5. 三流の、何が悪い
■三流の、何が悪い
ゼノンはゆっくりと顔を上げた。
その瞳から迷いが消え、代わりに底冷えするような「冷徹な脚本家」の光が宿る。
神の領域にいるからこそ見える「無数のIF」。
「……役割を奪った、だと? 笑わせるな、神様。
彼女が苦難を乗り越え、仲間を募り、挫折し、覚醒して魔王を倒すまでの『美しい英雄譚』。
その裏側で、魔王軍に焼かれる村、犠牲になる民……それがアンタの望む『輝かしい物語』のコストか?」
ゼノンは冷徹に、そして静かな怒りを込めて神を睨み据えた。
「犠牲者がいないと、英雄は輝けないのか?
――その犠牲の上に立つ英雄が幸せだと、本気で思っているのか?」
眼光が神を射抜く。
「俺は、彼女に『血にまみれた伝説』なんて背負わせない。
代わりに、二人で魔王を追い詰めたという『名誉』と、犠牲者のない『平和な国』、
そして彼女がただ笑っていられる『今日』をプレゼントした。
……これ以上にいい結末が、この世のどこにあるっていうんだ」
神は呆然と呟く。
「……だが、それでは誰も感動しない。誰もこの物語を語り継がない。あまりに……あまりに退屈ではないか」
「ああ、そうだな。だから世界一有名なビーグル犬の哲学者の話をしてやろうか」
ゼノンは不敵に笑い、神の目前で言い放った。
「『悲劇的な人生はロマンチックなのよ、それが他人の人生ならね』……。
あんたにとって退屈でも、俺たち当事者にとっては、この上なく愛おしい日常なんだよ」
神の領域が崩壊し、ゼノンの「+α」の力が神の権能を無理やり上書きしていく。
それは世界を滅ぼす力ではなく、世界を「凡庸」に保つための、神すらも一人の観客へと引きずり下ろす、究極の暴力だった。
■鏡師の指南役
神との決戦を経て、世界に平和が訪れた。
魔王を二人で討ち取った「救国の英雄」ゼノンが選んだ役職は、王国の軍事顧問でも大将軍でもなく、
王宮の片隅にある小さな訓練場の**「指南役」**だった。
彼はいつしか、敬意と親しみを込めてこう呼ばれるようになる。――**『鏡師』**と。
ゼノンの戦いには、もはやかつての衝撃波も全能感もない。
剣を執れば、相手が新兵なら新兵の、熟練の騎士なら熟練の騎士の力量を、
鏡のように寸分違わず映し出し、常に「首の皮一枚の接戦」を演じる。
「先生、今日もお願いします!」
「いいだろう。……だが、俺を越えるのは骨が折れるぞ。俺は常に、お前の一歩先を映す鏡だからな」
相手と同じ目線に立ち、壁となり、乗り越えるべき目標となる。
かつて彼を苦しめた「相手と同格になる呪い」は、今や次世代を育てるための、
世界で最も贅沢な**『教育』**へと昇華されていた。
■そして二人は幸せに
夕暮れ。訓練を終えたゼノンのもとに、女王となった彼女が歩み寄る。
華美なドレスではなく、動きやすい平服をまとい、その手には二人の子供がぶら下がっていた。
「鏡師さま。今日の『ホームドラマ』の脚本、聞いてもらえますか?」
「ああ、喜んで。……今夜の敵は、野菜嫌いの長男かな?」
二人は笑い合い、夕焼けに染まる王宮の廊下を歩いていく。
かつて神が「退屈だ」と切り捨てた、なんの変哲もない平和な光景。
大衆に受けるような劇的なドンデン返しも、涙を誘う自己犠牲も、ここにはない。
ただ、
「そして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」
という、お決まりの一行で片付けられてしまうような、ありふれたエンディング。
(……これでいいだろ? 神様)
ゼノンはふと、空を見上げた。 そこにはもう、脚本を強要する神の姿はない。
代わりに、風の音に混じって、あの世界一有名なビーグル犬の哲学者が、満足げに笑ったような気がした。
(完)
あとがき
追放もので本当に無能だったら?から発想しました。第四の壁に挑む話です。
めだかボックスの球磨川禊の弱体化スキル「却本作り」の逆の能力です。




