第7話 宰相の影
雨。
翌朝、リーゼは父に手紙を書いた。
ヴェルナー公爵は王都に常駐。領地は執事に丸投げだ。
『父上。宰相府がヴェルナー領の接収を画策しております。至急、情報をお送りください』
返事は三日後。
『何を根拠にそのようなことを。気にしすぎだ。領地で大人しくしていなさい』
リーゼは手紙を丸めた。
「……使えませんわね」
「リーゼロッテ様、お父様のお手紙を丸めるのは……」
「事実を述べたまでですわ」
丸めた紙を、暖炉に放り込んだ。
* * *
未来視で視えた男——宰相クラウス・フォン・ヘルダー。
王国の政務を一手に握る、老獪な政治家。表向きは忠臣。だが未来視は、彼の執務室の奥にある密書まで映した。
第二王子ルートヴィヒを擁立し、第一王子アレクシスを排除する。計画は、着々と進んでいる。
ヴェルナー公爵家は——アレクシスの元婚約者の家。宰相の目には「アレクシス派の残党」として処理すべき対象に映る。
婚約破棄されたのに、敵扱い。
「理不尽の極みですわね」
執務室で地図を広げた。
ヴェルナー領の周囲。北にランベルト伯爵領。東に王領直轄地。南に——ヘルダー宰相の私領。
「南から来るわね。税制改変か、軍事か」
リーゼの頭は、八年間で鍛えられた分析力で回転している。
暗殺者の配置を読むのも、政治の動きを読むのも、やっていることは同じ。誰が、いつ、どうやって。
* * *
三日後、エルヴィンが訪ねてきた。今日は葡萄酒ではなく、硬い表情で。
「リーゼ嬢。相談が」
「どうなさいました?」
「ランベルト領に王都から査察官が来ました。税務の不正を調べると」
「時期は」
「先週から」
リーゼの目が細くなった。
「ランベルト領にも、ですか」
「『にも』?」
「ヴェルナー領にも同じ動きがあります。おそらく、同じ指令」
エルヴィンの表情が固くなった。
「何のために」
「領地の弱体化。税務上の瑕疵を口実に介入する。定石ですわ」
「詳しいですね」
「八年間、政治の裏側を嫌というほど」
リーゼはエルヴィンの目を見た。
「エルヴィン様。提案があります」
「何でしょう」
「ヴェルナーとランベルト、二領で同盟を。単独では対抗できませんが、二つ合わされば」
「……領地同盟」
「非公式の、ですが」
エルヴィンは少し考えて、頷いた。
「僕で力になれるなら」
リーゼは笑みを浮かべた。
八年間、一人だった。初めての味方だった。
* * *
夜。
未来視が、また王子を映した。
宮廷の舞踏会。セレナと踊るアレクシス。笑顔。だが、セレナが王子の耳に何か囁いている。
『ヴェルナー公爵家が反逆を企てております。元婚約者が領地で軍備を整えていると、もっぱらの噂で』
リーゼは目を見開いた。
「……あの女」
セレナ・ミュラー。宰相の駒。
ヴェルナー領を潰すための布石が、王子の耳元から打ち込まれようとしていた。
王子が、それを信じるか。
リーゼは唇を噛んだ。
八年守り続けた男が、今度はこちらを潰す側に回るかもしれない。
そういう物語だったのだ、多分。
宰相クラウス、書いてて楽しい。悪役の方が動機がわかりやすいの不思議だな、と毎回思う。
セレナの正体もちらっと見えてくるけど、彼女の話は12話くらいでちゃんとやる予定です。お楽しみに(とか書いてみる)。




