第26話 狩猟祭の朝
第三章「覚醒」開始。決戦です。
## 第三章 覚醒
秋晴れだった。
リーゼには見えない。マリアが、そう教えてくれた。
「風もなく、絶好の狩猟日和です」
「そう。——暗殺にも、絶好の日和ね」
「リーゼロッテ様……」
リーゼは狩猟祭用の装束に着替えた。動きやすい乗馬服。髪は束ねた。純白の髪が、秋の陽光で、銀に光っているはずだった。
「マリア。今日は、屋敷に残って」
「いやです」
「命令よ」
「命令でも、いやです。見えない目で森に入るのに、私だけ残るなんて——」
「森の中では、私の方が有利なのよ。未来視がある」
「でも」
「マリア」
リーゼはマリアの手を握った。
「もし、私に何かあったら——ヴェルナー領のこと、頼みたいの。あなたにしか、できない」
マリアが泣いた。泣きながら、頷いた。
* * *
狩猟祭は王宮の北、御料林で行われる。広大な森。王族、貴族、騎士団が馬を連ねて入る。
リーゼは馬に乗れなかった。目が、見えないのだから。
代わりに、エルヴィンが馬車を用意していた。
「貴族の令嬢が馬車で参加するのは、不自然ではありません」
「ありがとう。——でも、途中からは、歩きます」
「え」
「視たの。暗殺者は森の奥。馬車では、入れない場所」
エルヴィンの顔が、硬くなった。
「僕も行きます」
「もちろん。あなたがいなければ、私、木にぶつかって終わりですもの」
* * *
角笛が、鳴った。
王族が、森へ入っていく。
アレクシスは馬上で、表面上、平然としていた。目だけが、森の奥を警戒していた。
隣にルートヴィヒがいた。兄弟が並んで馬を進める姿に、宮廷の者たちが、目を丸くしていた。
「兄上。宰相の手の者、動き始めました」
「どこだ」
「北の尾根沿い、十名ほど。狩猟の装いですが——弓の構え方が、猟師ではありません」
「よく見ているな」
「僕も、もともとは宰相の計画に乗る側でしたから。配置は、知っています」
アレクシスは、弟を見た。
この弟が味方でいてくれる——その心強さを、初めて知った。
「ルートヴィヒ。——終わったら、二人で酒を飲もう」
「僕は、まだ十五ですが」
「葡萄酒の水割りくらいなら、許す」
ルートヴィヒが、初めて、兄に向かって笑った。
本当に、初めて。
* * *
森の奥。
リーゼは、エルヴィンの腕に掴まりながら、木の間を歩いていた。
目は見えない。未来視が、全部補う。三秒先の足元を視て、根を避ける。五秒先の周囲を視て、方向を決める。
代償——頭痛。鼻血。
そしてまた、記憶が一つ、欠けた。
ヴェルナー領の学校の、教師の顔。名前。声。
消えた。
「リーゼ嬢。大丈夫ですか」
「ええ。——この先を右へ。大きな樫の裏に、暗殺者が一人、います」
「一人?」
「見張り。本隊はもう少し奥。合図を待っています」
エルヴィンが、剣を抜いた。
「行きましょう」
「兄上、泣いていましたね」「泣いていない」のやりとり好き。
こういう何気ない兄弟の会話が書きたかった。




