第13話 王都再び
インフルから復活しました。寝込んでる間にブクマ増えててちょっと笑った。ありがとうございます。
王都の門をくぐった時、自分が違うことを、リーゼは知った。
一ヶ月前、逃げるようにくぐった門を、今度は戦いに来てくぐる。
「リーゼ嬢。くれぐれも、お気をつけて」
領境まで見送りに来たエルヴィンが、低い声で言った。
「ありがとう。留守の間、領地をよろしく」
「お任せください。——必ず、お戻りください」
「もちろん。ランベルトの葡萄酒が、私を待っていますもの」
エルヴィンが笑った。目は笑っていなかった。
* * *
王宮の客間に通された。婚約者時代の部屋ではない。格の落ちた、北棟の小部屋。元婚約者に対する扱いとしては、こんなものだろう。
「リーゼロッテ様。明日より、セレナ嬢への教育引き継ぎが始まります」
女官が事務的に告げた。
「承知しております。内容は」
「王太子妃としての礼法、外交儀礼、社交術、歴史、領地経営の基礎、——それから」
「それから?」
「宮廷における危機管理、です」
リーゼは、薄く笑った。
危機管理。それは、リーゼが八年やってきたことの、別名だ。
「わかりました。——全力で、お教え申し上げますわ」
全力で、あなたの無能を宮廷中に知らしめて差し上げる。
心の中だけで、言った。
* * *
翌日。教育初日。
セレナが教室に現れた。淡い金髪を巻き、装いは隙がない。笑顔は計算通りに可憐。
「リーゼロッテ様。ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ。お手柔らかに」
視線が交差した、一瞬。
——この女は、自分と同じ種類の人間だ。
微笑みの下に、刃を隠している。
違うのは、リーゼの刃が「守る」ためだったのに対し、セレナの刃は「奪う」ためだということ。
「では、礼法から参りましょう。セレナ嬢、正式な王家の挨拶を」
セレナが優雅に、カーテシーをした。完璧、に見えた。
「70点ですわね」
「え」
「左足の角度が3度、浅い。顎の引きが甘い。——そして、目線が下がりすぎています」
セレナが固まった。
「王太子妃は、頭を下げても、視線は相手を捉えていなければなりません。支配者の礼は、服従の礼とは違います」
セレナの頬が、一瞬引きつった。
リーゼは、心の中で笑った。
——八年間、完璧に演じてきたのは、私の方ですわ。
教育は、リーゼの独壇場になった。礼法、儀礼、社交術、歴史の細部。セレナが「できないこと」を、リーゼは精密に炙り出していった。
厳しい。けれど不当ではない。教育者として正当な指摘ばかりだから、セレナは反論できない。
廊下の向こうで、女官たちの囁き。
——やはり、リーゼロッテ様の方が、王太子妃に。
——セレナ嬢では、とても。
計算通り。
教育を通じて、セレナの器を宮廷に見せる。これが、宰相の計画を内側から崩す、第一手。
* * *
その夜。
客間で、リーゼは一人、頭を押さえていた。
王都に戻ってから、未来視の頻度が上がっている。王宮の中は、情報が多すぎるのだ。宰相の動き、セレナの計画、王子の行動——断片が、絶え間なく流れ込んでくる。
右目の視界が、ふいにぼやけた。
「……まずいわね」
鏡を覗いた。
白髪が、さらに増えている。もう、栗色の方が少ない。
代償の進行が、加速している。
あと、どれくらい保つか。三ヶ月。半年。——いや、このペースでは、もっと短い。
リーゼは鏡に背を向けた。
「間に合わせる」
宰相の計画を潰す。ヴェルナー領を守る。そして、王宮を出る。
それまで、この目が保てばいい。
リーゼの教育シーン、書いててニヤニヤした。「70点ですわね」の圧。
左足の角度が3度浅い、って指摘するリーゼこわい。




