第163話 情報通の玖道
道麻は自宅へと帰って来た。
この家には父親の資道と弟の玖道と岩斗の四人で暮らしている。
母親はすでに他界し男ばかりの家族だ。
基本的に自宅の家事は通いの使用人たちがやってくれるが道麻自身が掃除や料理が好きなので使用人が忙しい時は自分でやったりもする。
土族は主人と使用人の距離が近い特徴を持つ。
そのせいか土族の民は族長の身内である道麻たちと気安く接してくるのでそれが道麻は個人的に嬉しい。
刺繍を教えていた少女たちもそんな感じで道麻に近付いてきた。
だから道麻も彼女たちに特別な感情を持っていなくても自分の周りにいることを許したのだ。
なのに少女たちは今日出会って道麻の心を鷲掴みにした美雨王女を傷つけようとした。
あの時、道麻は凄まじい怒りに包まれ少女たちを排除しようと考えてしまった。
物理的に少女たちを傷つけなかったのは自分が抱き締めた美雨に惨劇を見せたくなかったからという理由だ。
人が傷つけられる現場を見た者の心が弱ければそのことで心が壊れてしまう可能性がある。片腕の悪魔の惨劇で精神を破壊された道麻の親友のように。
「幸樹菜たちには折を見てお仕置きしておきましょう。彼女を襲うなど許せないことだもの」
溜め息交じりに呟きながらリビングに行くとそこにはすぐ下の弟の玖道がいた。
「道麻姉さん、お帰り~」
いつもの如く玖道は明るくそう声をかけてくる。
玖道は基本的に性格が明るく楽観的だ。それ故に人付き合いがうまいので様々な情報を手に入れる能力が高い。
そのおかげで土族に現在起こっている出来事を道麻はよく玖道を通して聞いていた。
そして玖道は道麻のことを普段は「道麻姉さん」と呼ぶ。道麻が女装を始めた時に家族で一番初めに女装に理解を示し受け入れてくれたのも玖道だった。
玖道曰く、「成人した人間が行う行動に他人がどうこう言うことじゃないでしょ。人に迷惑行為するわけじゃないからいいじゃん」ということらしい。
自分より二歳年下の玖道は当時未成年だったが自分の考えをしっかりと持つ人物だとその時に道麻は気付いた。
道麻が女装するようになったために次代の土の族長は玖道が相応しいのではないかと言われているが本人はあまり乗り気ではないらしい。
その理由が「族長の仕事って大変だもん」というのも玖道らしい言い分だ。
「ただいま、玖道。今日は美雨王女たちが土族に来たらしいわね。玖道も知ってる?」
「もちろん! 玖道様が知らない情報があるわけないじゃん。父さんからも話を聞いたし族長の家の使用人からも事前情報をバッチリ手に入れたよ」
「そう。さすが玖道ね。どんな情報?」
美雨の情報も訊きたいが美雨に従っていた光の王配と水の王配らしき二人の男の情報がないかと玖道に問いかける。
すると玖道は少し驚いた表情をした。
「道麻姉さんが美雨王女に興味示すなんて意外だな。道麻姉さんは男に戻って土の王配になることにしたの?」
「アタシは女の姿をしているけど男が好きってわけじゃないのを玖道も知ってるでしょ。一応、アタシも土の王配候補者だし興味があるだけよ」
自分が美雨に好意を抱いたことはまだ玖道には伝えない。
もし自分が美雨の土の王配を目指すことになった時にはこの目の前の弟はライバルとなる存在だ。そんな相手に自分の手の内を全て見せる必要はない。
(自分でも狭量な男だと思うけど、それだけ美雨ちゃんを欲しいと思ってしまったのだもの。玖道は能力的にはアタシと共に土の王配として有力候補だし、要注意人物なのよね)
族長に選ばれることも嫌がっている玖道が土の王配になりたがっているかは分からない。
けれどもし玖道が美雨の土の王配を望むならその時は仲がいい弟でも蹴落とすつもりだ。どんな手を使っても。
道麻がそんな物騒な考えをしていることに玖道は気付く様子もない。
「そうだよね。一応、道麻姉さんは能力的には土の王配になってもおかしくないもんね。それに美雨王女は凄い美人で可愛らしいんだってさ。俺も会うの楽しみだけど道麻姉さんも美雨王女に会ったら男に戻って求婚したくなるかもよ」
(美雨ちゃんが美人で可愛いのはもう知ってるわよ。片腕の悪魔の件がなければすぐに求婚してたと思うし。でも玖道から美雨ちゃんを褒める言葉を聞くとなんかムカつくわね。美雨ちゃんに手を出したら殺すわよ、玖道)
玖道に対してそんな負の感情を抱く自分に道麻自身が驚く。
先ほどはまだ玖道のことをライバルになるかもとぐらいにしか思わなかったはずなのに玖道の口から明確に美雨に興味を示す言葉を聞くと道麻の中に黒い闇が生まれてくる。
だがそのことを表情に出す道麻ではない。
今は玖道を排除するより利用した方が得策だ。
「それならアタシも楽しみだわ。それより美雨王女の同行者が予定より多いって聞いたんだけど同行者の情報はないの?」
本来訊きたい情報である二人の男についての情報がないのかと道麻は玖道に探りを入れる。
「あ、そうなんだよ! 俺も女王候補者は護衛騎士二人と侍女一人を連れての旅だって聞いてたから驚いたんだけどさ。どうやら美雨王女の光の王配と水の王配の二人が王配選びの旅に同行して来たらしいんだよね」
「どうしてその二人が王配選びの旅に同行しているの?」
「さあ、そこまではまだ分からない。でも族長がその二人の滞在を認めたらしいから俺たちは口を出せない話だけどね」
(やはりあの二人は美雨ちゃんの光の王配と水の王配なのね。王配選びの旅に同行してきた理由はまだ分からないけど族長が滞在を認めたなら簡単に追い出すことはできないわね。何かあの二人が不祥事でも起こしてくれないと)
美雨の王配だというならあの二人は美雨からの愛を受け取っている存在だ。
そう思うと玖道に抱いた黒い闇よりももっとどす黒い感情が込み上げてくる。
彼女の愛を得られるのはアタシだけでいいのに。
なぜあの二人が彼女の愛を受けているの。
「道麻姉さん、どうかしたの? なんか顔が怖いけど……」
玖道の声でハッと道麻は我に返る。
気付かないうちに王配の二人への負の感情が顔に現れてしまっていたようだ。
(いけないいけない。まだアタシの気持ちを周囲に知られるわけにはいかないわ。気を付けないと)
「なんでもないわよ。ちょっと疲れたのかもしれないわね。今日は幸樹菜たちに刺繍を教えてたから」
「ああ、いつもの刺繍の会ね。彼女たちも熱心な道麻姉さんの信者だもんね」
「人を教祖みたいに言わないでよ、玖道」
「ハハハ、ごめんごめん」
「そう言われたくなかったら刺繍の会なんて女のすることなどしなければいいだろ!」
道麻と玖道の会話に第三者が口を挟んできた。
声のした方を見るとそこには道麻の末の弟の岩斗が苛立つような視線を道麻に向けて仁王立ちしていた。




