第4話 代償の色
今日仕事めんどくさかった。
未来視には、代償がある。
視るたびに、命が削れる。
それが髪の色に出た。九歳で力が目覚めた時、リーゼの髪はヴェルナー家特有の深い栗色だった。
十歳で、左のこめかみに一筋の白。
十二歳で、左耳の上まで届いた。
十五歳で、頭の左半分は、もう栗色ではなくなっていた。
宮廷では「奇病」と噂された。王子は一度も、理由を聞かなかった。
* * *
ヴェルナー領。深夜。
リーゼは寝台の上で膝を抱えていた。
未来視が止まらない。目を閉じても、開けても、王子の死が滑り込んでくる。
明日の夜。王宮の地下水路。魔術師を含む三人組。護衛の交代の隙を突いて——
「やめて」
小さく呟いた。
「もう、視せないで」
額を押さえる。頭が割れるように痛い。指先が冷たい。
八年間、この痛みと暮らしてきた。毎朝、王子の一日を視る。フラグが立てば、折る。折れなければ翌日もう一度視て、別の道を探す。
十四歳の冬が、一番辛かった。
王子が視察先の辺境で、魔獣に襲われる未来。通常の手段では防げない類の襲撃。リーゼは父に泣きついて「学術調査」の名目を取り、単身、辺境に先回りした。
雪の中を三日歩いた。踵が凍り、唇が割れ、それでも魔獣の巣を見つけた。騎士団への匿名通報で、巣は王子の到着前に駆除された。
帰ってきたリーゼは、一週間寝込んだ。
王子からの見舞いは、届かなかった。
——それでよかった。生きているなら。
そう言い聞かせて、自分の熱を自分で冷やした。
* * *
朝。
「リーゼロッテ様、お客様です」
マリアの声で目が覚めた。
「……どなた?」
「エルヴィン・ランベルト伯爵家のご子息、とのことです」
ランベルト。隣領の名門。リーゼは着替えて応接室に降りた。
栗色の髪の青年が立っていた。二十歳前後。穏やかな目元。引き締まった体躯。軍人特有の立ち方だ、と思った。
「初めまして、リーゼロッテ嬢。エルヴィン・ランベルトです」
「ご丁寧にどうも。ご用件は?」
「父の命で、隣領にご挨拶回りを。ヴェルナー公爵家の令嬢が戻られたと」
「あら、噂が早いこと」
「王都での件も——失礼、耳に入っております」
リーゼは微笑んだ。
「お気遣いなく。むしろ、清々しておりますわ」
エルヴィンが少し瞬いた。驚いた顔。それから、リーゼの左半分の白髪に視線を落とし——逸らさなかった。ただ、まっすぐに目を合わせた。
それだけのことが、妙に胸に残った。
「ランベルト領の葡萄酒は有名ですわね。今度お持ちいただけませんか」
「喜んで。実は、今日も一本」
「用意がよろしいこと」
エルヴィンが少し笑った。控えめな笑い方だ、と思った。
他愛のない会話。ごく普通の社交。
——これが、普通の貴族令嬢の日常。
味わったことのない味だった。
* * *
エルヴィンが帰った後。
リーゼは執務室で領地の書類を広げた。
文字が入らない。
——今夜だ。
地下水路。魔術師。三人。
護衛は間に合わない。騎士団長が気づく頃には、王子はもう——
ペンを置いた。
立った。
窓の外が夕焼けに染まっていた。オレンジが、部屋の床に長く伸びている。
「マリア」
侍女が振り返る。
「明日の朝までに戻ります」
「え——リーゼロッテ様!?」
「王都まで、早馬で何刻?」
「四刻ですが、——まさか」
リーゼは外套を羽織った。
「最後よ、マリア」
マリアが息を呑んだ。
「最後の一本だけ折って、それで終わり。本当に、終わりにする」
屋敷を出た。
夕陽が地平線に半分沈んでいる。厩舎の馬がいななく。間に合うか。四刻。夜明けまでに王宮へ——
馬に飛び乗った。
左のこめかみの白髪が、風に流れた。
——最後の、一本。
エルヴィン初登場。名前候補メモに15個書いてあって、絞るのに30分かかった。最終的には「エ」から始めたかっただけです。理由うすい。
14歳のリーゼが雪の中歩くシーン、書きながら寒くなってエアコンの暖房つよくした。
誤字あったらすみません、寝起きで書いてます。




