第五章 亜空の魔法(7)
けれど、インビンシブルは僕の言葉に首を振った。
「そういう訳にゃいかねえよ。特にお前にゃ理解してもらわにゃ困る」
どういうことだろう。何故僕が理解できないとまずいのかが、僕には分からなかった。
「お前がただの蜥蜴人間だったらそれで良かった。うちんとこのコボルトってのは駄犬共のことだってのは置いといてもだ。だがお前の行きつく先を考えると、今ンままって訳にゃいかねえ訳よ」
「どういう意味だ?」
何を知っているというのだろう。奇妙な言い回しに、ゾワゾワする恐怖感が這い上がってくる。
「お前がクリスタルと対等に話ができるようになってくれねえと、あいつはいつまでたっても独りぼっちだ。それで良いのか? 約束してただろ?」
そういうことか。僕はようやく納得した。クリスタルは、そういった理解の向こう側にいる訳だ。何と遥かに遠いことだろう。
「分かった。といっても僕は学者肌ではないし、はっきり言って理解力は人並未満だと思う。コボルドは頭小さいからあんまり種族的に頭は良くないんだ。自覚はしている。だから、正直、学術的にどうとかいう理解の仕方ができるとは思えない。ただ、僕が聞いていた限りで、僕の愚鈍な頭で理解できた限りでは、こうだと思うんだけど、どうだろう」
そう断って、僕は話し出した。
「まず最初に、世界なんてものはなくて、世界の元になる材料だけがあった。そこからある日世界が生まれた。けれど同時に、世界とは別に、世界になり切れなかったなり損ないも出来上がった。それが、インビンシブルのいう亜空間で、狭間も、実は亜空間と同種のもの。亜空間はなり損ないだから空間の考え方が通用しない。何処とも繋がっているし、どんな時間にも繋がっている」
「正解だ。その考え方の方が正しい。何だ、分かってるじゃねえか」
インビンシブルは僕の方が正しいと言ったけれど、僕には自分が言ったことと、カーニムが話した内容の差が分からなかった。
「カーニムもそう言ったように思ったんだけれど」
「おっと、成程。理解できないところを省いて最短距離を突っ切ったらそれが正解だったってヤツか」
インビンシブルは笑った。馬鹿にされているような気もするけれど、馬鹿の自覚はあるから何も言えない。
「全然違う。お前が話したのは宇宙の成り立ちだ。神さんが話したのは宇宙たあどういうものか、だ。実際のとこ、そっちはあんまり重要じゃねえ。どうして? 考えてもみろよ、 経緯を知らずに結果だけ求めても話にならねえだろ。ま、そんな小難しい理屈はどうだって良いんだ。つまり、亜空間に跳ぶためには、お前が喋った内容を遡らなきゃならねえってことだ。だからこれからお前が覚えようとしてる呪文に関しては、お前の考え方の方が正解なんだよ。分かったか?」
分からないけれど、正解というのであれば良いことにしよう。時間がもったいない。僕は呪文の話が出たことで、そちらに話題を切り替えた。
「遡るというと?」
「言葉の通りだ。宇宙の根源状態に還る。すると、自分が亜空間に入ろうとする時に、亜空間内には用意されてない要素が分かる。ないものは持って入らなきゃならねえ。そうやって、亜空間に繋がる、亜空間で自分が壊れないように変換する為の機能も備えたゲートを開く。これが呪文の内容だ。さて、これをお前が唱えられるようにする時、問題になるのが、お前等には亜空間の認識がないから、それに対応した術要素もないってことだ。要するにこの呪文に対応したお前等の魔術的技術が、全部ねえ」
インビンシブルの言葉に、僕は思わず短く唸った。技術的に対応できないのであれば、変換できないということになってしまう。
「それじゃ駄目じゃないか」
「甘ったれんな。なければ作れよ」
インビンシブルはそう言うけれど、僕にはそんな魔法知識がない。カーニム任せにするしかないけれど、それで良いのだろうか。
『我々の魔法に構文はない。効果が明確であれば後は念じるだけだ。素質さえあればそれで魔法は発動する。難しい理屈は必要ない』
カーニムがそう教えてくれる。とはいえ、それが一番難しい。僕は聖騎士だ。魔法使いが使うような魔法は訓練していない。
「傷の治療なんかと違って効果を想像するのが難しいな。漠然としていて効果を想像しづらい」
「できました。でも、これは……」
と、シーヌのベッドの上で、エレカが声を上げた。僕もエレカの方に視線を向けた。確かにできている。出来ているのだけれど。
「エレカでもこれか」
僕の口からため息が漏れた。ゲートは開いたものの、エレカのこぶし大くらいの大きさで、誰一人、例えエレカであっても潜り抜けられそうになかった。
「これでも、精一杯、制御しているんですが、これ以上の大きさにすると、暴走しそうです」
なんと。
エレカが制御できないような魔法では、僕なんかではとても扱えないだろう。
「ポータルを自分で制御し続けなければならないのには違和感があるな。一度閉じたほうが良い。多分何か一工夫足りないんだと思う」
僕はエレカに無理をしないように言い、カーニムに意見を求めることにする。
「カーニムは確か召喚術が得意だったよね? 召喚ポータルを開けるときって、どうやって空間に固定しているの?」
「よく覚えていてくれた。嬉しいよ」
カーニムはそう言って笑ってから、僕の質問に答えてくれた。
「負荷が大きい存在を召喚する場合にはポータルの固定具を使う。君の国でカーニムの銀盤と呼ばれている補助具のような物だ。そうでなければ簡易の固定術を併用している。アストラル界へのポータルや次元間ゲートなど、ほとんどの近似の術には同じようなプロセスが組み込まれている筈だ。しかし、ポータルに拘る必要もないのではないか? 次元跳躍に似た術として組み立てれば、そもそも制御は簡単な筈ではないかと思うが」
「亜空間ジャンプだな。それはちとまだ早い。確かに空間を移動するだけならその考え方が合ってるが、亜空間は別さ。初級の術者がやらかしやすいミスだな」
インビンシブルは、カーニムの言葉に首を振った。彼は口の端を歪めると、その理由を僕達にこんな風に語った。
「通常の世界間ジャンプの場合、宇宙の内部ってことにゃ代わりねえから、自身の分解再構築と空間の移動だけだからな。さして負荷は大きくねえ。だが、亜空間の場合にはそこに足りねえ要素の供給が加わる。こいつを自分でやるととんでもねえ負荷になる。一方ポータル設置の場合、世界間ジャンプの場合も、亜空間ジャンプの場合も、その辺の機能は全部ポータルが持ってるから、その安定化さえさせときゃ良い。負荷の増加は最小限度で住む訳さ。そのせいで、世界間移動と亜空間移動じゃポータルとジャンプの負荷の逆転が起きる」
「成程。そうなるとポータル術として考えた場合、通常の安定化プロセスではおそらく足りないな。通常のポータル安定化のプロセスは、あくまでポータルの安定化は空間同士を繋ぐトンネルの固定だけだ。足りない要素の共有機能の固定をすれば制御は楽になるのだろう」
難しいことは兎も角、要は亜空間へのトンネルと、足りない要素を供給して僕達を亜空間に順応させる機能、その二つを設置することをイメージすれば良いということか。それならばなんとかできそうな気がする。問題は、僕にそれだけの魔力を扱うことができるかということだけれど、はっきり言ってやってみなければ分からないというのが本音だ。
「やってみるか」
インビンシブルに素質があると言われた以上、試しもせずに無理だと決めつけるのは僕の主義に反する。正直に言って、マザー・アリスが救われなければならないのかは僕には分からない。分からないけれど、マザー・アリスを救わなければシーヌの身が危ないし、なにより、それがアラニスの頼みで、アラニスにはブラックブラッドで手助けしてもらった恩がある。それを返す為の全力の努力を惜しむつもりはない。
亜空間へのトンネルの接続と、足りない要素の供給機能の設置。そして、通過するものを亜空間に順応させるための変換機能の設置。細かくその手法はイメージできないものの、ある程度概念としては理解できる。
魔法というものは不思議なもので、それだけ分かっていれば基本的には正しく発動してくれる。何もない場所で何故火が燃えるのかのプロセスは理解できなくても、火が燃えることがイメージできればそれで発動するのだ。
すると、不思議なことに、明確なビジョンとなって、僕が形成すべきものの容が脳裏に流れ込んできた。
《作成する機能は明確でなくても大丈夫です。形成した完成した時の姿だけは、明確に思い浮かべてください。レイダーク様であれば、それだけで基本的にはポータルになると思われます。ただ、レイダーク様はまだその系統の術には不慣れですから、なかなか安定しないと思われます。そこは何度か練習を繰り返して安定させていただくしか御座いません》
そうだった。この会話を聞いている人物が、もうひとりいた。彼女が手伝ってくれたのだと、気が付いた。
いびつな穴ながらも、僕の前にポータルが開く。それは誰かが潜る時間もなく、すぐに消滅してしまったけれど、確かに空間に穴は開いた。
「有難う、スターティア、コツは掴めそうだ」
僕が声にして礼を言うと、
『どういたしまして』
その返答は声で返って来た。




