第16話 エルヴィンの決断
エルヴィン推しの方、お待たせ。
ヴェルナー領から、早馬が来た。
エルヴィンの手紙だった。
『リーゼ嬢。王都での暗殺未遂の噂が届きました。ご無事ですか。すぐにでも迎えに行きます。どうか、返事を』
リーゼは左腕の包帯を見下ろしながら、返事を書いた。
『ご心配なく。かすり傷ですわ。迎えは不要。教育の任期を終え次第、帰ります。領地を、お願いします。——追伸。葡萄酒のおかげで、命拾いしました。詳しくは、戻ってから』
手紙を送り出したあと、窓辺に立った。
……嘘をついた。
かすり傷ではない。傷は深く、利き手に力が入らない。本当に心配すべきは、傷ではなく——目だ。
右目が、ほとんど見えなくなっている。
* * *
同じ頃。ヴェルナー領。
エルヴィンはリーゼの手紙を握りしめていた。
「葡萄酒のおかげで命拾い、か」
しばらく動かなかった。
「副官」
「はい」
「ランベルト騎士団の精鋭十名を選抜しろ。王都に向かう」
「王都、ですか。何のために」
「リーゼ嬢の護衛だ」
「しかし、王宮内に他領の騎士団は——」
「王宮には入れない。だが、王都に拠点を持てる。いざ、という時に駆けられる距離にいたい」
エルヴィンの目は、いつもの穏やかさと違っていた。軍人の目だった。
「領地の守りは、お前に任せる」
「……御意」
エルヴィンは甲冑を着けた。
リーゼ嬢は「迎えは不要」と言った。
——でも、もう知っている。
あの人は、限界を超えても「大丈夫」と言う人だ。
増えていく白髪。遠くを見る時、目を細める癖。時折、何かを払うように額を押さえる仕草。
何が起きているかは、わからない。
放っておける話では、なかった。
「出発する」
ランベルト騎士団の精鋭が、王都へ馬を向けた。
* * *
王宮。教育七日目。
セレナが、初めてリーゼに反撃した。
「リーゼロッテ様。一つ、伺っても?」
「どうぞ」
「なぜ、そこまで厳しくなさるのです。私が王太子妃にふさわしくないと、証明したいのですか」
リーゼは微笑んだ。
「誤解ですわ、セレナ嬢。私は教育者として、あなたに足りないものを指摘しているだけ。それを『厳しい』と感じるのは——足りないものが、多いからですわ」
セレナの目が、きゅっと光った。
「ならば、私からも一つ。あなたは八年間、王太子妃教育を受けてきた。その結果が、婚約破棄。——教育者として、その事実を、どうお考えですか」
女官たちが、息を詰めた。
リーゼは一瞬、心臓の裏側を掴まれた気がした。
表情は、崩さなかった。
「良い質問ですわね。お答えします」
立ち上がった。
「婚約破棄されたのは、私の教育が不足していたからではありません。殿下が——私の価値を、見る目を持っていなかったから。そして今、殿下はそれに、気づき始めていらっしゃる」
一拍。
「——あなたは、殿下に捨てられた時、同じことが言えますか?」
教室が、静まり返った。
セレナの頬から血の気が引いた。
「……私は、捨てられません」
「そうですわね。——捨てられる前に、あなたの方から、殿下をお捨てになるのでしょうから」
空気が凍った。
リーゼは微笑みを崩さなかった。内心、言い過ぎたと思っていた。セレナを追い詰めすぎれば、宰相が早まる。
バランスが、難しい。
——そして。
視界の端が、また少し、暗くなった。
「迎えは不要」って言ったのに騎士団率いて来るエルヴィン、少女漫画かよ。自分で書いたのに。
セレナとリーゼの教室バトル、どっち派ですかって聞かれたら困る。両方好きで書いてるので。




