第42話 回復
穏やかな回。安心して読んで。
日を追うごとに、身体が、戻ってきた。
左目は、ぼんやりとだが、輪郭が見える。右目は、まだ闇。ただ、光の明暗は、わかる。
記憶も、少しずつ、戻った。
ヴェルナー領の学校の教師——ミーナ先生。思い出した。
孤児院の院長——ベルタさん。思い出した。
エルヴィンの、顔——
「エルヴィン様」
「はい」
「今、少しだけ、見えるわ」
ぼんやりした輪郭。栗色の髪。穏やかな、目元。
「……あなたの顔を見るのは、初めてな気がする」
「出会った日には、見えていたでしょう」
「あの時は、ちゃんと見ていなかった。——今、初めて、見ている」
エルヴィンが、照れて、顔を背けた。
「そういうことを、急に言われると」
「照れてるの?」
「照れます。普通に」
リーゼは、笑った。
* * *
回復には、限界もあった。
左目は「ぼんやり見える」ところで、止まった。右目は光の明暗だけ。
完全な視力は、戻らない。老魔術師が、そう告げた。
「灰は取り除かれたが、八年の損傷は、残る。元には、戻らない」
「十分です。光が見えるだけで、十分ですわ」
記憶も、同じだった。大きな出来事は戻った。細かいところ——日常のやりとり、感情の手触り——は、欠けたまま。
エルヴィンとの出会いの日の、細部。マリアと交わした、何気ない会話。王宮の日々の中の、小さな幸せ。
二度と、戻らない。
——でも、新しい記憶を、作ればいい。
そう言って、リーゼは毎日を生きた。
* * *
髪の色は、変わらなかった。
純白の銀。それだけは、戻らない。
もう、気にしなかった。
「子供たちが『お姫様の髪、きれい』って、言ってくれるもの」
「似合っていますよ。本当に」
「エルヴィン様は、何を言っても褒めてくれるから、参考にならないわ」
「本心ですってば」
鏡の中の、ぼんやりした自分。銀色の髪が、秋の陽に、光っている。
八年の、証。
代償であり、勲章でもあった。
「今、初めて、見ている」、出会いの日は見えてたのに「ちゃんと見ていなかった」。目が見えることと、見ることは違う。
白い髪は戻らない。完璧な回復じゃないのがリアル、たぶん。




