第35話 エルヴィンの鐘
プロポーズ回。甘いです。
穏やかな日々が、続いていた。
リーゼは新しい力——「運命の音」——を、必要な時だけ使った。領民の体調を診る時。エルヴィンの訓練後、怪我の有無を確かめる時。
代償は、なかった。少なくとも、目に見える代償は。
安堵しながら、リーゼはどこかで恐れてもいた。
——代償のない力など、この世にあるのだろうか。
* * *
ある夕方。
エルヴィンが、改まった様子でリーゼを庭に連れ出した。
「リーゼ嬢。話があります」
「何かしら」
「ランベルト伯爵家から、正式に、婚約の申し入れをさせていただきたい」
心臓が、跳ねた。
「……急ですわね」
「急では、ありません。ずっと考えていました。——出会った日から」
「お世辞が上手ですこと」
「本心です。僕は——あなたを、愛しています」
リーゼは、黙った。
エルヴィンの手を、握った。
音が聴こえた。
チリン、チリン。
穏やかな鈴の音。肩の古傷の名残。ただ、それだけ。死の気配は、ない。
——この人の隣は、安全だ。
「エルヴィン様。一つ、聞いてもいい?」
「何でも」
「もし、私の記憶が、さらに消えていったら。あなたのことも忘れてしまったら。——それでも?」
「それでも」
「即答すぎますわ」
「考える必要が、ないからです。——忘れたら、何度でも、好きになってもらうだけです」
リーゼの、見えない目から、涙がこぼれた。
「……はい」
「え」
「はい。お受けします」
エルヴィンが、息を呑んだ。
「本当に——」
「二度は言いませんわよ」
エルヴィンが、リーゼを抱きしめた。
その瞬間——リーゼの耳に、大きな音が、鳴った。
ゴォン。
——え。
重い、深い、鐘の音。
エルヴィンから——?
違う。
もっと遠く。もっと大きな、場所から。
王都の、方角。
エルヴィンの腕の中で、リーゼは顔を王都の側に向けた。
「リーゼ嬢?」
「……聴こえる。大きな鐘が」
「鐘? 何も——」
「運命の音。——誰かに、大きな死亡フラグが、立った」
エルヴィンの腕が、強く、なった。
「行かないでください」
「行かないわ。もう、行かない」
でも、鐘は鳴り止まなかった。
ゴォン。ゴォン。ゴォン。
遠くで。大きく。
誰の音なのかは、触れなければ、わからなかった。
風が、庭の木を揺らした。
「何度でも好きになってもらうだけです」エルヴィン最強かよ。自分で書いたのに嫉妬する。
最後に大きな鐘が鳴る。ラブコメで終われない作者の性。すみません。




