第五章 亜空の魔法(1)
モーデン村に着いた僕達は、出発した時と同じ様子の村の景色に、ほっと胸を撫でおろした。
「問題ないみたいですね」
エレカの声も嬉しそうに上ずっている。猪人の脅威から、村の人達を救えたという実感を噛みしめているようだった。
帰路も魔物の襲撃はあったけれど、猪人の集落への突入や亜空間での体験を通して、ミシルやクウも、見違えるほど鮮やかに魔物を退けるようになっていた。その為、思いのほかすんなりと村に戻ることができた。
観察力や胆力が付いたのかもしれない。避けるべきを避け、相手を崩し、そして打つという格闘の基本にして神髄に目覚めたかのようだ。
「エレカ達は、マザー・アリス様を助ける為に、しばらく村に滞在して魔法の練習をするのよね?」
村に近づきながら、ミシルがエレカに問いかけた。ミシルとクウの側で浮いているエレカが頷いた。
「そうなりますね」
エレカ、ミシル、クウが先に立ち、僕とシーヌがそれに続くというパーティー陣形は変わっていない。チリッカはまだ僕の頭の上で、ルイーザとオリビアだけがシーヌの側についている。マリオネッツも眠るのかと驚かされたことに、チリッカは僕の頭の上で器用に横になって眠っていた。眠りはじめてからもう二、三時間になるけれど、彼女が自分で目覚めるまでは、寝かせておいてあげるつもりでいる。
「私は村の食糧を得る為の狩りとかもお手伝いしようかと思ってます」
エレカはそんなことも言った。
モーデン村は貧しい。少しでも食糧事情を助けられれば、と、エレカが考えるのも無理はなかった。僕も、必要であれば手伝おうと思う。エレカは僕の手を煩わせたくないと言うだろうけれど。
エレカ、ミシル、クウが先に立って村に入る。僕やシーヌは訳もなく少しだけ距離をおいて歩いた。インビンシブルやルイーザ達も僕達と一緒だ。チリッカはまだ起きていない。
村を守ったのはエレカ達で、僕達ではない。手伝いはしたけれど、それだけのことで、もし村の人に出迎えられるようなことがあった場合、労われるのは彼等だけで良いと思った。
エレカ達が村に到着すると、すぐに村長のカルドが彼等を出迎えた。戻ってきたのを見つけた村人が、村長に知らせたらしい。
「ラークという青年から聞いたよ。猪人を駆逐してくれて本当にありがとう」
成程。先に発ったラーク達がわざわざモーデン村に寄って知らせて行ってくれたのだ。村が他の猪人に襲われていないか気にしたのは僕達だけではなかったということだ。
「そうですか。はい、猪人達の背後には、複数の悪魔や、悪魔と取引した悪しき魔術師が黒幕として存在してました。それも退治済です。おそらく、もう、村が猪人の被害に悩まされることはない筈です」
エレカはそう告げて。
「私達も、全員無事に戻りました。魔物の数が増えてますが、そこは気にしないでください。彼も狂暴化の影響は受けてませんし、危険はありません。黒幕の悪魔たちの駆除に力を貸してくれたんです」
そして、挨拶ついでにインビンシブルのことも伝えておくことも忘れていない。随分しっかりリーダーをこなすようになってきた、と、僕は感心した。
「ま、未来の嫁の為の事前投資みてえなもんだ。気にするなよ」
インビンシブルがエレカの側へ飛んで行って、彼女に声を掛けた。エレカが間髪入れずに言い返す。
「未来永劫、嫁じゃないです」
エレカの答えは分かっているだろうに、インビンシブルもなかなか懲りないものだ。根性があるというのか、諦めが悪いというのか。
「未来永劫ってのは言わねえ方が良いぜ。俺はお前を嘘付きにはしたくねえ。未来は分からないもんだろ? 今全くその気がねえのは俺も分かってる」
微妙に良いことを言うのが何となく腹が立つ、と、エレカの複雑そうな顔が物語っていた。しばらく答えに窮してから、エレカは不服そうに頷いた。
「未来永劫は言いすぎでした。ごめんなさい」
「実際、相性は悪くないのが厄介ね」
と、僕の横でシーヌが苦笑する。そうかもしれない。たまに正論を混ぜてエレカを嗜める辺りが、インビンシブルの上手いところなのかもしれない。
「ま、お前が頑張ったから俺も手伝った。村が無事でよかったな」
そう告げて、インビンシブルは僕やシーヌの側に戻って来た。エレカはその姿を眺めてから、改めて、カルドに視線を戻した。
「モーデン村は、ひとまずもう安全です。安心してください」
「ああ、本当にありがとう。それで、君達はこれからどうするつもりかね? たいしたお礼はできないが、それでも最大限のもてなしをしたい。もし可能であれば、もう少し村に滞在しないかね」
カルドの誘いに、エレカは、頷きも、首を振りもしない。
「モーデン村に滞在はしたいと考えています。少し魔法の特訓が必要になったので、できれば落ち着いて練習できる環境がほしいんです。でも、もてなしは遠慮します。村が裕福でないことは十分分かってます。その分の物資や食糧は、村の子供達の為に使ってあげてください」
「そうか。では、申し訳ないが、そうさせてもらおう。だが、逗留にするにあたり、宿代だけはこちらで負担させてほしい」
カルドの申し出は正直ありがたかった。しかし、だからと言っていつまでも出してもらうのはまずいだろう。
「それでは、今晩の分だけお願いします。魔法の習得にどれだけ時間がかかるか分からないので、無期限でお言葉に甘えるという訳にはいきません」
それはエレカも良く分かっているようで、まずは一晩だけという交渉を始めた。こちらとしては、できるだけ遠慮を見せるつもりのようだった。
「村を救った者達に、一晩だけというのは流石に短すぎる。魔法の習得に時間がかかるということであれば、七日間分で、いかがだろうか」
妥当な落としどころかもしれない。エレカが僕を横目で見たので、僕は頷いてみせた。
「では、有難くお言葉に甘えることにします。有難う御座います」
エレカは、カルドの提案を飲んだ。そして、代わりの提案をする。
「その代わり、村の為に狩りや野草摘み等をすることがあれば呼んでください。お手伝いや護衛をしますから」
「それは助かる。ありがとう」
カルドの表情は本気で有難がっているようだった。これで村の生活が少しは楽になるという安堵が読み取れた。
「私はあなた達を助けたいのであって、迷惑を掛けたいわけじゃないです。私達が豊かではない村の暮らしに負担を掛けるようであれば本末転倒ですから」
エレカは屈託なく笑って答えた。気持ちは良く分かるけれど、少し気を回しすぎだ。お礼はお礼として受け取っておいて、手伝いは、その対価としてでなく、それとは別に純粋な善意として、自然な流れでそうなるように、あとで申し出たほうが良いと、エレカには伝えておいた方が良いかもしれない。これでは切りのないお礼合戦になってしまう。
「ん、あ」
僕の頭の上でチリッカが目覚めた。
「私は、寝ていましたか?」
しまったという声で、チリッカに聞かれ、
「おはよう。気分は晴れた?」
僕は、気にしないで良いと告げる代わりに、おはようの挨拶をした。ルイーザとオリビアも優しそうな目で笑っていて、チリッカのそんな様子を微笑ましく思っているようだった。
「まあ、兎に角」
僕はエレカに声を掛けることにした。
「村の外れで立ち話も何だし、宿を確保しようか。シーヌやチリッカを休ませてやりたい」
「あ、すみません、そうですね」
エレカも頷いた。カルドも僕に頷いて、それから、僕が無言で首を振ると、エレカに視線を戻して言った。
「では、宿に案内しよう」
「お願いします」
エレカも、自分が先頭になって案内されるつもりができていた。良い傾向だ、と、僕は感じた。




