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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第五章 亜空の魔法(4)

 僕達はモーデン村の宿に戻り、中に入った。インビンシブルとは、村の外で一旦別れた。彼にとって人間の街は居心地が悪いという訳ではないそうだけれど、それと同じくらい、野外に満ちている自由が好きなのだそうだ。

 ミシルとクウはまだ一階の食堂にいて、探す手間は必要なかった。二人は会話をするのでもなく、ぼんやりテーブルを挟んで座っていた。

「ミシル、クウ、話があります」

 スープを飲み終わり、のんびりしている二人の前のテーブルに行き、エレカはすぐに話し始めた。この辺りの躊躇いのなさは流石にエレカだと思う。必要だと思ったことに迷わないのは、エレカの最大の長所だと言えるだろう。

「何? 何かあった?」

 エレカがそういう切り出し方をするときは、何か事態が変わった時だと、ミシルもクウも理解し始めていた。良い仲間だと、僕は思う。僕は話の腰を折らないように、カウンターに移動して座って彼等の様子を窺うことにした。

「樹木は見つからなかったのか」

 宿の亭主に言われ、

「状況が変わったんだ。すまない、弓の作成を習う時間は無くなったんだ」

 僕は亭主に手短に説明した。すると、宿の亭主は、

「待ってな」

 と言い、一度奥のスペースに引っ込むと、ショートボウを一丁携えて現れた。

「俺が作った弓だ。持ってきな」

 有難い。僕は礼を言って受け取ることにした。

「有難く使わせてもらうよ。狼人の弓は時々狙いから矢の軌道が逸れるんだ」

 兎に角、今はそれよりもエレカ達がどうなるかだ。僕は彼等の様子をもう一度伺った。丁度エレカがメルサーグを救いに行かなくてはならなくなったことを説明しているところだった。

「隣国アイベスのメルサーグで、武力組織同士が理由不明の抗争を勃発させたらしいんです。当然戦う力を持たない住民たちは命の危険に晒されています。私は、メルサーグの市民の命を守り、何が起きているのかの原因を探り、意味の分からない武力衝突を止めに行くつもりです。都市丸々抗争地帯と化しているとても危険な冒険になります。その、あなた達は、ここに残っても良いんですが、どうしますか?」

「リーダーから見て、私達が頼りないなら置いて行って。私達は、あなたの重荷になりたくてパーティーを組んだ訳じゃないから」

 ミシルが答え、クウも頷いた。良いパーティーだ。短時間の間に、信頼関係が既に芽生えかけている。エレカは眉毛を逆立てる勢いで答えた。

「例えミシルやクウ本人であっても、私の仲間を馬鹿にすることは許しませんよ」

 それを聞いたミシルは安堵の目をして、笑った。自分のことをそう言ってくれることを、心底嬉しく思っているような晴れやかな表情だった。

「ありがとう、リーダー。私はあなたの冒険に何処まででも付き合うわ」

「俺も」

 と、クウも声を上げた。二人の言葉にも、視線にも、エレカ同様、迷いはなかった。

「分かった。では、出発は明日の朝です。遅れたら置いてくから、あまり夜更かしはしないようにお願いしますね」

 エレカは二人が一緒にメルサーグに行くことを、意外な程あっさり承諾した。ひょっとしたら、エレカも、心の何処かで、二人が付いてくると言ってくれることを願っていたのかもしれない。

 僕はエレカ達の様子に満足感を覚えながら、静かに食堂を離れた。勿論、シーヌやマリオネッツにメルサーグのことを伝える為だ。僕は階段を上がり、二階の大部屋へと向かった。

 大部屋に入ると、シーヌはやはりまだ眠っていた。ただ、それはその通りなのだけれど、その周りにマリオネッツ達が集まっていることが、僕は気になった。

「どうかした?」

 心配になった僕が部屋に入口で足を止めたまま声を掛けると、チリッカが僕の顔を見ながら、困ったような顔をした。

「眠りが、深すぎます。まるで、眠りの中で、誰かに、別の世界へ、誘われたようです」

「危険は?」

 それは心配だ。僕もシーヌのベッドの傍へ行き、静かに眠る彼女の顔色を確かめた。他のヌークを見たことがないから自信は持てないけれど、顔色がおかしいということはないように見えた。

「危険は、ないと、思うのですが」

 チリッカの返答も自信なさげだった。

「念の為、精神を、囚われていないか、確認も行いましたが、そういったことでは、ないようです」

 奇妙な話だ。僕は首を捻りながらシーヌの顔色を窺った。確かに顔色は悪くない。そんな風に思っていると、唐突に、シーヌの目がぱっと開いた。覚醒するにも突然すぎる。僕は思わず叫び声を上げかけた。

「エレカを呼んで」

 シーヌは起き上がるなり、そう言った。その顔があまりに真剣で、僕は頷くことしかできなかった。マリオネッツに声を掛け、シーヌを呼びに行ってもらう。廊下への扉のそばを警戒していたマリオネッツの一人が、すぐに呼びに行ってくれた。

 エレカはすぐに上がって来た。ミシルとクウも一緒だ。二人がいても良い話かを僕は心配したけれど、シーヌは問題ない、と言いたげな表情をしていた。

「エレカ、大事な話があるの」

 と、シーヌは言った。ベッドの上に上半身を起こした彼女の顔は、聖母、いや、聖女だった。

「私は、石化され、魂のみ逃れた、この地の女神と話をしたの。夢かもしれない。でも、ただの夢にしては、あまりにも鮮明に覚えていて、それはあなたに対して言伝を懇願する声だった」

「私に? この地の女神って、マザー・アリスですか?」

 エレカはシーヌのベッド傍らで、何と言って良いのか分からない表情を浮かべ、困惑していた。実際の所、僕も同じだった。

 ラークがエレカのことをマザー・アリスから聞いたという話もあったから、マザー・アリスがエレカを知っていることに驚きはない。ただ、まさかマザー・アリスがエレカを名指しで、伝言をシーヌに頼むことは予想していなかったのだ。

「そう。あなたに、この地の亜空に漂う謎の力から、この地の生命を救ってほしい、と」

 シーヌの言葉は、亜空間に漂う力の詰まった球体や、吹き上がる力の柱を見た後では、お伽話や冗談とは思えなかった。そしてそれをエレカに頼むということは、この地でエレカがどれだけのひとの苦難に自発的、かつ、反射的に飛び込んでしまうかを予見しているようにも思えた。

「つまり、あなたに、アースウィルの人々が言う、勇者になってほしいと」

「やっぱりそうだったんだ!」

 エレカが答えに窮している間に叫んだのは、ミシルだった。彼女は歓喜に震えていた。

「エレカこそ勇者だと思った私の勘は正しかった!」

「私は名乗りませんよ?」

 けれど、エレカはそんなミシルに対して、首を振って釘を刺した。僕が言ったことや、ラークが言っていたことを、彼女なりに考えていたのかもしれない。

「アースウィルの人達が私のことをどう呼ぶかは、皆様にお任せします。でも、私自身が自分の肩書を決めるのであれば、答えは一つだけです。私はマリオネッツ以外になる気はありません」

 それがエレカの結論であることに、他のマリオネッツ達の目が集まっていた。ほとんどが仮面をつけたままの為、表情がはっきりと出ている者は少ないけれど、熱のこもった視線には、嬉しさが浮かんでいるように、僕には見えた。

「私もそう思ったから、多分本人はその肩書を受け入れても、名乗ることはないと思うと答えておいたよ。でも、マザー・アリスはそれで良いって。今もそう言ってるよ」

 シーヌも頷いた。

 そして。

 その発言に、今度はシーヌに皆の視線が集中した。僕も思わずシーヌを見ていた。

「今も?」

「ええ。ここにいるよ。器がない魂だけのままじゃ、長くもたないらしいの」

 シーヌは自分の胸のあたりを指さして頷いた。そして、マザー・アリスから聞いたことを教えてくれた。

「マザー・アリスの魂は魔力が強すぎて、普通の人の器では、器の方を壊してしまう。でも、私は器として、マザー・アリスの魂を受け止めておくことができる。何故なら、私達が見たマザー・アリスの体はどう見ても人間の少女だったけど、それは女神としての姿で、本来の彼女は、私と同じ、ヌークだから」

 けれど、それでは。

「そんなことをしたら、そのうち体を乗っ取られちゃいますよ?」

 エレカが目を丸くする。そうなのだ。女神の魂と、一介の生物の魂では、力が違う。

つまり、僕達は、シーヌの魂が消えてしまう前に、マザー・アリスを救わなければならないということを意味していた。


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