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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
アースウィルの勇者
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第四章 世界の彼方(4)

 大きく弧を描いて、旋回してくる竜の影を見ながら、インビンシブルは告げた。

「あれは倒せる類だな。逃げる必要はねえな」

 それから僕達を見回して、鼻を鳴らした。

「だが、一部のヤツは気合を入れろ。あれはラルフの因縁だ。強えぞ」

「因縁とは? あの竜はなんだ? 一部のものというのは私達のことか?」

 唖然として竜に魅入っているラークの代わりをするように、スコットがインビンシブルに尋ねる。ゆっくりと下降しながら戻ってくる巨竜の姿に、彼もやや混乱気味のように早口に捲し立てていた。

「あれは、僕が知っている竜本人ではないけれど、あの姿は良く知っている。レダジオスグルムという、古代の竜だ。本来は火炎竜だけれど、あの煤けた体で炎を吐くのかまでは分からないな」

 インビンシブルの脅しとは逆に、僕は誰の心配もしていなかった。彼には申し訳ないけれど、まともな戦いになることはないだろうと確信していた。何故なら。

「チリッカ、おいで」

 と、僕は呼んだ。

「はい。迎撃でしょうか」

 と、チリッカは穏やかに笑った。

「ああ、マリオネッツ、出動。倒してしまって構わない。もし君達の手に……いや、それは君達に失礼かな」

「はい。お任せください。我等、マリオネッツの、勇姿を、たまには、ご覧に入れませんと、イマ様に、叱られてしまいますし。主殿は、ごゆるりと、観覧、くださいませ」

 いつものゆっくりした口調で、僕に言った直後。

「マリオネッツ、集合です! 主殿に変代わり、悪竜の影を、討ちます! 全員、出撃です!」

 僕もびっくりするような大声を張り上げ、マリオネッツ達を鼓舞して飛んで行った。当然、すべての兵が、素早く隊列を組みながら、それに続いていく。

「うわあ」

「おお」

 ミシルとクウが、思わず声が出たといった感じに、歓声を上げた。無理もない。僕自身が見ても、壮観だと思う。

「あの」

 僕もミシル達に混じってマリオネッツ達が飛んで行くのを眺めていると、リーネが声を掛けてきた。

「神様の兵だとしても、少し心配です。あんな巨大な竜相手に、あの小さな体でダメージを与えることができるのですか?」

「チリッカが大丈夫と言うなら、任せておいて大丈夫な筈だ。最近目立たない役目ばかりだったし、いい機会だから、思う存分活躍してもらうよ。彼女達もそれを望んでいるから」

 飛んで行くマリオネッツを見あげたまま、僕は答えた。全体を四つの編成に分け、上下左右から取り囲むつもりのようだ。対ブレスには有効な戦法だけれど、広範囲に散布されるような魔法には対処しづらいだろう。魔法には個々の結界で対処するつもりなのかもしれない。

 正面に立てば彼我のサイズ差から致命傷は避けられないことは大いに想像がつくけれど、そこは神軍として訓練を積んだマリオネッツだけに、竜の翼よりも、自分達の飛行能力の方が、遥かに小回りが利くことを強みに、竜が空中で姿勢を変えようと、素晴らしい反応で上下左右の死角を保ち続けていた。

 つまるところ、マリオネッツが、レダジオスグルムの影を迎撃する様は、戦闘というよりも狩りに近かった。数の利と小回りが利くことを活かして死角を突いて囲むのは、非常に原始的ではあるけれど、効率の良い集団による狩猟の方法だ。群れる獣達が、自分達よりも大きな標的を狩る時にも、見られるくらいに。

 マリオネッツは、巨体に巻き込まれることを防ぐ為、無意味に肉弾戦は挑まず、ある程度距離を保って遠巻きに魔法の光弾でレダジオスグルムの影を撃って弱らせる、徹底的にアウトレンジ戦術を続けていた。時間は掛かるけれどリスクの少ない戦い方だ。そして、レダジオスグルムの影が、僕達の方に向きそうになった時だけ、何人かが視界の隅を掠めて飛ぶようにして囮となり、レダジオスグルムの影がこちらに来るのを防いでいるようだった。

「蜂の大群が熊を襲っているみたい」

 と、ミシルが言った。言い得て妙だ。けれど、マリオネッツは蜂とは違う。蜂の針で分厚い熊の毛皮を貫くのは難しいけれど、マリオネッツの、魔法という針は確実に竜の鱗を貫いていた。

 ある程度レダジオスグルムの影が弱ってきて、飛行する軌道がふらつき始めると、一人のマリオネッツがその鼻先に躍り出た。その時になって初めて、飛んで行ったマリオネッツの中にエレカが混じっていたことに気が付いた。

 大剣を持っている。服装もセメタリーを倒した時のコートのままだ。邪悪狩りのエレカは大顎を開いて噛り付こうとするレダジオスグルムの影に向かって、相手の巨体と比べて滑稽な程小さな、玩具のような大剣を突き出した。

 同時に、他のマリオネッツ達がレダジオスグルムの影から散開して離れる。まるで、エレカの一撃で勝負がつくと確信しているように。そして、実際にそれは、その通りだった。

 エレカの大剣の黒刃から、その色からは想像もつかないような、穢れなき聖光が放たれ、巨大な光の刃になってレダジオスグルムの影の喉奥深くに突き立つ。エレカは、力任せということがはっきりと分かる表情で、歯を食いしばって、両手でしっかり握った大剣を、真上に振り上げた。ゆっくりと、剣が上がっていく。

 レダジオスグルムの影の背に、一筋の光の筋が生まれて。それは巨大な傷口と開いて、中から光刃がゆっくりとせり上がる。エレカの大剣は、巨大な光刃を纏って、レダジオスグルムの影の背を二つに裂いて現れた。

「まあ、レダジオスグルム本人だったらいざ知らず、知能や自我も怪しい影に負けることはないよ。順当だね」

 僕はリーネに告げて、エレカに向かって手文字を描き、とどめを促した。レスト・テル・ローラング。頭文字をとってレテロと呼ばれている。

 案の定、モンスターではないエレカにも通じたようだった。エレカは僕を見て頷いた。久々に使ったけれど、通じる相手であれば、距離があるときはとても便利だ。

 レダジオスグルムの影はもがきながら落ちて行く。その影を追ってエレカはもう一度光刃を叩きつけた。

 光刃は狙いを違うことなくぱっくりと裂けたレダジオスグルムの影の背の傷口に食い込み、エレカはそのまま、今度は腹まで巨竜を二つに引き裂いた。真っ二つになったレダジオスグルムの影は、断末魔をあげることもなく、膨れ上がるように分解され、粒子状になって弾け飛んだ。

 マリオネッツは消滅するレダジオスグルムの影の影に一斉に光弾を乱射した。一片の粒も残さないという意志を感じた。詰めを誤って再生を許したなどということがないように、徹底的に消滅させているのだ。

「あそこまでやるか」

 ラークが恐ろしいものを見た、と言いたげな声を上げた。けれど、スコットは別の感想を抱いたようだった。

「美しいな。完全な死亡確認まで、一切の油断がない」

「ラルフさんを敵に回しちゃいけないのは分かった。あんな末路、アタシは絶対嫌」

 ミシルは自分で言ってぞっとしたような顔で、身震いをした。

「エレカさんに真っ二つにされるだけでも嫌」

「大丈夫、流石にラルフが止めるよ。エレカは止める間もなく、やるかもしれないけど」

 そんなミシルに、あまり慰めにならない言葉を、シーヌが掛けた。

「それは大丈夫じゃない」

 ミシルは渇いた声で笑った。

「なんだ、あの玩具共強えのかよ。ただの賑やかしかと思ってたぜ。エレカが強えのは、ま、分かってたがな。流石俺を惚れさせる女だぜ」

 レダジオスグルムの影があっさり討伐されたことに、インビンシブルも聊か程度ではなく驚いているようだった。僕は笑った。

「まあね。マリオネッツは強いよ」

 それから、一言は付け加えておく。

「ただ、本人が嫌がっている以上、エレカとの交際は認められない。あんまりしつこいと本気で嫌われるよ」

 レダジオスグルムの影の完全消滅を確認したマリオネッツが集合して戻ってくる。

 途中でエレカがリングを宙に出現させて、その中を潜り抜けると、彼女の格好はいつものマリオネッツに戻っていた。チリッカが横に並んで何かを告げている。

 エレカは目を閉じて満面の笑顔を浮かべると、チリッカに頷いていた。

 二人の会話は遠くて聞き取れなかった。


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