第36話 宰相の遺産
平和は長くは続かない。すみません。
王都から、急使が来た。
アレクシスの、緊急の手紙。マリアが読み上げた。
『リーゼロッテへ。
宰相が、獄中で自害した。——死の間際に、側近へ指示を残している。
「全てが失敗した時のための保険」——宰相は、それを「遺産」と呼んでいたらしい。
具体は、まだ不明。側近の一人が行方不明。宰相の私領に残された文書から、王都の地下に大量の火薬が備蓄されている可能性が出てきた。
収穫祭は、近い。王族も国民も集まる。
もし、火薬が爆ぜれば——
助けてくれ、とは言わない。ただ、知らせておきたかった。
アレクシス』
読み終えてから、リーゼは長い間、動かなかった。
「リーゼロッテ様」
「聞こえていたわ、マリア」
——鐘の正体が、わかった。
王都丸ごとにかかる、巨大な死亡フラグ。
宰相が、最後に仕掛けた時限。自分が倒れるなら、全部を道連れにする。
「……宰相らしいわね」
リーゼは、立ち上がった。
エルヴィンが駆けつけた。
「リーゼ嬢。王都からの知らせ——」
「知っているわ。手紙が来た」
「行くつもりですか」
「行かないわ。——行かなくても、できることが、ある」
リーゼは、考えた。
目は見えない。未来視は、ない。——運命の音は、ある。
「エルヴィン様。お願いが」
「何でも」
「殿下に、手紙を。火薬の場所を探す方法を、伝えて」
「方法?」
「宰相の私領の文書を洗うより、確実な方法があるの。——セレナ嬢に、聞けばいい」
* * *
セレナを、呼んだ。
「セレナ嬢。宰相の『遺産』について、心当たりは」
セレナの顔が、蒼白になった。
「……あります。義父は、万一のために、王都の地下水路の要所に、火薬を仕込んでいました。何年もかけて、少しずつ」
「場所は」
「全部は、知りません。でも——書斎にあった地図に、印が。私が持ち出した、あの計画書の裏に」
「裏?」
「はい。薄い墨で書かれていて、普通に見ただけでは気づきません。光に透かさないと——」
リーゼの、心臓が鳴った。
計画書は、今もアレクシスの手元にあるはず。
「マリア。至急、殿下に。——『計画書の裏を、光に透かせ』と」
「はい!」
リーゼは、セレナの手を握った。
「ありがとう。——あなたの記憶が、また、人を救うわ」
セレナの手は、震えていた。
音は、風鈴の音。
恐怖ではなく、決意の、音だった。
宰相、死んでからも厄介。「最後の一手」を残していく悪役、好き。
今日は湿気がすごくて髪がぼさぼさ。リーゼは銀髪ストレートだから関係ないか、いいな。




