第166話 溜め池の現状
美雨の二人の王配は土の都を出て田畑を見下ろせる小高い丘の方に歩いていく。
その後を尾行していた道麻は首を傾げる。
(どこに行く気なの? この先の丘には溜め池しかないけど……)
小高い丘には道麻が二人を尾行する前に向かおうとした田畑に水を供給する溜め池がある。
今は雨不足で溜め池はほぼ干上がっている状態のはずだ。
昼間であれば溜め池の様子を見に来る土族の民をいたりするが他部族の商人などは立ち入ることのない区域。
そんな場所に美雨の王配たちが何の用でやってきたのか道麻には見当もつかない。
王配たちは小高い丘に登り溜め池の畔で足を止める。
そして何やら溜め池の様子を観察しているようだ。
(もう少し近付けば二人の会話が聞こえるわね。あそこにちょうどいい木があるからその木の陰に隠れて二人の会話を聞いてみましょう)
道麻は二人に気付かれないように距離を詰め溜め池の近くにある木の陰まで移動する。
すると二人の王配たちの声が聞こえた。
「ここが当麻に場所を訊いた溜め池だよな。確かに見事に干上がっているな」
「そうですね。残りの水の量では完全に干上がるまでそんなに時間はないでしょう。水が完全に無くなれば作物への大きな被害が出るのは避けられないでしょうね。土の族長がこの事実を隠したくなる理由は分かります」
「そうだな。土族の農作物が不作なら他部族の食糧事情に直結するからな。残りの食糧の争奪戦が起こりかねない」
「同じく華天国を形成する六部族であっても自分の部族が一番大事だということは共通していますからね。酷い食糧難になれば内戦覚悟で土族から食糧を奪う民が現れてもおかしくないはずです。土の族長も女王陛下もそれを危惧して民にこの事実を公表していないのかもしれません」
(…っ! 族長はこの二人に土族の水不足問題を話したの? この二人が得体の知れない霊力を持つ危険人物かもしれないのに……)
二人の王配が話している通り、土族の農作物が不作になるという情報が流れれば食糧争奪戦が起こる可能性がある。
だからギリギリまでこの事実を族長は隠してきたはずだ。
それでも少しずつ種類によっては市場で品薄の野菜類もあるから買い付けに来ている商人たちも異変を感じ取っているかもしれない。
しかしそのことを公に土族が認めているわけではないのでまだ混乱までには発展していないのが現状だ。
だがそれも光の王配と水の王配に知られてしまえば光族や水族に食糧危機の情報が流れてしまう恐れがある。
族長の王樹がその危険性を知らないはずはないのになぜこの二人に水不足の件を話したのかが道麻には分からなかった。
(この二人は土の族長の話を確かめるためにここに来たのかしら? もしこの溜め池の情報を拡散する可能性があるならこの二人をここで始末するべき?)
一瞬、そんな物騒な考えが道麻の脳裏に浮かぶ。
ここでこの二人を始末してしまえば美雨から自分以外に愛を受ける者がいなくなるのではないか。
それに情報が拡散されることも防げて一石二鳥なのではないか。
自慢の弓は持参していないが剣自体は持って来ているからこの二人と戦うことはできる。
けれど王配になるぐらいの二人の男を道麻一人で倒すには分が悪いかもしれない。
さらに二人の王配には謎の強大な霊力があるのだ。
そのことを考えるとやはり簡単にはこの二人は倒せないだろう。
道麻は目を凝らして二人の王配の中にある強大な霊力の正体を探ろうとした。
その瞬間、声が聞こえる。
「そこに隠れている方。そんなに私たちの中にいるモノの正体を知りたいなら出て来たらどうです?」
「…っ!」
溜め池の方を向いていた水の王配の男が道麻の方に振り向き口元に冷たい笑みを浮かべる。
どうやら自分が隠れていたことはバレていたらしい。
このまま逃げることもできるが水の王配の男の言った言葉が道麻をその場に引き留める。
水の王配は「私たちの中にいるモノの正体を知りたいのなら」と言った。それならばその正体を教えてもらえれば道麻としてもこの二人への対応策を考えることができる。
道麻は覚悟を決めて木の陰から出て二人の王配に近付く。
「やはりあの時の小物店の中から私たちを見ていた方でしたか。女装趣味だという話は聞いていますが本当に女にしか見えませんね。美人と言っても良いくらいです。いえ、女にしては少し背が高すぎますか」
「本当だな。間近に見ても男には見えないな。女装趣味もそこまでいくとたいしたもんだ」
「それはどうも」
二人の王配は女装している道麻を褒める言葉を使うが声は冷ややかだ。
本心から道麻を褒めている訳ではないことが伝わってくる。
(まあ、この状況でアタシに好意的な訳はないわよね。でもいいわ。今はとにかくこの二人が溜め池に来た理由と二人が持つ強大な霊力の正体を知るのが大事だもの)
「アタシのことを知ってるようだけど、改めて自己紹介をさせていただくわ。アタシは土族の族長の甥で土の王配候補者の道麻よ」
「ご丁寧な自己紹介をしてくれたのなら私も自己紹介をしましょう。私は美雨王女の水の王配の氷室です」
「同じく光の王配の光主だ」
道麻を歓迎しているような態度ではないが氷室も光主もいきなり道麻に対して戦いを挑む気は無さそうだ。
そのことに道麻は内心ホッとする。
先ほどは光主と氷室を排除しようかとも思ったが美雨の土の王配を目指すなら今の段階で美雨の王配たちと揉め事を起こすのは得策ではない。
そんなことをすれば自分は美雨に土の王配に選んでもらえないかもしれないからだ。
この二人を排除することは美雨と想いが通じ合ってからでも遅くはない。
焦りは禁物だ。
「それじゃあ、氷室と光主と呼ばせてもらうわ。アタシも土の王配候補者なんだから貴方たちと身分に違いはないもの」
「それはかまいませんが道麻は何か勘違いをしているようですね。私たちは貴方と身分は同じでも貴方と私たちは同じモノではありません。少なくとも今はですが」
「……それは、どういう意味かしら?」
「貴方はどうやら霊力の高い方だから私たちが持つ強大な霊力に気付いて気になったのでしょう? 自分では持っていないほどの霊力とは何かと。身分は同じでも霊力の差においては貴方は私たちと同じモノではないということです」
「…っ!」
氷室からハッキリとお前の霊力は自分たちに及ばないと宣告された道麻は思わず唇を噛み締めた。
「それなら貴方たちのその霊力の正体を教えていただけるかしら?」
道麻が鋭い視線を向けるが氷室は僅かに笑みを浮かべ静かに答える。
「いいでしょう。貴方を土の王配候補の有力者として判断して特別に教えてあげましょう。光主、打ち合わせ通りにできますか?」
「誰にものを言ってんだ、氷室。俺はいつでも準備はできているさ。お前より先に俺の方がアレの力を使えるようになったんだからな」
光主はニヤリと笑う。
「そう言われると癪に障りますがこれも全ては美雨のためですから今は我慢してあげますよ。では道麻。私たちがこれからすることを目に焼き付けていてください。これを見ればきっと私たちが何なのかが分かるでしょう」
「……何をする気なの?」
「百聞は一見に如かずって奴さ、道麻。んじゃ、始めるぞ、氷室!」
次の瞬間、光主が雷神の力を解放し周囲に圧倒的な霊力が放たれる。
空気がビリビリと音を立て空間が軋むのではないかと思えるほどの霊力を目の当たりにした道麻は思わずその場から後退る。
(なんなのこの霊力は!? これが人間が持ちえる霊力なの!? いったい何を始める気!?)




