第41話 ただの人
力を失ったリーゼの話。
下山の途中、リーゼは、妙な感覚に包まれていた。
力が、ない。未来視も、運命の音も、何も。
九歳からの八年、常に何かが視えていた。聴こえていた。それが——消えた。
静か。
世界が、こんなに静かだったとは、知らなかった。
「リーゼ嬢。足元、根がありますよ」
「ありがとう」
エルヴィンの声だけを頼りに、歩く。三秒先を視ることも、もうできない。
ただの——目の見えない、力のない、普通の人。
「……怖いわ」
「え」
「何も視えないし、何も聴こえない。——力がないって、こんなに怖いことだったのね」
「大丈夫です。僕がいます」
「でも——何か起きた時、私には、何もできない。未来を視ることも、運命の音を聴くことも——」
「リーゼ嬢」
エルヴィンが、足を止めた。
「あなたは、八年、一人で全部を背負ってきた。——もう、一人じゃない。僕がいる。マリアがいる。セレナ嬢がいる。殿下も、ルートヴィヒ殿下も、ハインリッヒ殿も」
「……」
「一人で、未来を視る必要は、ない。——みんなで、現在を、見ればいい」
リーゼの目から、涙が、こぼれた。
「泣いてもいいですよ。——力がなくなったんです。泣く権利くらい、あります」
リーゼは、泣いた。
声を、上げて。
八年間、泣けなかった分の涙が、一気に、溢れた。
山道の途中で、エルヴィンの腕の中で、リーゼは泣き続けた。
マリアとセレナは、少し離れた場所で、静かに、待っていた。
* * *
屋敷に戻ってから、リーゼは、自分の手を、両手で握ってみた。
何も、聴こえない。
鐘が、消えていた。
死亡フラグが、折れた。
「……折れた」
八年で四十七本のフラグを折ってきた。最後の一本——自分自身のフラグを、折った。
力の全てを、対価にして。
「リーゼロッテ様。お身体は」
「不思議ね、マリア。——軽いの。頭痛もない。鼻血もない」
「本当ですか!」
「ええ。——あと、少しだけ」
「少しだけ?」
「左目が、ほんの少し、光を感じる気がする」
マリアが、息を呑んだ。
「窓の方角が——明るい。明るい、って、わかる」
「リーゼロッテ様!」
マリアが、泣きながら、リーゼに抱きついた。
視力が、戻り始めていた。灰が抜けたことで、身体が回復に向かっている。
完全に戻るかは、まだわからない。
——光が、見える。
それだけで、十分だった。
力がなくなったリーゼが泣くシーン。八年間泣けなかった分の涙。
左目に光が戻り始めるラスト、書きながらガッツポーズした。
深夜3時。寝ます。




