4. 三流の極致
■ 三流の極致
魔王は王女の顔を見るなり、憎悪に顔を歪めた。
「その瞳……その髪……! 貴様、あの忌々しき聖王の末裔か!
ほう、女連れで魔王討伐とは、随分と余裕を振った脚本を書いたものだな、英雄!」
(違う! 俺が書いた脚本はこんなんじゃない!
こんな予定調和な因縁、こんなヒロインが危険にさらされるベタな展開……反吐が出る!)
ゼノンのステータスは、王女という「強力な味方」がいるせいで、魔王との差を埋める程度にしか上がらない。
勝てる、だが「接戦」だ。王女が傷つく計算。
(……クソ。俺の『英雄チート』が、彼女を盾にすることを前提に戦力を調整してやがる。
こんな三流のハッピーエンド、誰が認めるか!)
■ デウス・エクス・マキナ
ゼノンは震える手で、空を指差した。
もはや魔王すら見ていない。
彼はこの「世界」という名の稚拙な物語の作者を、舞台上に引きずり出す決意をする。
「……計算が合わねえんだよ、神様」
ゼノンは魔王に匹敵する、いやそれ以上の「存在しないはずの力」を一時的に無理やりブックメーカーで生成し、世界の理を無理やりこじ開けた。
「魔王との因縁? 聖王の血筋? ……そんな安い設定で俺たちを踊らせるな。
そんな脚本に用はない。――来いよ、作者(ゴミ野郎)。 尻拭いの時間だ」
次元が裂け、眩しい光と共にあの「胡散臭い神」が姿を現す。
神は呆れたように、そして愉悦を隠しきれない様子で周囲を見渡した。
「……やれやれ。まさか本当に私を呼び出すとはね。
敵が強ければ強いほど出力が上がる仕様を悪用して、魔王を触媒に神を召喚するなんて、君は本当に悪趣味だ」
神はゼノンを見下ろし、優雅に皮肉を放つ。
「どうしたんだい? 自力で解決できないからって、舞台装置を強引に動かすのかい?
……それは物語の禁じ手だぞ。
それとも何かな、これが君の言う『デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)』かな?」
「そうだ、デウス・エクス・マキナだ。
あんたを舞台に引きずり出したことで、俺の『ブックメーカー』の参照先が切り替わった。
……今の俺のステータスは、『神』に王女と魔王(触媒)を加味して、
さらに『+α』を乗せた数値だ。」
魔王は自分が蚊帳の外に置かれていることに激昂し、ゼノンに襲いかかる。
「貴様ぁぁ! 我を無視するなァ!」
「黙ってろ、踏み台。お前の出番はもう終わったんだ」
ゼノンは視線すら向けず、ただ無造作に、払うような動作で拳を振るった。
神すら超える「プラスアルファ」の暴力。
かつて世界を恐怖させた魔王は、何が起きたか理解することすら許されず、
ただの紙屑のように空間ごと消滅した。
神の顔から余裕が消える。
「……魔王を一撃で? 私の加護を逆用して、私自身の出力を上回る特異点を生成したというのか……?」
「計算通りだ。これで邪魔なノイズ(魔王)は消えた」
■全てを失って
「……お前が奪ったのは、彼女の**『物語』**だ」
神のその一言は、いかなる魔法よりも深く、ゼノンの心を抉った。
足元に転がる、もはや「ただの肉塊」と化した魔王の残骸。
それを見つめる王女の、どこか空虚で、それでいてゼノンへの崇拝に満ちた瞳。
「別にお前がいなくても、数年後にはあの王女が自力で魔王を倒していた。
仲間を失い、悲しみを乗り越え、真の英雄として覚醒する……。
それが本来の、彼女のための『最高の舞台』だったんだ」
神は醜悪な笑みを深める。
「それをどうだい?
お前は効率を優先して、彼女の苦難も、成長も、その果てに掴み取るはずだった『達成感』も、
すべて横取りしてしまった。
……お前がやったのは救済じゃない。ただの『ネタバレ』であり、『簒奪』だ。
今、彼女の隣に立っているのは英雄じゃない。彼女の人生を壊した『傲慢な脚本家』だよ」
ゼノンは立ち尽くす。
自分の「+α」を維持するために、彼女の成長をデバフだと恐れ、
彼女が歩むべき王道を自分が「踏み荒らして」しまった。
魔王を瞬殺したこの右手は、彼女が将来受けるはずだった数え切れないほどの名誉と、
国民からの心からの喝采を、すべて握りつぶしてしまったのだ。
「……あ……」
王女が自分を見る。その瞳にあるのは、対等なパートナーとしての信頼ではなく、
もはや理解の及ばない「絶対者」への怯えと心酔。
自分の書いた脚本のせいで、彼女を「一人の人間」から「英雄の付属品」に引きずり下ろしてしまった。
これこそが、神が用意した最悪の「どん底」。
「最強の力」を手に入れた瞬間に、ゼノンは「愛する人の尊厳」という、
最も失ってはいけないものを失ったことに気づく。
■ 三流脚本家への嘲笑
神は掌の上に、あり得たはずの「本来の歴史」をホログラムのように映し出した。
「見てごらんよ。あの国境付近の紛争は、本当は王女が目の前で兵士たちの死を見て、
絶望の叫びと共に覚醒するはずの『最高のイベント』だったんだ。
彼女の人生がどれほどロマンチックに輝くはずだったか……お前が介入しなければね」
神はため息をつく。まるで名作映画を台無しにされた批評家のように。
「お前が奪ったのは、彼女が**歴史に刻まれるはずだった『輝き』**だ。
お前という不純物のせいで、彼女はただの『守られた小娘』に成り下がった。
罪深いと思わないかい? 彼女の魂の最高傑作を、お前という三流脚本家がボツにしたんだ」
ゼノンはその映像を見つめた。
そこに映る王女は確かに、今の彼女よりも数段美しく、気高く、そして――あまりにも痛々しかった。




