第28話 崖の上から
クライマックスその1。
エルヴィンと騎士団が、尾根の崖の上に着いた。
眼下に、宰相の私兵十五名。弓兵が前列。魔術師が中央。剣士が両翼。
リーゼは崖のへりに、エルヴィンの隣で座っていた。
「エルヴィン様。タイミングを教えるわ」
「未来視で?」
「ええ。魔術師が感知の術を解く瞬間がある。交代で、集中を切らす。隙は——七秒」
「七秒あれば、十分です」
エルヴィンが、騎士たちに手信号を送った。
リーゼは、未来視に集中した。
魔術師の交代。
——五秒前。
——三秒。
「今!」
エルヴィンが、崖を蹴った。
七人の騎士が、続く。崖を滑り、木の根を掴んで落下を殺す。
暗殺者たちが気づいた時には、もう遅かった。
エルヴィンの剣が、一人目の弓兵を叩き伏せた。
騎士たちが、続く。混戦。剣と剣の擦れる音。放たれた矢が逸れる。魔術師が詠唱を始めるが——
「詠唱、あと二秒! エルヴィン様、右の大木の裏!」
崖の上から、リーゼが叫んだ。
エルヴィンが大木の影に飛び込んだ瞬間、炎が通過した。幹が焦げた。
「次の詠唱まで、六秒! 中央を!」
エルヴィンが跳び出し、魔術師に肉薄した。剣の柄で顎を打ち、意識を刈る。
残る魔術師二人を、騎士団が押さえた。
剣士たちは、指揮系統を失って動揺していた。
「降伏しろ! お前たちの主人は、間もなく捕らえられる!」
エルヴィンの声が、森に通った。
一人、また一人、剣を地に落とした。
* * *
崖の上。
リーゼは、木の根に座ったまま、動けなかった。
未来視を連続で使い続けた代償が、一気に来た。
頭が、割れる。
鼻血が顎を伝い、服を染めた。
そして——記憶が、大きく欠けた。
エルヴィンの顔が、思い出せない。
声は、覚えている。手の温かさも、覚えている。
——顔だけが、消えた。
「……」
恐怖が、胸の真ん中を掴んだ。
このまま使い続ければ、全部、消える。エルヴィンのことも。マリアのことも。ヴェルナー領のことも。
——王子のことも。
八年の、全部が。
「リーゼ嬢!」
エルヴィンが、崖を登ってきた。
「制圧、完了です。怪我人は——リーゼ嬢?」
リーゼの顔を見て、エルヴィンの声が変わった。
「血が——鼻血が、止まっていない。それに」
「エルヴィン様」
「はい」
「あなたの顔が——思い出せないの」
エルヴィンが、息を呑んだ。
「視てきたから。あなたを守るために視たから——代わりに、あなたの顔の記憶が、消えた」
「リーゼ嬢」
「でも、声は覚えてる。手の温かさも。——だから、大丈夫」
大丈夫ではなかった。全然、大丈夫ではなかった。
エルヴィンが、リーゼを抱きしめた。
「もう、使わないでください。——もう、十分です」
「まだよ。王子の方が、まだ終わっていない」
「あなたの命より大事な王子なんて——」
「大事ではないわ。——でも、最後まで折り切らないと。最後の一本を折らないと、私は、私を許せない」
エルヴィンの腕の中で、リーゼは震えていた。
血の匂いが、二人の間にあった。
エルヴィンの顔の記憶が消えるシーン、残酷すぎ。自分で設定しといてなんですが。
「声は覚えてる。手の温かさも」って返すリーゼ。失ったものじゃなく、残ったものを数える。
このあとコンビニ行ってアイス買って食べた。感情の消化にはアイス。




