第12話 セレナの仮面
悪役サイド回。
王都、王宮。
セレナ・ミュラーは、鏡の前で微笑みを練習していた。
可憐な笑み。儚げな笑み。涙をこらえた笑み。
全部、採寸して作った表情だった。
「セレナ」
扉の向こうから、低い声。
「義父様」
宰相クラウス・フォン・ヘルダーが入ってきた。六十代、銀髪、痩身。目だけが鋭い。
「王子の様子は」
「不安定です。元婚約者の報告書を読んでから、私への態度が変わりました。疑い始めています」
「予定より早いな。ハインリッヒの調査は、こちらの計算違いだ」
「対処は」
「ハインリッヒを辺境に飛ばす。砦の任にすれば、しばらく動けまい」
セレナは頷いた。
「それから——ヴェルナー公爵令嬢の件です」
「あの女のことは気にするな。領地に引きこもっている分には無害だ」
「いいえ。あの女は、危険です」
セレナの目が、冷たく光った。
「王子がヴェルナー領に行きました。『戻ってくれ』と頭を下げたそうです」
「断られたのだろう」
「ええ。でも王子の心は、揺れています。今のうちに——ヴェルナー公爵家を潰すべきです」
クラウスは椅子に腰掛け、指を組んだ。
「急ぐ必要はあるまい。公爵本人は王都にいる。あの男を懐柔すれば——」
「公爵ではなく、令嬢の方です。あの令嬢が領地で力をつければ、いずれ障害になります」
クラウスが、セレナを見た。
「珍しいな、お前にしては。一人の令嬢を、そこまで警戒するとは」
「私は八年、あの女の後釜に座ったのです。あの女が何をしてきたか、書類で読みました。——義父様よりも、私のほうがよくわかっています」
平静な声。下に、薄い焦りがある。
リーゼロッテ・フォン・ヴェルナー。
あの女さえいなければ、全て計画通りに進む。だが、あの女は計画の外から手を伸ばしてくる。未来視、という、常識の外の力で。
「義父様。一つ、提案が」
「言え」
「公爵を味方に引き入れるのではなく——令嬢を、王都に呼び戻すのです」
「なぜだ」
「あの女は、領地にいるから強い。領民の支持、隣領との同盟、自由。それを全部奪うには——王都に閉じ込めるのが一番です」
「どうやって」
セレナが微笑んだ。今度は、練習した笑みではなかった。
「王命です。『元王太子婚約者として、現婚約者への王太子妃教育の引き継ぎを行え』と。——これなら断れません」
クラウスの目が、細くなった。
「……使える娘だ」
「義父様に、育てていただきましたから」
* * *
三日後。
ヴェルナー領に、王命を携えた使者が到着した。
「リーゼロッテ・フォン・ヴェルナー嬢に、国王陛下より命を伝える。元王太子婚約者として、現婚約者セレナ・ミュラー嬢への王太子妃教育の引き継ぎを行うべし。——一ヶ月以内に、王都へ出頭せよ」
リーゼは使者の前で、完璧な礼をした。
「謹んで、拝命いたします」
使者が去った。
手紙の封蝋を、リーゼは指で潰した。
「……罠ね」
未来視は、セレナが義父にこの策を進言する場面を、もう映していた。
王都に戻れば、宰相の掌の上。領地から引き離し、監視し、最後には——消す。
だが、王命は断れない。断れば反逆罪。それこそ、領地接収の口実。
「マリア」
「はい」
「荷造りを。——王都に参りますわ」
「リーゼロッテ様!」
「大丈夫。罠とわかっていて踏むのは、罠ではありませんの。——こちらの仕掛けにすればいいのです」
リーゼの目に、王宮で死亡フラグを折っていた頃の光が戻っていた。
鏡の前で笑顔の練習するセレナ、書いててちょっとゾッとした。でも彼女なりの生存戦略なんですよね。
「義父様に育てていただきましたから」って返すセレナ、この時点では完全に駒。後で変わるんで信じて読んでほしい。




