第162話 土族の土地の水不足
「美雨様。王宮の食事に比べたら質素だと思いますが味は保証しますのでどうぞお召し上がりください」
「いえ、こんな豪華な食事を用意していただいてありがとうございます、王樹様」
美雨は目の前に置かれた夕食を見てお世辞でもなんでもなくそう王樹に答える。
テーブルに用意された料理は野菜料理だけでも何種類もありサラダや炒め物、根菜類の煮物など彩りも綺麗だ。
メインとして肉料理もありおそらく狩猟で仕留めた獲物だと思うが猪肉や鹿肉や鶏肉など、こちらも種類が豊富。
光族でも水族でもそれなりに豪華な食事が出たが土族の食事はどれも材料が新鮮なように見える。強いて言えば魚類がないというところだろうか。
土族は華天国の食糧庫と言われるほど農作物を作っているし狩猟も得意とする部族だ。
だが海に面している土地ではないので新鮮な魚類は手に入らないのかもしれない。もちろん川魚は獲れると思うが。
夕食の席には美雨と光主と氷室が招待されている。
土族側は王樹と資道が同席していた。
野乃たちは別室に用意された食事を食べているらしい。
侍女と護衛騎士を同じ食事の席に着かせることはできないという王樹たちの配慮だろうが美雨はそのことに少し寂しさを感じる。
旅の道中は美雨の身分を隠す意味をあって美雨と野乃や当麻たちが一緒に食事をすることも多かったのだ。
光主も氷室もそのことに対しては仕方ないと野乃たちの同席を認めていた。
だがそれも自分が王女という立場に戻れば許されなくなる。
当たり前の話なのだが美雨はどうしても寂しさを感じずにはいられない。
けれどそれは仕方ないことと思い直しその考えを振り払うように美雨は一口野菜の煮物を食べてみた。
柔らかい根菜が口で蕩ける。
「おいしいわ!」
「それは良かったです。その野菜は収穫できた野菜の中でも状態のいいモノを選びましたから」
「まあ、次の収穫ではこれほど良質な物を収穫できないと思いますがね、あの調子だったら」
「こ、こら! 資道。余計なことを言うのではない!」
「別に本当のことでしょ、族長」
王樹に怒られた資道は気にする様子もなく自分の口に肉料理を運ぶ。
今の二人のやり取りが美雨は気になった。
(次の収穫では良質な物は収穫できないってどういうこと……? 何か問題が起こっているのかしら……? 資道様は「あの調子だったら」って言ってたし)
「あ、あの、何か作物の収穫に問題が起こっているのですか? 王樹様」
「い、いえ、たいしたことはありません。資道は大袈裟に言ってるだけですよ、ハハ……」
誤魔化すように王樹は僅かに笑う。
すると氷室が口を開いた。
「もしかして土族の田畑は水不足なのではないですか?」
「…っ! ど、どうして、それを……あっ!」
王樹は氷室の言葉を認めてしまう失言をしたことに気付いて慌てて自分の口を手で押さえる。
(土族の田畑が水不足なの……? もしそれで農産物の収穫が少なくなったら国内に流通する食糧が減ってしまうかもしれないわ。それって大変なことじゃない!)
土族の農産物の収穫高は華天国の食糧事情に直結する重要な問題だ。
もし水不足なら何が原因か知って場合によっては女王へ報告しなければならないかもしれない。
「王樹様。氷室様の言った通りに土族の土地は水不足なのですか? 土族の農作物の収穫量はこの国の食糧の流通に大きな影響を与える問題です。どうか真実を教えてください!」
まだ王女の身分の自分ができることは限られているかもしれない。
だが自分は女王候補者だ。国民の危機に関するかもしれないことは知っておく必要がある。
美雨の真剣な瞳で見つめられて王樹は観念したように息を吐く。
「美雨様。今すぐにこの国が食糧難になることはありません。前回の収穫物を保存していますから。ですが今年は田畑がある部分の土地にはなぜか雨が不足していまして溜め池の水も干上がり作物の一部が枯れ始めているのです」
「まあ、そうなのですか?」
「ええ。このまま雨不足が続けば例年と比べて収穫量は減るでしょう。ただこれから雨が降らないとも限らないのであくまで可能性ですが。せめて溜め池に水が溜まるぐらいのまとまった雨が一週間でも降ってくれれば……」
「そのことを女王陛下は知っているのですか?」
「はい、報告はしていますが女王陛下と言えど天気を操ることはできないですし。もう少し様子を見るようにとの返事でした。こんな時に水の王配殿下の志水様が生きてらしたら何か良い案を教えていただけたかもしれないのですが残念です」
王樹の口から亡くなった水のお父様の志水の名前が出て美雨は鼓動がドクンと跳ねる。
水のお父様の死は病死だが自分がもっと早く癒しの力を自在に使えたら救えたかもしれない命。
その志水が生きていればこの問題を解決できたかもしれないと言われると美雨も心苦しい。
そこでふと美雨は自分の水の王配である氷室の顔をチラリと見た。
氷室は美雨の水の王配だがまだこの国の水の王配ではない。
しかしその身に海龍神を宿し歴代の水の王配より遥かに稀有な力を持っている。ならば氷室にこの問題を解決する良い案を持っていないか訊いてみるのもいいかもしれない。
「氷室。この水不足の問題で何か良い解決方法はありませんか?」
美雨に問いかけられた氷室は食事をする手を止め美雨の顔を見つめる。
「王樹様の言う通り、溜め池の水が溜まるほどの雨が降るしかないと思いますよ」
「氷室は雨を降らせることはできませんか?」
氷室が海龍神に捧げる剣舞を披露した時に小雪が降って来たことを思い出しそう尋ねてみる。
もしあの力が氷室の力ならば雨を降らせることも可能ではないかと。
「残念ですがいくら私でも何もないところから雨雲を作り出すことはできません」
「そ、そうですか。そうですよね」
(あの時の小雪は氷室様の力とは別の現象だったのかも。海龍神を宿す水の王配だからって雨を降らせることはできないか。う~ん、水不足を解決する方法は本当にないのかしら)
悩む美雨の隣りで氷室と光主が意味深な視線を交わしたことに美雨は気付かない。
「美雨様にご心配かけて申し訳ありませんが天候のことは私たちにはどうすることもできないですから。美雨様は土の王配選びに専念してください」
「あ、はい。でも水不足の田畑の視察をしてもいいですか?」
できることはなくとも現状を把握することは大事だ。
「いいですよ。明日の土の王配候補者たちの顔合わせが終わったら誰か案内人を付けますのでどうぞ視察してください」
王樹の許可が出たので美雨はホッとした。
水不足の件を美雨に知られるのを嫌がっていたようだが知られてしまったのなら王樹もこれ以上隠すつもりはないようだ。
「それにしても氷室殿はよく水不足だと気付きましたね?」
王樹が鋭い視線を氷室に向ける。
自分たちが隠しておきたかった事実をいとも簡単に見破った氷室に対して警戒しているのかもしれない。
そんな王樹からの鋭い視線を向けられても氷室が動じることはない。
王樹にニコリと笑みを向ける。
「この土族の土地の入ってから水の気配が薄くなったのに気付きまして。だからこの土地はしばらく雨が降っていないのではと思っただけです」
「ほお、さすが水の王配に選ばれるだけありますな」
(すごい、氷室様! 水の気配なんて分かるの……? さすが水の王配だわ。それとも水族の人はみんなそういう風に感じるのかしら。後で野乃に訊いてみようっと)
外見が水族の姿をしていても美雨は水族ではないので水族の能力がどのようなモノか完全には分からない。
氷室の水の気配を感じる能力が氷室だからなのか水族なら誰もが持っている能力なのか気になるところだ。
そこで美雨は土族のことを考える。
(土族の特徴ってどういうモノなのかしら。部族の特徴は勉強したけど具体的に土族の人が持つ霊力の特徴ってよく知らないかも。当麻も土族だけど当麻が霊力を使ってるところは見たことないのよね。土のお父様が霊力を解放したのも見たことないし。土の王配候補者と顔合わせをしたら土の王配候補者にそういうことも訊いてみようかな)




