「国連じゃない」


「日本政府側か?」


玲司は前を見る。


雪の中、

武装部隊が道路を封鎖していた。


装甲車。


無人ドローン。


赤色灯。


だが異様なのは、

兵士達の空気だった。


誰も前へ出ようとしていない。


怯えている。


その時。


真田のスマートフォンが突然鳴った。


全員の視線が集まる。


非通知。


凛が警戒する。


「出ないで」


だが真田は何故か嫌な予感がした。


ゆっくり通話を押す。


ノイズ。


真田は低く言った。


「……誰だ」


数秒の沈黙。


その直後。


『……久しぶりね、真田』


真田の表情が僅かに変わる。


「……葉月か」


凛が真田を見る。


初めて聞く名前だった。


葉月は短く息を吐いた。


『説明してる時間はない』


『検問は陽動』


『本命は後ろから来る』


凛が即座に後方確認をする。


次の瞬間。


遠くの山道から、

複数のヘッドライトが現れた。


高速接近。


黒い車列。


アリシアの表情が僅かに変わる。


玲司は気付く。


アリシアは、

あの車列を知っている。


真田が舌打ちする。


「エデンか……!」


凛がアリシアを見る。


一瞬だけ、

緊張が走った。


だがアリシアは静かに言った。


「私じゃない」


その声は妙に冷静だった。


まるで、

こうなる事を予想していたように。


玲司が低く聞く。


「何者なんだ」


少し沈黙。


そして葉月は静かに答えた。


『……あなたのお父さんに助けられた人間よ』


車内の空気が静まる。


葉月の声は続く。


『左側へ旧林道がある』


『そこへ入って』


『恒一さんが残したルートよ』


玲司の呼吸が止まる。


また父だ。


死んでもなお、

父の痕跡が続いている。


葉月はさらに低く言った。


『北側検問はあと数分で閉じる』


『急いで』


通信が切れる。


その瞬間。


後方から轟音。


エデン側車両が雪道を高速接近してくる。


前方には政府検問。


完全包囲。


真田が叫ぶ。


「掴まってろ!」


SUVが急ハンドルを切る。


雪を巻き上げながら、

車両は左側の細い旧林道へ突っ込んだ。


木々が車体を擦る。


タイヤが滑る。


玲司は窓の外を見る。


崖。


吹雪。


その時だった。


突然、

また頭の奥へ記憶が流れ込む。


雪山。


白い世界。


石の扉。


その前に立つ複数の継承者。


彼らは皆、

絶望した顔をしていた。


そして一人が言う。


『ここでは終わらせられない』


玲司は息を呑む。


次の瞬間。


視界が戻る。


玲司は荒い息を吐いた。


凛が振り返る。


「また見えたの!?」


玲司は震える声で呟く。


「……終わらせられないって」


真田の顔色が変わる。


アリシアだけが静かに目を細めた。


まるで、

その言葉の意味を知っているように。


車は吹雪の奥へ消えていく。


その背後で。


赤い雷が、

夜空を静かに裂いた。


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