シェルビエントへ
帝国を制圧した今、俺たちは一日も早く魔族迎撃のためにシェルビエントに戦力を集結させなければならない。
現在要塞都市ヴァルシアに人を呼び込んでいるのは、人手不足から政務に当たらざるを得ないフィナリア達の後を引き継ぐ文官を用意するためであり、人員が到着した今、俺たちはさっさとシェルビエントに向かわなければならない。
現状、帝国内の引継ぎはおおむね完了している。
細かいところを挙げればきりがないが、とりあえず俺達が離れても大丈夫な程度には状況は整っている。
シェルビエントへ向かう用意が整ったというのはそういうことだ。
なのだが。
「俺たちが先行する?」
突如フィナリアから告げられた一言に、俺は疑問を返した。
なんでも、俺、フィナリア、シルディエの三名はファーレンベルクに乗ってシェルビエントへ先行し、国王と謁見するという手筈になっていたのだとか。
「申し訳ありません。お伝えするのを失念していました」
「ああ、いやいや、俺の考えが至らなかっただけだから」
寝耳に水な話ではあったが急な出陣などいくらでも経験してきた。
別段取り乱すようなことではない。
「クウヤ殿、フィナリア様、シルディエ殿、皆さまおそろいで」
そう言って、ジェクト将軍が俺たちに歩み寄ってきた。
「ジェクト将軍。予定通り、私たちはファーレンベルクに乗って先にシェルビエントに向かいます」
「はい。ではこちらも予定通り、全軍を率いてシェルビエントに向かいます」
フィナリアの言葉に、ジェクト将軍がそう言って応じた。
その間ジェクト、トリストス、バストラング、セレスティーナはドルガー軍の獣人部隊を率いて野暮用をこなしながら進軍するという手筈なのだとか。
…俺が知らんところで色々と話が進んでのだろう。
移動中に二人から詳しく話を聞いておかないと。
「では、シェルビエントで」
「はい。では、お先に失礼いたします。クウヤさん」
「了解。行くぞファーレンベルク」
「クルルゥ」
ファーレンベルクに出発を指示すると、いつも通りの鳴き声を上げ、俺とフィナリア、シルディエの三人を乗せて羽ばたいた。
「一応確認したいんだが、シェルビエントとはもう話がついてるのか?」
羽ばたき空に舞ったファーレンベルクに乗りながら、俺は抱いていた疑問を口にした。
「はい。シェルビエント国王は既に連合軍への参加を受け入れておられます」
「私達がやることはお互いの指揮系統や軍備の備えを確認することよ。直接交渉をするわけではないわ」
「……俺の知らないところで色々話が進んでいたんだな」
二人の説明で、俺はようやく現状を知った。
「で、ジェクト将軍たちはドルガー軍と一緒にシェルビエントに?」
「ええ。途中で野暮用を片付けながらシェルビエントに向かう予定よ」
「その野暮用ってのは?」
野暮用という単語に興味を惹かれた俺に、シルディエは頷く。
「帝国の上級貴族たちは、オルバールが死んだことで隷属魔法の呪縛を受け、道連れになったのは知ってるわよね?」
「ええ。俺もその場に立ち会っていましたから」
忘れもしない。
ドルガー将軍が死んだ日の事だ。
「あの一件で帝国の貴族制度はほとんどつぶれたのだけど、それを受け入れられない貴族たちが各地で小さな反乱を起こしているの」
「…反乱?」
「とはいっても、本当に小規模なものよ。大規模な反乱を起こせる上級貴族たちは全滅してしまったんだから」
「ジェクト将軍は、シェルビエントへの道中でその反乱を抑えながら向かう手筈になっているんです」
フィナリアの説明に、俺は一つ嫌な予感がしてさらに疑問を口にした。
「なあ、今ジェクト将軍が率いている部隊って」
「はい。元ドルガー軍の獣人部隊です」
フィナリアの返答に、俺は内心で地方貴族たちに合掌した。
魔道騎馬隊という特殊部隊や、トリストスやバストラングを梃子摺らせる主力部隊を有するドルガー軍は上手く扱えば国一国を落とせる戦力を持っている。
そんなドルガー軍内にあって、獣人部隊は1.2を争うほどのの戦力を有しているのだとか。
そしてそれを率いるのはドルガー将軍と互角に渡り合ったジェクト将軍だ。
とても地方貴族の相手になどならないだろう。
「地方貴族も不幸な」
「全くね」
「トリストス様、バストラング様、セレスティーナ様も同行していますから、反乱の鎮圧にはそう時間はかからないでしょう」
「………」
フィナリアが教えてくれたダメ押しの情報に俺はさらに深く合掌した。
そんな面子がドルガー軍を率いているというのであれば、冗談抜きで人間界全土を敵に回しても勝ててしまうだけの戦力がある。
正直言って今のファーレンベルクでも勝てるかどうか怪しい。
まだ始まってもいないが、ンな軍団にターゲットされる地方貴族たちに心底お悔みを申し上げたい。
「シェルビエントに集まるのは、その面々で全員?」
一通りお悔み申し上げた後、俺はそんなことを口にした。
俺の質問に、フィナリアは首を横に振る。
「シェルビエントに送られる増援はそのくらいですね。
戦力としては、シェルビエントの魔導師部隊が加わる予定です」
「……マジかよ」
繰り返すが、ドルガー軍の獣人部隊は魔道騎馬隊と互角に戦ってのけたリスタコメントスの獣人部隊を上回る練兵された兵士たちだ。
それに帝国と同等以上と言われるシェルビエントの魔導師部隊が加わるのだ。
シャレにならない戦力の集結に、俺は胸の高鳴りを感じた。
魔族の戦力がどれほどのものなのかは分からないが、こちらは一度トリストスとロウセイ師匠の二人の協力もあって一度は撃退している。
ロウセイ師匠とはシェルビエントで合流できるだろうから、あの時の戦力に加えて本当の意味での精鋭部隊と、フィナリア、シルディエ、バストラング、セレスティーナ、ジェクトといった面々もいる。
ファーレンベルクもあの時に比べて格段に強くなっている。
「……」
それでも勝てるとは確信できないが、大勢の仲間がいるということが俺にはとても頼もしかった。
魔族と和平を結べるかどうかはこの一戦にかかっている。
そんなデカいことが本当にできるのかどうかわからなかったが、フィナリアの言う味方の数と力を知ってその不安が和らいだ。
「どうしたの? 嬉しそうな顔をして」
シルディエにそう問いかけられ、俺は苦笑しながら答えた。
「いや、頼もしい味方がいっぱいいるなと思って」
俺がそう言うと、シルディエはフッとほほ笑んだ。
「クウヤ。あなたがどう思っているかは知らないけど、私から見ればあなたもその頼もしい味方なのよ?」
「へ?」
「ねえ、フィナリア」
合意を求めるようにそう言ったシルディエに、フィナリアは穏やかに微笑みながら頷いた。
「はい。クウヤさんはこれまでも、それにこれからも、私たちの道標です」
「……」
二人にそう言われ、俺は照れ隠しにファーレンベルクの飛ぶ先を向いた。
耳まで真っ赤になるほど顔が熱いが、その熱さが同時に心地よかった。
ファーレンベルクは基本的に休息も補給も必要としないため、背に乗っている間は見張りをする必要性がない。
おまけに高速移動しているのに俺たちが感じるのはそよ風だけ。
さらにはファーレンベルクの燃える体は、暖かくはあっても熱くはない。
しかもその体毛は非常に柔らかい。
ゆえにファーレンベルクの背に乗っての旅は極めて快適なのだ。
おまけに。
「はい。どうぞクウヤさん」
「ありがと」
今俺はフィナリアとシルディエという二人の美女と食事を共にしている。
行軍中であるとはいえ、ここまで好条件がそろっていると俺の頬が緩むのも無理はないというものだろう。
「フィナリア。ジェクト将軍たちがシェルビエントにつくのにどのくらいの期間がかかりそうなんだ?」
食事を取りながら、俺はフィナリアにそんな問いを口にした。
それに対し、フィナリアは少しだけ黙考して答えた。
「そうですね。単純な移動であれば7日もあれば十分でしょうが、地方貴族をある程度説き伏せながらの行軍ですので、10日程度とみるべきでしょうか?」
「説得って、随分と控えめな言い方をするのね」
フィナリアの説明にシルディエがそんな突っ込みを入れる。
確かにその意見には俺も合意する。
今シェルビエント目指して行軍しているのは4人の超人率いるドルガー軍である。どう考えても頭の堅そうな地方貴族を説得するより制圧した方が早い。
「ムグムグ。あ、見えてきた」
飯を食いながら大地を見下ろしてみると、そこには魔族の襲撃を受けた際に破壊されたシェルビエントの街が見えてきた。
「あれから多少は復興されているようですね」
その街並みを見て、フィナリアがそんなことを口にした。
以前俺とフィナリアがシェルビエントの街並みを見た時は既に魔族に破壊された直後の話だった。
荒らされた町並みは、とりあえず一通り処置がされているらしく、こっちの世界風のプレハブも見て取れた。
「クウヤ」
そんな光景を俯瞰する俺に、突如シルディエが声をかけてきた。
「どうした?」
「あなたが魔族と戦わず、和睦を望んでいるのは理解したつもりよ。でも、そのためには魔族の賛同者が絶対に必要になる。分かるでしょう?」
シルディエの言葉に、俺は無言で頷いた。
そう。
今の俺には、否、俺たちには、それが完全に欠如しているのだ。
「魔族の理解者がいない今、戦いになれば、間違いなく真正面からぶつかり合いになるわ。そして、戦いが始まってしまえば、私は容赦しないし、出来ない」
シルディエがそう言った時、ファーレンベルクがシェルビエントの広場に舞い降りた。
あらかじめファーレンベルクで来ることを伝えてあったのか、兵士たちに動揺の色は見られず、こちらに向かって敬礼をしていた。
「……戦いになれば、俺も全力を尽くす」
「……そう。そうよね」
俺の一言に短くそう答え、シルディエはファーレンベルクの上で立ち上がった。
「出来るといいわね。魔族の理解者が」
そう言って、シルディエはファーレンベルクから飛び降りた。
俺とフィナリアもそれに続く。
「連合軍指揮官シルディエ・グランガイス。及び、フィナリア・ノーストン。クウヤ。ただいま到着しました」
兵士の中で隊長らしき意匠の異なる鎧を身にまとっている人物に、シルディエはそう名乗り上げた。
そんなシルディエに対し、隊長らしき人物は敬礼を返す。
「お待ちしておりました! 国王様がお待ちです! どうぞこちらへ!」
そう言って、隊長は俺たちに背を向けて先導しだした。
そうやって案内される中、俺は先ほどまでの移動の中でフィナリアとシルディエから聞いていたシェルビエントの基礎知識を反芻していた。
シェルビエントの制度はやや独特である。
それは、他の国家と違って極めて民主主義に近い制度が整っているということだろう。
トルデリシア帝国とノーストン王国は世襲制。
リスタコメントス国王は帝国の上級貴族の中から選ばれ、フォルシアンはエルフの中で最も世界と心を通わせることが出来る人物が選出される。
フォルシアンについては宗教じみていて少々特殊なところがあるが、基本的にはどこもそう言った王や帝が終生まで国を治めるのが習わしとなっている。
だが、シェルビエントだけは異なる。
シェルビエントが帯びている役目は魔族から人間界を守ること。
ゆえにシェルビエントの国王は他の国家と異なり、魔族との戦闘経験が多い人物の中から選任される。
つまり、今から俺たちが合おうとしているシェルビエントの国王は、この独立戦闘国家において最も魔族との経験値の高い人物なのだ。
……というのがファーレンベルクでの移動中にフィナリアとシルディエから教わった内容だ。
「こちらでございます」
隊長さんに案内されること数分後、俺たちは一つの建物に案内された。
その建物は国王が住むような城ではなく、管理棟とでもいえばいいような造りの建物だった。
さらにその建物の一室へと案内される。
「コルダイン様。連合軍の方がお見えになっております」
隊長さんが扉越しにそう言うと、扉の向こうから初老の男性のような声が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
隊長はそう言うと、扉を開けて俺たちに道を譲った。
譲られるままに俺たちは部屋の中に入る。俺たち三人が部屋に入ったのを確認した後、隊長さんは一礼して扉を閉めた。
直後、外部と隔絶された一室にて、目の前の初老の男が椅子から立ち上がりこちらに歩み寄る。
体格も並み。身長も並み。ただ、どこか疲れと憂いを帯びたような眼差しをこちらに向けているのが印象的な人だった。
「ようこそお越しくださいました。私がシェルビエントを束ねているコルダインです」
そう言って俺たちに頭を下げる初老の国王に、こちらも名乗り上げる。
「連合軍代表の、シルディエ・グランガイスと申します」
「同じく、フィナリア・ノーストンと申します」
「…クウヤです」
二人に比べてショボイ名前なので思わず尻すぼみに自己紹介を終える。
もう本名の九条隼也と呼ばれなくなって久しいので、自分でも忘れ去りそうな状態なのだから仕方ないだろう。
しかし当のコルダインは俺の自己紹介を気にしたふうでもなく、再度こちらに深々と頭を下げてきた。
「ドルガー将軍のご息女に、ノーストンの聖女様、そして炎鳥とその担い手のお三方にお越しくださり、感謝の念に堪えません」
「……」
いきなりかなりの低姿勢でこちらに応対してくるコルダイン王に対し、俺たちはやや眉をひそめた。
シェルビエントは魔族を5000年間にわたって迎撃し続けてきたという実績があり、そのシェルビエントを束ねる人物は歴戦の勇士のはず。
であるにもかかわらず、目の前にいるコルダイン王からはそれらしき覇気を全く感じられないのだ。
「コルダイン様。シェルビエントの現状をお教えいただけないでしょうか?」
フィナリアがそう口にすると、コルダイン王は頷き応じた。
「ご存じのとおり、シェルビエントは長年にわたって魔族の襲撃を防ぎ続けてきました。しかし、それは魔界と人間界を隔てる巨大な要塞があってこその話であるということは、皆さまもご存じでしょう」
コルダイン王の説明に、俺は頷く。
以前フィナリアと共にシェルビエントを見た際、シェルビエントと魔界を隔てていた巨大な城壁が破壊されていた。
この位置からでは見えないが、もう少し東に行けばそれも確認できるだろう。
「砦を失った私達は、魔族の襲撃を防ぐためにシェルビエントの持つ総力を砦に集めました。
しかし、砦を失った我々が魔族の侵攻を防ぐのはあまりにも難しすぎました。
砦が破壊されたことも相まって、魔族の侵攻は激しさを増す中、我々は数え切れぬ犠牲を出しながらも、幾度となく魔族の侵入を許しそうになっていました」
以前、俺はシェルビエントが突破されなかったのは太古に作られたとされる巨大な砦と、その砦を護る魔導師たちの存在があってのことだと聞かされていた。
ゆえに、その砦が破壊された今、むしろシェルビエントがこれまで通りに魔族の侵入を阻止し続けられていたことの方が不思議なくらいだ。
「……よくそのような状況でこれまで魔族の侵入を阻止し続けることが出来ましたね」
シルディエの指摘に、コルダイン王は首を横に振った。
「我々だけであれば、到底防ぎきることはできませんでした」
「我々だけでは?」
疑問交じりに俺がそう口にすると、コルダイン王は頷き答えた。
「ある日を境に、このシェルビエントに謎の守護者が現れたのです」




