第34話 セレナの居場所
セレナ嬢の新しいスタート。
セレナが、ヴェルナー領にやってきた。
馬車から降りた彼女を、リーゼは屋敷の門で迎えた。
「ようこそ、ヴェルナー領へ」
「リーゼロッテ様——」
セレナの声は、震えていた。
「宰相の裁判で、私は証言しました。義父の計画の全部を。——結果として、貴族社会で、私の居場所は」
「なくなった?」
「はい。裏切り者の、養女。誰も——」
「ここに、いらっしゃい」
リーゼは、セレナの手を取った。
瞬間、音が、聴こえた。
低い、重い音。死の音ではない。心の音。深い悲しみ。
「疲れているわ、あなた。——まずは、休んで。仕事は、それから見つけましょう」
「仕事」
「ええ。あなたは宰相に育てられた。政治と行政の知識がある。——ヴェルナー領の改革に、あなたの頭が必要なの」
セレナが、泣いた。
「なぜ——なぜ、そこまで」
「二つ、理由があるの。一つは、あなたが計画書を持ち出してくれたから。あなたの勇気が、たくさんの命を救った」
「もう一つは」
「私も、居場所をなくしたことがある、人間だから」
* * *
セレナは、屋敷に住み込んだ。
最初は、誰とも話さずに部屋にこもっていた。リーゼが仕事を与えるたびに、少しずつ変わった。
税務帳簿の整理。領民への福祉制度の設計。近隣領地との交渉文書の起草。
セレナの能力は、本物だった。宰相の下で身につけた政治感覚が、領地経営にも効いた。
「リーゼロッテ様。この交易条件、相手の方が有利です。——ここを、こう変えれば」
「さすがね。お願いするわ」
マリアが、不安そうに見ていた。
「リーゼロッテ様。本当に、大丈夫ですか。あの方、もともとは——」
「もともと、何? 敵?」
「……はい」
「人は変わるわ。——私だって、八年前の私と今の私は、別人のようなもの」
窓の外から、笑い声。セレナが子供たちと話している声だった。
「あの笑い方。——初めて、聞くわ」
「ええ。宮廷では、あの方は、笑いませんでしたから」
「人は、居場所があれば笑えるのよ」
* * *
ある日、セレナが執務室に来た。
「リーゼロッテ様。一つ、告白が」
「何」
「宮廷にいた頃——あなたのことを、憎んでおりました」
「知っているわ」
「義父に命じられたから、ではなく。本心から。——あなたが持っているもの、全部が、私にはなかったから」
「何を、持っていると思ったの」
「信念。自分で選ぶ力。そして——愛される資格」
リーゼは、黙った。
「でも今は、わかります。あなたが持っているのは、そういうものではなかった。——持っていたのは、覚悟です。全部を失っても、折れない覚悟」
「大袈裟よ」
「大袈裟では、ありません。——私も、そうなりたい」
リーゼは、セレナの方に手を伸ばした。
「なれるわ。あなたなら」
セレナが、リーゼの手を握った。
音が、聴こえた。
——鈴ではない。
風鈴のような、澄んだ音。
希望の音、だった。
セレナが庭で子供たちと笑ってるシーン、書きながら「よかったな」って思った。親目線か。
「人は、居場所があれば笑えるのよ」、この物語のテーマの一つかもしれない。




