第七章 勇気の双眸(6)
辺りの様子を窺いながらエレカ達は地下通路を進み、やがて、前方にぼんやりと明るい空間を見つけた。
見えているのは青白い薄明りで、およそ気分の良い光とは言えなかった。まるでゴーストの出した発光のようで、気味の悪さだけが充満しているようだった。
その薄明りの向こうに、何者かの気配がある、エレカがミシルとクウを見る視線が、そう物語っていた。
ミシルが、そして、クウが、無言で頷く。二人も同じ感覚を共有しているようだった。彼女達が一体、どんな風な、そして、どのくらいの数の気配を感じているのかは分からない。けれど間違いなく、エレカ達はその気配は良からぬものだと考えていた。
三人はゆっくりと通路を進み、荒く掘られた岩壁の出っ張りに隠れて、先の空間の様子を窺った。
その空間はもともと自然のものだったのか、暗くて反対側の壁は影のようにしか見えない程の広さだった。青白い光は靄やガス等の影響でなく、空間に置かれた発光体そのものが青白い為だと分かった。
空洞の床は通路からやや低く、壁際はすり鉢状に坂になっている。その奥の床は岩肌が平らに磨かれ、そこに松明のように一六本の棒状のものが円形に立てられていた。発光体は、その棒状のものの先に取りつけられている。そしてさらにその内側には、人間の身長程の、六個の柱状の岩の塊が、まるでモニュメントのように規則正しく、六角形を描いて置かれていた。その間に石灰の線が引かれ、柱同士、そして、発光体同士、円で結ばれていた。つまり、魔法陣だ。
その周囲には、薄汚れた鼠色のローブのようなものを纏った小さな人影が一二。長い鉤爪を生やし、やけに前かがみで身を丸めて歩く生物たちだった。モールマンだった。
そして、彼等の奥に、漆黒のフード付きマントで身を隠した痩身な影が一人。マントから右腕だけを出し、その指は人間と思しき肌の色ながら、炎の色の爪が伸び、腕の甲には同じ色の鱗があった。フードの奥に隠れ、顔は見えない。
エレカがミシルとクウに無言で視線を向ける。すぐにミシルが声を上げかけて、慌てて自分の手で自分の口を塞いだ。
エレカ達の瞳が、お互いと、空洞の中を交互に動いている。エレカがテレパシーで二人に語り掛けているのだ。でもその内容は、画面越しに見ている者には届かなかった。
もっともその内容は明らかだ。十中八九、あのマント姿の者について、説明しているのだ。
ドラコニスト。竜の力の恩恵を得る為に、竜に与し、あるいは、仕える者。火炎竜の鱗を持つドラコニストという時点で、熟考しなくても誰の手下かという推測は、分かり切った答えだった。
アラニスの懸念が当たっていたと考えるのが妥当だろう。レダジオスグルムの魔の手は、やはりアースウィルに延びていたのだ。モールマンを従えているということは、手ごわい相手だということも間違いなかった。
けれど、臆している時間はエレカ達にはなかった。彼女達は無言で小さく頷きあうと、魔法陣に目がけて一気になだらかな坂を駆け下りた。エレカが先陣を切って飛びながら閃光を放ち、光に弱いモールマンの視界を奪う。まばゆい光に目を焼かれ、視界を奪われたに留まらず、痛みに目を両手で覆ってもんどりうってのたうち回るモールマン達を無視し、エレカは一気にドラコニストへと肉薄した。
そのあとを追って走り込んだミシルとクウが、モールマンの喉元を踏みつぶして倒して回った。えげつないなどと考える迷いもなく、二人は成さなければならないことの為に覚悟が出来ていた。
エレカは飛び、ドラコニストに対して剣を振るった。大剣ではなく、いつものマリオネッツとしての剣と盾を手にしていた。マリオネッツとして、マリオネッツの皆とともに、メルサーグの人々を救うのだという意志の表れだった。
突撃に近い形で振るうエレカの斬撃は、けれど、ドラコニストの腕の甲の鱗で、容易く防がれた。その素早い動作に、ドラコニストの、フードが背中側に脱げ落ちた。
若い男。青年だった。瞳は燃えるように赤く、髪もまるで燃え立つ炎のように赤く逆立っていた。こめかみあたりからは既に竜の角が生えていて、およそ人間らしからぬ風貌になってしまっている。かなり竜の力に染まっている証拠だった。
「ブランだ。ブラン・クリーク」
線は細い。肌の色が青白く見えるのは発光体から浴びせられる光のせいだけではないだろう。もともと肌が白いのだ。逆立った頭髪の中にも、本来の色だと見える乳白色の毛髪が混じっていた。
「元来身体は丈夫な方じゃない。すまないが、長期戦はご勘弁いただきたい」
ブランと名乗った若者は、マントをはだけて両腕を露にした。左腕には、禍々しくうねるような造形の、炎を固めたような、赤く輝く剣がだらりと下げられていた。
「マリオネッツのエレカ。参ります」
エレカが答え、再度踏み込む。
ブランは剣で斬り上げ、迎えうった。
当然斬撃の軌道を読んで、エレカはすり抜けて飛んだ。けれど、そのエレカに、剣から伸びた赤い光が纏わりついた。
まるでねばつくように。
エレカは前進も後退もできなくなり、空中に縫い留められる。そんな状況になっても、エレカは慌ててはいなかった。
「そういうことですか」
笑って。
光を振りほどく。彼女はその程度のもので拘束できる程甘くは見てほしくはないと言いたげに、纏わりついた赤い光を全身から衝撃波を放つように消し飛ばした。
「大丈夫です。長期戦にはしません」
エレカの目は、あくまで強気だった。
その強気さは揺らぐことなく、エレカはあくまで正面からまた飛びこんで行った。またもやブランの剣から赤い光がエレカを捕えに延びる。
けれど。
今度は、ねばりつく赤光はエレカに届くことはなかった。触れることができず、近づくそばから光は掻き消えて行った。ブランの顔が驚愕に歪み、そして、それが消えることはなかった。
エレカ相手に、驚いて停止する一瞬の隙は致命的過ぎて。そして、その隙をみすみす見逃すには、エレカは常に冷静だった。
エレカの剣跡が横殴りに閃き、ブランの首は、驚愕の表情を張りつけたまま体から転げ落ちた。
「思った以上に儚かったですね」
素早く剣と盾を消し、エレカがブランの体の向こう側に滑り込んで、落ちてくる頭部を受け止めた。
「失礼します」
血の吹き出るそれのせいで、自らの全身が赤く染まるのも厭わず、エレカはしばらくその頭部を抱えていた。
「成程、情報提供、ご苦労様でした」
そう言って。
ブランの頭部を放り上げる。それは激しき燃え上がり、消え去った。次に、床に倒れる胴体を同じように燃やし尽くしてから、エレカは光の輪を空中に出現させて潜った。勿論、全身の返り血を洗い流すためだ。
丁度ミシルとクウもモールマンを一掃し終わったようだ。二人はやはり強くなっている。二人は閃光の痛みで転げまわるモールマンをすべて踏み倒すことはできなかったけれど、生き残った数は二人でも十分処理できる数だった。それでもモールマンの攻撃で幾らかの傷は負っていたけれど、活動に問題が出る程の深い傷は負っていなかった。
「お疲れ様でした」
声を掛けて、エレカがミシルとクウの傷を癒す。二人は、ブランが燃え尽きたあたりに転がる剣を眺めながら、唸り声を上げた。
「高等な敵じゃなかったっけ」
ミシルがエレカに聞くと、
「はい、強かったですよ」
と、エレカも笑顔で頷いた。
クウがため息交じりに首を振る。ミシルも複雑そうな顔をした。
「あっさり倒したようにしか見えないんだけど」
「そりゃ、まあ。高等レベルに後れを取るようなら、私は、マリオネッツの栄誉を預かる前に死んでいましたから」
邪悪狩り。
単独で邪悪や悪魔の拠点を掃討する、天盤からのハンター。その実績があればこその、エレカなのだから、彼女の強さが桁外れでも、ある意味自然と言えるのかもしれない。
「とりあえず、残留思念が消える前に、何の目的でこんな恐ろしいことをしでかしたのかを読み取ることはできました。とりあえず、この魔法陣が人々を狂わせていることは間違いありません」
エレカが床の魔法陣を見下ろして二人に告げた。
「これを破壊するなり消すなりすれば、これ以上の狂乱は起こらなくなります。でも」
と、彼女はため息をついた。
「案の定です。一度狂った人間は、これを破壊しても元には戻りません」




