表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/50

第17話 闇の中の光

今回、ちょっと重い話です。

教育十日目の夜。


 リーゼは暗い部屋で、天井を見上げていた。


 ——見上げている、つもりだった。実際には、天井がほとんど見えない。


「……あと、どれくらい保つかしら」


 未来視を使うたび、現実の光が削られる。止めようとしても、止まらない。眠っている間も、王子の危機が、宰相の陰謀が、セレナの次の一手が、流れ込んでくる。


 手探りで引き出しを開けた。手帳を取り出す。


 書こうとした。


 文字が、見えない。


 ペンを握ったまま、動けなかった。


 八年、この手帳に全部を記録してきた。死亡フラグの管理。毒の種類。暗殺者の癖。今は、領地の改善計画。


 それが、書けない。


 涙が一粒、手帳の角に落ちた。


 インクが、少しだけ滲んだ。


     * * *


 翌朝。


 教育の時間、リーゼは異変を悟られないよう振る舞った。


 セレナの顔は見えない。声の位置と、気配で方向を取る。教材は、前夜のうちに暗記した。


「セレナ嬢。今日は歴史です。建国王アルベルトが北方連合と結んだ同盟の意義を、述べなさい」


「北方連合との同盟は、南部の蛮族への対抗のため——」


「不十分。同盟の本質は軍事ではなく、交易路の確保です。建国王が欲したのは、兵ではなく、北方の鉄と穀物でした」


 目が見えなくとも、知識は揺るがない。


 ——教室を出た、その瞬間。


 壁に、ぶつかった。


「あっ——」


「リーゼロッテ様?」


 女官が驚いて声をかけた。


「ええ。少し、ぼんやりしていただけ」


 壁に手をつきながら、廊下を歩いた。右手で壁を辿る。左目の、残った視界で、足元を確かめる。


 角を曲がった先に、人影。


「リーゼロッテ」


 アレクシス。


「殿下」


「……目、見えているのか」


 リーゼの心臓が跳ねた。


「何のことですか」


「さっき壁にぶつかった。今も、俺の顔を見ていない。声の方向を向いているだけだ」


 鋭い。


 否定しても無駄だと悟った。


「右目は、もう見えません。左目も——あまり」


「いつからだ」


「一ヶ月前から、少しずつ」


「なぜ言わなかった」


「言って、どうなりますの」


 アレクシスが息を呑んだ。


「これは——お前の、力の代償か」


「……殿下は、私の力のことを」


「ハインリッヒの報告書に、推測が書いてあった。『リーゼロッテ嬢は、何らかの予知能力を持っている可能性がある』——八年の行動パターンから、そうとしか説明がつかないと」


 リーゼは壁にもたれた。


「そうです。未来視。視るたびに、命が削れます。髪が白くなり、視力が落ち、やがて——」


「やがて?」


 答えなかった。


 第三段階。記憶が、消える。


 それだけは、言えなかった。


「殿下。お願いが」


「言え」


「このことは、誰にも仰らないでください。特に——宰相と、セレナ嬢には」


「当然だ」


「それから——私に、構わないでください。仕事をしに来ただけです。教育が終われば、帰ります」


「リーゼロッテ——」


「お願い、です」


 声が、震えた。


 構われると、揺らいでしまう。


 戻らないと、決めたのに。


 守らないと、決めたのに。


 この人に優しくされると、また——


「……わかった」


 アレクシスが一歩、下がった。


「だが、一つだけ、言わせてくれ」


「何ですか」


「今度は——俺が、お前の目になる」


 リーゼは、何も言えなかった。


 ぼやけた左目の視界で、金色の髪が揺れるのが、かろうじて見えた。


 それだけが、見えた。

リーゼの視力がほぼ失われるシーン、書きながら手が止まった。

「俺が、お前の目になる」——殿下、かっこいいこと言うけどそれリーゼのセリフの受け売りでは?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ