第38話 自分の死亡フラグ
第三章ラスト。一番重い回かも。
王都の危機が去り、ヴェルナー領に、再び平穏が戻った。
リーゼはエルヴィンとの婚約を正式に発表し、来春の挙式に向けて、準備を進めていた。
穏やかな日々。
——のはずだった。
ある朝、リーゼは、自分の手を、両手で握ってみた。
いつもなら、自分自身からは何も聴こえない、はずの手。
ゴォン。
鐘が、鳴った。
自分の内側から。
「……嘘でしょう」
凍りついた。
自分の運命の音が、大きな、鐘だった。
死の音。
「いつ——」
未来視は、ない。具体的な時期はわからない。音の大きさで推し量るなら、近い。数ヶ月。
未来視の代償。視力と記憶の欠落は、表の症状に過ぎなかった。
——本当の代償は、命そのもの、だったのだ。
* * *
リーゼは、誰にも、言わなかった。
エルヴィンにも。マリアにも。
婚約の準備を、進めた。領地の運営を、続けた。セレナに、少しずつ仕事を引き継いでいった。
——自分がいなくなった、あとのために。
でも、変化に気づく者がいた。
「リーゼロッテ様。最近、妙に、整理をなさっていますね」
マリアだった。
「何のこと」
「書類の整理。引き継ぎの文書。孤児院への寄付の前倒し。——まるで、いなくなる準備を、なさっているように見えます」
「気のせいよ」
「気のせいでは、ありません」
マリアの声が、震えていた。
「八年お仕えして——リーゼロッテ様が、嘘をつく時の声は、わかります」
リーゼは、黙った。
「教えてください。何が——」
「マリア。もし、私がいなくなったら、セレナ嬢を、助けてあげて。あの子は優秀だけど、まだ人を信じるのに慣れていないの。あなたのような人が傍にいないと——」
「いなくなるって——リーゼロッテ様!」
リーゼは、マリアの手を握った。
「泣かないで。——まだ、決まったわけではないの。備えているだけ」
「備え——」
「私は、八年間、最悪に備えて生きてきたの。それだけ」
マリアは、泣いた。
リーゼも、泣きたかった。
* * *
エルヴィンに会った時、その手を握った。
チリン。
穏やかな鈴の音。——この人は、健康。長生きする。
よかった、と、思った。
「エルヴィン様」
「はい」
「もし、婚約を——解消したいと言ったら」
「しません」
「まだ、理由を言っていないわ」
「どんな理由でも、しません。——何があっても」
「……本当に、ずるい人」
リーゼは、エルヴィンの胸に、額を預けた。
——この人の隣で、生きたい。
まだ、諦めたくない。
「エルヴィン様。——私、もう一度だけ、力を使いたい」
「え」
「自分の運命を変えるために。今まで、他人のフラグばかり折ってきた。——今度は、自分のフラグを折りたいの」
「自分の、フラグ」
「ええ。——折れるかは、わからないけど」
エルヴィンが、リーゼを抱きしめた。
「一人でやらないでください。——僕も、一緒に折ります」
第三章、完。
八年間他人のフラグを折ってきて、最後に自分のフラグと向き合う。これは最初から決めてた。
マリアの「八年間お仕えして、リーゼロッテ様が嘘をつく時の声は、わかります」、これが信頼関係。




