第五章 亜空の魔法(5)
壁の蝋燭が揺れている。
既に日が暮れかけていた。僕達がいるのは、僕とシーヌが借りた大部屋で、シーヌのベッドの周囲に皆集まって、エレカと、彼女のそばにいる二人の人物の会話を見守っていた。
シーヌは自分のベッドに座っている。エレカと、エレカに向き合っている者達は、シーヌの膝元に座っていて、大雑把な話ではなく、地図を広げた具体的な作戦内容の相談を始めていた。僕は自分のベッドの隅に、シーヌの方を向いて腰掛けて眺めていた。
広げられた地図は、エレカが何とか入手した、メルサーグの地図だ。そして、エレカと向き合っているのは、エレカの呼びかけに応じたイマと、真面目に会話に加わっているプリックだった。
イマを呼んだのは、マリオネッツを展開してメルサーグの人々を安全な場所まで護衛し、抗争を続ける武力組織から防衛してもらうためだ。その決断をしたのは、僕ではなく、エレカだった。
シーヌの限界を考えると、僕達自身がメルサーグに寄り道している時間はない。だからといってメルサーグを見捨てる選択も早計だと、エレカは力説した。こういう事態に、僕達に変わって人々を救うことこそ、マリオネッツの誉れの筈だと。
イマはすぐに現れた。実は僕達がアースウィルに入ってすぐに、念の為テレパシーが通じるかを試したそうだ。驚いたことに、スターティアにも連絡して試してもらっていたらしい。いつのことだろう。僕はテレパシーを受け取った覚えがなかった。
僕は自分に敵意がない魔法を、自分が感知できないことを思い出した。それで全く気付かなかったのだ。
そして、イマは自分達のテレパシーがアースウィルには届かないことを把握していた。そして、スターティアのものは届くことも。それで、連絡はスターティアに来ると確信したらしく、イマは伝令役を彼女の所に既に置いてあったというのだから驚くしかない。抜かりのないことだ。そんなわけで、当然のようにスターティアを通して伝言を頼んだエレカの言葉は、即座にイマに届けられたのだった。
さらに言うと、イマは自分達がアースウィルに直接来られないリスクがあるということも承知していた。その対策の為に、スターティアの所に一度寄って、彼女に飛ばしてもらうという算段すら付けてあった。裏でそんな話が動いていたとは、僕も露とも知らなかった。
本来は僕が指示しておかなければならなかったことだ。まだまだ反省することばかり見つかる。そう思っていると、イマに、そういった雑事は、自分達に任せてくれれば良いのです、と笑われた。
「メルサーグの人口って六万人だっけ?」
プリックが確認している。彼は、マリオネッツだけでは街の規模が大きすぎることを懸念していた。彼は、パペッツを出しても良い、と、エレカやイマに提案しているのだ。とはいえ、プリックが言うには、
「ま、パペッツにまともに戦わせると街の被害気にしないから、街が滅茶苦茶になっちゃうし、支援させる程度になるけど」
とのことだった。プリックがそういった、“ノセルの悪意”の名を忘れたような善意に満ちたことを言うのにも、だんだん慣れてきた。彼には彼の美学があるのだ。友達への協力なら惜しまない、そんなところだろうか。
「いいえ、支援いただけるだけで十分です。あまり多いと危ないかもしれないですね。どのくらいの兵員が用意できるのですか?」
「最大まで出そうとしたことないから、どこまで呼べるか、おいらも分からないんだよね。でも、二〇〇から三〇〇は余裕だよ」
イマの問いをプリックが無視することもない。プリックに言わせれば、エレカは友達、友達のエレカの恩人ならイマも友達、らしい。
「では、一〇〇ほど出していただけますか。連携の指示はお任せしても?」
イマも、パペッツからの協力の申し出に若干狼狽えたものの、支援してもらうことを断りはしなかった。この先、善も悪もなく、僕達の次元宇宙の生き残りを掛けて、外世の敵と戦う時が来るのだ。そう考えれば、これは悪神の軍勢とは協力できないなどという狭量を捨てる良い機会と、そんな風に考えているようだった。
「あいつら、おいらの命令しか聞かないからな。どうせおいらも、インビンシブル抜きで亜空間入るの無理だし、パペッツの指揮は任せろ」
プリックが笑うと、エレカも笑顔で頷いた。
「頼りにしています。よろしくお願いします」
「おう、おいら任されたぞ。へへ、ちゃんとお願いしますって言えたな。よし、これでもう、おいらたち間違いなく友達だ」
嬉しそうに、プリックが言う。
「はい、友達です」
エレカもまんざらではなさそうな笑顔だった。なるほど、これはインビンシブルの求愛には答えられないな、と、僕は二人の様子を眺めた。エレカ自身、まだ気付いていないようだから、見守ることにしよう。
シーヌも気付いているのか気になって、ふと、シーヌの視線を窺い見る。僕の視線にすぐにシーヌは気付いたのか、彼女と目が合った。シーヌも、うっすらと微笑んだ。ああ、これは分かっている。
「まずはいくつか点在している大きめな建物に住民を誘導し、避難させるのが良いのでしょうね」
エレカとプリックの二人を現実の世界に引き戻すかのように、わざとらしく大きめな声で、イマが告げる。エレカは慌てた様子もなく、頷いた。イマが思っているようには、エレカはまだ、浸るほどの自覚がない。
「そうですね。見たところ、候補に出来そうなのは六ヶ所。ただ、避難してくる住民を受け入れてくれるかが焦点になりますね。その準備がなければ、住民をいくら避難させても、住民達は立ち往生するばかりで、助かるものも助からなくなります」
「そうですね。私達の話を聞いてもらうにはどうしたらいいものか、悩ましい問題です」
イマもそのことに気付いたらしく、声色をもとに戻した。問題に集中しなおすものの、妙案が浮かばず、困った顔で唸った。
「マザー・アリス教団の神殿があるようです。まずはここを説得できないでしょうか。マリオネッツがマザー・アリス教団にすら信用されないようなら、街の人にはもっと信頼されないような気がします。逆に、マザー・アリス教団に協力してもらえれば、教団の方に、街の人の説得をお願いできるんじゃないでしょうか」
エレカは、街の中央からやや西寄りの場所にある、マザー・アリス神殿と記された四角を指さして言った。
少しだけ考えて、イマもそれしかないと判断したようだった。
「そうですね。それが良いのかもしれません。駄目であれば、一ヶ所でも協力が仰げないか聞いて回りましょう。逆にその方から教団を説得していただける望みを捨てる必要はないでしょう」
「その間だけど、部隊を遊ばせておく手はないと思うな。先に展開してしまって、いつでも街の人を避難させられるように、守ってやっておくといいんじゃないかな。それで、協力がもらえたところから、号令を掛けさせて、順次避難開始がスムーズじゃないか?」
プリックも議論には積極的だ。イマが善神の軍兵で、プリックが悪神の軍兵であることを忘れてしまいそうだ。
「そうすべきだと私も思います。また、街の防衛はおそらくがたがたでしょう。周囲の魔物の流入も懸念されます。これ以上侵入を許さないように、周辺の守りも必要でしょう」
イマはどのように兵を配置するか、具体的に街の構造を吟味して考える。外部への備えは、間違いなく必要だ。プリックの言う通り、マリオネッツを全軍投入しても、足りないおそれは十分にある。
「やっぱりおいら二〇〇出すよ。街の外側はおいら達がやる。街の被害を気にせず暴れさせられるから、適役じゃないかな」
プリックの提案は、僕の見解では良いのではないかなと思った。けれど、僕は口を挟まない。あくまでエレカ主導で、マリオネッツとパペッツに協力を仰ぐ、そういったかたちでエレカがやり遂げたがっていると感じたからだった。
「抗争中の武力組織ですが、探りを入れるだけにして、なるべく武力組織同士の抗争自体への介入は避けておいてもらえますか? 原因が分からない以上、下手に死者を増やすのは良くない気がします。もし原因が分かり、マリオネッツで十分対処できるものであれば、私達を待たずに根本解決してしまってください。もし難しいようなら、あまり藪を突かず、私やラルフ様の到着を待ち、街の人を守ることを優先してください」
エレカは最後に、イマやプリックと大枠の方針を確認し、二人がそれに同意するのを確かめた。
「分かりました。こちらとしても異存ありません」
「おいらも、それで良いよ」
イマとプリックが頷いて。
それから、部屋の中のマリオネッツを四人人だけ残して、イマが窓を出て行った。プリックも一緒に出て行く。他の部隊は、騒ぎを避ける為、村の外で招集するとのことだった。
部屋に残った四人というのは、エレカ、チリッカ、ルイーザ、オリビアのことだった。




