第18話 宰相の晩餐
宰相クラウスが、晩餐会を催した。
表向きは「王太子妃教育の進捗を祝う会」。実際は——リーゼの状態を、自分の目で確かめるため。
毒が効かなかった。暗殺者は失敗した。この女は、何かを持っている。
「リーゼロッテ嬢。ようこそ」
「宰相閣下。お招き、光栄ですわ」
席次は、クラウスがリーゼの正面。セレナがアレクシスの隣。計算された配置。
リーゼは落ち着いていた。
視力がほぼ失われた今、晩餐会は地獄のはず。料理の位置。グラスの位置。相手の表情。普通なら、どれも読めない。
——未来視が、ある。
数秒先を視ることで、料理の配置を割り出す。グラスへ手を伸ばす間合いを測る。相手の台詞を先読みして、ちょうど良い返しを組み立てる。
誰にも、気づかれない。目が見えないことを、未来視で補っている。
代償は、加速する。
「リーゼロッテ嬢。教育のご指導、感謝しております。セレナも、大変勉強になっていると」
「いえ。セレナ嬢は、努力家でいらっしゃいますから」
「ところで——お体の具合は。少し、お痩せに見えますが」
「お気遣い、ありがとうございます。健康ですわ」
「それは何より。——左腕のお怪我は、もう治りましたか」
リーゼの、見えない目が、クラウスの方角を捉えた。
この男は、知っている。暗殺者を送ったのが自分であることも、リーゼがそれを承知していることも。そして、そのリーゼが動じないことに、苛立ちを募らせている。
「おかげさまで。宮廷の医師は優秀ですので」
「それは結構。王宮は、安全な場所ですからね。——もちろん、事故は、どこでも起きますが」
脅迫。遠回しの。しかし、明白な。
リーゼは微笑んだ。
「ええ。事故は、起きますわね。——特に、油断していらっしゃる方の、周りで」
クラウスの目が、細くなった。
フォークとナイフの触れ合う音の下で、二人の間に、見えない火花。
* * *
晩餐会の後。
リーゼは客間に戻り、ドレスのまま寝台に倒れた。
頭が、割れるように痛む。
晩餐の間中、未来視を使い続けた代償。
左目の視界が、さらに狭い。正面の、小さな範囲しか見えない。
「マリア」
「はい」
「明日から——少しだけ、手を借りたいの」
「何なりと」
「書類を読み上げて。——あと、歩く時、さりげなく腕を貸してほしい」
マリアが、息を止めた。
「リーゼロッテ様……」
「見えなくなってきているの。もう少し経てば、たぶん、完全に」
マリアが泣き出した。
「なぜ——なぜそんな」
「泣かないで。あなたが泣くと、私も泣いてしまうから」
リーゼは、マリアの手を握った。
見えないけれど、温かい手だった。
「大丈夫。目が見えなくても、私は私、ですわ」
——嘘。
目が見えなくなれば、未来視に頼るしかなくなる。頼れば、代償は進む。第三段階が始まる。
記憶が、欠ける。
それは、「私が私でなくなる」ということだった。
マリアの手を、少しだけ強く握った。
忘れないために。
目見えないのに未来視で補って晩餐会乗り切るリーゼ、やってることバケモン。
マリアに「腕を貸して」って頼むリーゼ。ここで初めて人に頼れた。




