第二十四話 閉ざされた荷台
大型トレーラーは雨の高速道路を走り続けていた。
荷台内部は暗い。
薄い非常灯だけが、鉄壁をぼんやり照らしている。
エンジン振動が床から伝わる。
狭い密閉空間。
玲司は壁にもたれたまま目を閉じていた。
疲労が限界に近い。
頭の奥では、まだ歴代継承者達の声が残っている。
知らない人生。
知らない死。
知らない愛。
何百年も続いた継承の記憶。
玲司は小さく息を吐いた。
「……頭おかしくなりそうだ」
凛は荷台後方の小窓から外を警戒している。
アリシアは向かい側へ腰掛け、静かに玲司を見ていた。
「正常な反応よ」
玲司が顔をしかめる。
「慰めになってない」
アリシアは少し笑った。
「歴代の記憶が流れ込むなんて、普通の人間なら発狂しても不思議じゃないもの」
その言葉に凛が鋭く反応する。
「玲司を不安定にしないで」
アリシアは肩をすくめた。
「過保護ね」
凛は無視した。
玲司は二人の空気に疲れたように顔を伏せる。
「……やめてくれ」
沈黙。
やがて玲司はぽつりと呟いた。
「親父も、これ見えてたのかな」
凛の視線が揺れる。
玲司は続ける。
「歴代継承者とか、世界の声とか……」
凛は静かに答えた。
「分からない、人によるかも」
玲司は苦笑した。
「そりゃ誰にも言えねえよな」
普通の人間なら信じない。
信じても、恐れる。
その時だった。
トレーラーが大きく揺れる。
凛が即座に壁へ手をついた。
「……何?」
前方から怒号が聞こえる。
ブレーキ音。
クラクション。
そして。
突然、荷台内部の照明が消えた。
暗闇。
玲司の呼吸が止まる。
次の瞬間。
激しい衝撃。
トレーラー全体が横へ傾いた。
凛が叫ぶ。
「伏せて!」
轟音。
金属が軋む。
車体が停止する。
数秒後。
静寂。
玲司は荒く息を吐いた。
アリシアが静かに呟く。
「……道路封鎖ね」
凛は小窓を開く。
その表情が険しく変わった。
「最悪……」
玲司が近づく。
外。
高速道路中央。
大型車両が横転し、完全封鎖されていた。
周囲には無数の武装部隊。
装甲車。
サーチライト。
さらに上空には武装ヘリ。
だが異様だった。
誰も玲司へ撃とうとしていない。
外から怒号が飛ぶ。
『神谷玲司への発砲は禁止!』
『対象を刺激するな!』
『同期反応発生時は即時後退!』
『周辺対象のみ制圧しろ!』
玲司は顔を歪めた。
まただ。
また自分だけ特別扱い。
世界そのものに触れる爆弾みたいに。
その時。
ヘリのライトが荷台を照らす。
まるで檻の中の動物を見るようだった。
玲司は思わず目を逸らす。
凛が低く言った。
「まだ撃ってこない」
アリシアは静かに笑う。
「怖がってるのよ」
玲司は苛立った。
「嬉しそうに言うな」
アリシアは玲司を見つめる。
「でも事実でしょう?」
その瞬間。
外から拡声器の声が響いた。
『神谷玲司!』
『あなたの安全は保証する!』
『抵抗をやめ、車両から出てきてほしい!』
玲司は固まる。
別の声。
『あなたは世界規模危機対象だ!』
『これ以上の同期反応を防ぐ必要がある!』
玲司は苦しそうに笑った。
「……世界規模危機、ね」
凛が玲司を見る。
だが玲司は自嘲するように続けた。
「もう人間じゃないな、俺」
その言葉に、凛の表情が初めて揺らいだ。
アリシアだけは静かに玲司を見つめていた。
まるでその言葉を否定する気がないように。




