第四章 世界の彼方(5)
マリオネッツが戻ってくると、インビンシブルはアースウィルの各地に浮いている球体についての話をすぐに再開した。
「邪魔が入ったから答えなかったが、吹きあがってる光や球体に関して言や、エレカの推測の通りだ。球体の中には、出口をなくした、人間や魔物を狂暴化させる力が充満してる。当然いつかは限界を超えて破裂するってことだ。問題は一つが破裂して撒き散らされる力の濃度が、自然に吹き出してるヤツよりも密度が高く、重いってことだ。一つ破裂するだけで、連鎖的に破裂して、最終的には全部が力を撒き散らすかもしれねえぞ。そうなったら、耐えられる生物はいねえだろうな。アースウィルは、理性をなくした人間と魔物が蔓延るだけの地獄になる」
「あれを消す方法はないのか」
ラークに聞かれ、インビンシブルは、
「さてな」
と、笑うしかないといった風な笑い声を上げた。
「そもそもだ。何故増える。今吹きあがってるヤツは、新しくできた力の坩堝だ。そいつはどういった原理で出来上がってる。吹き上げられてる力は何処で作られてる。さっぱり理屈に合わねえ。一見矛盾しかない、この現象の正体を知ってるヤツがいるとしたら、創造神マザー・アリスしかいねえだろうな」
「マザー・アリスを探し出し、話を聞くしかないわけか」
ラークは苦々しそうに首を振った。
「だがあてがない」
「そりゃ俺にもどうにもならねえ。それよりもだ。あの吹きあがってるヤツをまず閉じねえと、マザー・アリスを探すどころじゃねえぞ。アースウィルを覆ってる力の濃度が上がれば、過去の力溜まりが破裂するリスクも上がる。あれが力を吹き上げ続けてる限り、確実にカタストロフィーが近づくって訳さ」
吹きあがる力の柱を眺め、インビンシブルはラークに答える。確かにその通りだ。一刻も早く、栓を閉める必要はあるのだろう。
「あの下に魔王がいるということか」
ラークも吹き上がる力の柱を眺め、思案を始める。彼はすぐにスコットとリーネの名を呼び、彼等に問いかけた。
「あれは、何処だと思う?」
「あの柱の根元の手前、ぼんやりと影のように見えているのは山脈だろう。そして、真下を見たところ、私達は猪人の集落から動いていない。あの方角の目だった山脈と言えば、アミルラーズ山脈だと思う。その向こうだとすれば」
スコットは僕達には分からない地名をスラスラと口にして、ラークの疑問に答えていた。
「おそらく聖国オラテノアですね」
リーネもだいたい世界地図が頭に入っているようだった。彼等の話す地名は分からなかったけれど、聖国という響きから、教主か何かが治める宗教国家なのだろうということは想像がついた。
「オラテノア……となると、聖堂都市フィルエットか。多分そこが俺達の目的地なのだな」
ラークはそう言うと、何かを思い出したようにエレカを見た。
「そうか。それでか、マザー・アリス。それであなたは、彼等を呼んだのか。あなたを信奉する、俺達、アースウィルの人間のほとんどが恐れ敬うあの国に対し、全くの自由で、その権限すら超えた高位から、堕落の烙印を押せる君達を」
「それはできません。私達マリオネッツは先程言った通り、確かに神兵ですけど、御使ではありません。私達は仕えた方の意志により戦いはしますが、神に成り代わり、そのお言葉を伝えることはしません。それはもっと高位な方々の役割です」
インディターミネート・レジェンダリーと呼ばれる種族。天盤の使い。その役目についている存在の姿であれば、僕も知っている。もし、今、語り掛けたら、ここに来るのだろうか。今どうしているのだろう。
脳裏に声が聞こえてきても困るので、僕は考えるのをやめた。彼女は僕から独り立ちをし、僕も彼女達から独り立ちをしたのだ。今ここにはいない。それがすべてでいいのだろう。
「アースウィルの国や人々を正すのは、アースウィルの住人であるあなた達の役目だと思います。私達が上から目線で押さえつけて良いものでもないと思うんです」
エレカはラーク達にそう語った。彼女は素直で、そして、恐れを知らなかった。彼女が彼等の望みを断ることで、彼等に芽生える失望がどれほどのものかを、恐れることはなかった。
「例えマザー・アリス様が私達に願ったとしても、私はそれを断ります。それをすべきはマザー・アリス様で、私達じゃないですから」
「そうだね。僕達は、アースウィルの問題に、いたずらに介入するつもりはない。それは君達の手で解決しなければならない。僕達が解決しても、きっと将来、自分達の力で解決しなかったことのしっぺ返しを受けるのは君達だ」
僕も頷いた。僕達はアースウィルの未来にまでは責任は持てない。だから安易に触ってはいけないものもあるのだ。
「正直を言えば残念だが、言いたいことは分かる。何となくそうなんだろうと、俺も思う」
ラークは僕とエレカを見て、それから、スコットとリーネを見た。
「だとしたら、俺達と君達は、別々の道を行った方が良いと思う。俺達にとって、マザー・アリスの救出は回り道だし、君達にとって、魔王討伐は遠回りだろう。一緒に行動すればお互いにデメリットが生じる。もし、結果、俺達がマザー・アリスを救出することになり、君達が魔王討伐をすることになったとしても、それはそれで問題はない筈だ」
「そうだね。僕もそう思う。エレカはどう思う? そのことに関しては、決めるのはエレカだ」
僕も同感だったけれど、判断はエレカに任せた。ミシルやクウのこともある。彼等の今後も考えて、判断は下さなければならないから、僕の役目ではない。
「私も、それが効率的だと思います。こちらからはテレパシーを送れますから、ラーク達にコンタクトが取れなくなる心配もないですし」
エレカの答えに、
「で、どうすんだ」
間隔を置かずにインビンシブルが口を挟む。彼は、ラーク達に問いかけた。
「今すぐ行くか?」
「俺達だけアースウィルの大地に戻ることは可能なのか?」
それならば頼みたい、と、ラークは聞き返した。インビンシブルは頷き、告げた。
「ああ、いいぜ。アースウィルへの出口を開いてやる。待ってな」
そして、翼を広げると、例の僕達の魔法とは異なる技術の魔法を唱えた。
「亜空の穴よ。彼の大地に繋がるトンネルを開け」
呪文の詠唱が終わると、インビンシブルの視線の先に、渦を撒いて歪んだ猪人の集落近くの森の景色がわずかに浮かび上がった。
「ありがとう。俺達は先に行こう」
ラーク達がその景色に向かって歩き出す。彼等は僕達に短く礼を言って離れて行った。
「リッチの手から助けてくれてありがとう」
と、ラークが。
「私達に手を貸してくれたこと、感謝しているよ」
と、スコットが。
「またどこかで。今度会った時は、エレカさん、ラルフさん、シーヌさん、あなた達の神様のことも、ゆっくり聞かせてください」
最後に、リーネが。
三人は挨拶をして、歪んだ景色の中へ歩いて行き、三人の姿も景色と同じように歪むと、森の景色ごと、見えなくなった。
僕達はしばらく彼等が消えた場所を眺めていた。それから、少し経ってから、僕は言った。
「さて、僕達だけど。マザー・アリスの所へ行こう。エレカ。しばらく僕が先頭を行くよ」
突然の僕の言葉に、シーヌ、ミシル、クウは意味が分からないという顔をした。
「どこへ?」
口に出したのはミシルだった。エレカやマリオネッツ、インビンシブルは僕の言葉に驚いた様子はなかった。
「マザー・アリスは、この亜空間にいる。気配で分かるんだ。かなり距離があるけれど、彼女を閉じ込めている結界のようなものの存在を感じるんだ」
僕は吹き上がる柱とは全く無関係な方角を指さした。柱とはほぼ真逆の方向だ。
「そっちは海……あ、そっか」
ミシルが呆れたように言いかけて笑った。例え遥か眼下のモノクロの景色が海だろうと、この亜空間では関係ないのだ。
「僕達が立っている足場さえ続いていれば、アースウィルの地形は無視できる。君達は、エレカと一緒に来るだろう?」
ミシルとクウに問いかけると、
「リーダー次第」
と、ミシルは笑った。
「エレカ、どうする?」
クウはエレカに指示を求めた。
それを聞いたエレカは、少し困ったように顔をゆがめてから。
「ここで帰したら、きっとリーダー失格何だと思います。来てくれますか?」
二人に聞いた。
『勿論』
ミシルとクウは同時に答えて、頷いた。




