第165話 道麻の二人の弟
道麻は溜め池のある場所を目指して歩いて行く。
辺りは既に暗くなっているが月明かりがあるので歩くのに問題はない。
それに道麻の視力は他人よりも優れていた。
狩猟の時に森に隠れている獲物を見つけ出したり獲物が遠くにいてもそれを判別できる能力を持つ。
そのおかげで過去の狩猟大会では道麻は何度も大きな獲物を仕留め優勝を繰り返していた。
女装していても弓の訓練を怠ることはない。片腕の悪魔を仕留めるには弓の腕前を落とす訳にはいかないのだ。
「そういえばアタシが狩猟大会で優勝する度に岩斗は悔しくて荒れるのよねえ。アタシに負けるのが悔しい気持ちは分かるけど、あの子ももうちょっと成長してもらいたいわ」
年齢的には岩斗は成人したが中身は子供のような男だ。
子供というより頭が名前と同じく岩のように固く融通が利かない。
真面目なのは美徳でもあるが物事にはそれに応じた対応力が求められる。
正しいのはこれだと思い込むと他のことは全て否定する考えを持つ岩斗では土の族長には不向きだ。
土族は農産物などを他部族に売っているので他部族の者と接触する機会が多い。
六部族はそれぞれ文化も違うし生活習慣も違う。そういう相手と交渉する時に岩斗のように頭が固いと交渉をまとめるのは難しくなる。
交渉相手が何の部族なのか、その部族では何が必要とされているのか。それらを踏まえて値段交渉するのだが岩斗はどちらかというとどの部族の者に対しても「平等に」という土族の特徴でもある価値観を押し付けてしまう人間だ。
水不足で作物の種類によっては収穫量が減っている物があり値段交渉で揉めるというのも事実だがその交渉をさらに揉める結果にしているのが頑固な自分の考えだと岩斗は分かっているのだろうか。
六部族は平等にという考えは素晴らしいが岩斗にはもっと臨機応変ということを覚えて欲しい。
それが身に付かなければ岩斗が族長になるのは本人が望んでいても難しいだろう。
「そうなるとやっぱり族長になった方がいいのは玖道なんだけど、あの子はあまり政に興味ないのよねえ」
玖道は岩斗と違い柔軟な考えを持つ人間で人付き合いもうまい。
族長になっても大丈夫な教養も身に付けている。問題があると言えば本人のやる気の無さぐらいだ。
それに玖道は土の王配候補者だから土の王配に選ばれる可能性もある。
美雨が玖道に好意を持つことだって十分考えられることだ。
だがそのことを想像した瞬間、道麻の中に先ほどと同じどす黒い闇が生まれてくる。
彼女が微笑みを向ける相手が自分以外にいるのか。
否、彼女は自分だけに微笑んでいればいい。
そのためには彼女をどこかへ閉じ込めてしまおうか。
そうすれば彼女は自分だけに愛を向けてくれるに違いない。
その時、近くの木々が風でざわざわと騒めいた。
木の葉が擦れ合う音で道麻はハッと我に返る。
(アタシったら、何を考えていたの……そんなことをしたら美雨ちゃんは笑ってくれるはずないのに……)
まだ美雨と深く話したことはない。
けれど小物店で彼女を最初に見た時、道麻には彼女が光り輝いて見えた。
まるで天女のような高貴な輝きを持つ綺麗で可愛い存在。
それこそ道麻の理想が具現化して現れたと思ったぐらいだ。
彼女が欲しいと思い、彼女が自分だけに微笑む姿を想像するだけで自分の身体は熱くなる。
しかし同時に気付いたこともある。彼女はきっと鳥籠の中では鳴かない小鳥に違いないと。
美雨の海のような青い瞳には強い光が宿っていた。
あのような瞳をしている者は己の中に強い意志を持つ者だ。
そういう者は自分が鳥籠に入れられても鳥籠の中で大人しく飼われることを受け入れることはない。
自分だけの鳥籠に捕まえることができてもその小鳥から美しく可憐な鳴き声を奪ってしまったら自分はどれだけ後悔するだろうか。
「彼女が彼女でなくなってしまったら、アタシはきっと生きていけないわね……」
道麻は自嘲気味に呟く。
自分がこんなに執着心や独占欲の強い人間だという自覚はなかった。
だが美雨に対してだけは自分の心の制御が効かなくなる。
こんな自分でも彼女が愛してくれる可能性はあるのだろうか。
少なくともこの昏い欲望は彼女に知られる訳にはいかない。
そんなことを考えていると土の族長の家の側まで辿り着いていた。
「美雨ちゃんは族長の家の客室棟のどれかに滞在しているでしょうけど、もう族長たちとの夕食は終わったかしら」
一目でも美雨の姿が見えないかと族長の家を見つめていると入り口の扉が開いたのでとっさに道麻は近くの木の陰に隠れた。
すると族長の家から美雨たちが出て来る。
(美雨ちゃんだわ! 夕食が終わったようね。ああ、それにしてもやっぱり美雨ちゃんは綺麗で可愛いわ!)
遠目ではあるが美雨の美しさは道麻の心臓の鼓動を速くする。
こんな感情を持つのはやはり美雨にだけだ。
美雨の他に光の王配と水の王配や侍女や護衛騎士の姿も見える。
族長に頭を下げた後に美雨たちは族長の客室棟に戻って行く。
美雨と侍女をある客室棟に送り届けるとその客室棟の前に護衛騎士が立つのが確認できた。
光の王配と水の王配は別の客室棟に宿泊するようだ。
そのことに道麻はホッと胸を撫で下ろす。
もし美雨と王配たちがすでに深い関係を結んでいたら自分はきっと嫉妬でおかしくなっていたかもしれない。
(でもそうよね。女王候補者は結婚するまで純潔が求められるって聞いたし。あの二人も王配選びの旅に同行するような常識外れな行動をしても美雨ちゃんが女王になるための邪魔はしないってことね)
さらに様子を見ていると王配の二人は土族の護衛騎士と何かを話した後に二人で歩き始めた。
どうやらすぐに自分たちの客室棟には戻らずどこかへ行くようだ。
(そうだわ。あの二人のことを調べるためにも少し尾行してみましょう。もし何か土族に対して不利益になるような不祥事を起こしてくれたらそれを理由に追い出すこともできるかもしれないし)




