砦防衛戦
「謎の守護者?」
繰り返す俺の疑問に、コルダイン王は頷き答えた。
「魔族の襲撃があったのち、我々は生き残った者達を束ね上げ、魔族を迎撃するために兵力を砦に集めました。
砦が破壊されたといっても、それは砦の中央部分のみなので、魔族の侵攻も当然そこに集中します。
ですので、主力をそこに集め、辛くも抑え込んでいたのです」
ふむ。
確かに俺とフィナリアが確認したときも、巨大砦の中央が抜かれていただけで他は無事だった。
魔族がその穴をねらうのは当然の話だが、砦全体を守る戦力を一点に集中させれば、なるほど防衛はむしろやりやすくなる。
「ですが、度重なる魔族の襲撃にこちらの兵力は削り取られ、二月目に突破を許しそうになったのです」
「それでどうなったのですか?」
フィナリアの問いに、コルダイン王は答える。
「砦が突破されそうになった時、どこからともなくローブをまとった人物が現れ、瞬く間にその場にいた魔族を全滅させたのです」
その後、コルダイン王は詳細を教えてくれた。
砦の中央が崩れていることを良いことに、魔族たちは次から次へと攻め込んできた。
そのたびにシェルビエント軍は劣勢となり、幾度のなく突破を許しそうになった。
しかし、いざ魔族たちが砦を越えるという段階になった時、どこからともなくローブを身に纏った偉丈夫が現れ、瞬く間に魔族を全滅させ、忽然と姿を消すのだという。
その人物の手には武器はなく、窮地になるたびに現れるや、ものすごい速さで敵を屠るさまからシェルビエントの兵士や魔導師たちからは守護神とさえあがめられているそうなのだ。
その正体は知れず、魔族を屠る何者かの存在に支えられ、シェルビエントはこれまで持ち堪えてきたというのだ。
「「……」」
その説明に、俺とフィナリアは同じ人物の顔を思い浮かべた。
なんでそんなことをしているのかは知らないが、素手で魔族を屠れるような人など俺たちは一人しか知らない。
俺に白魔法を教えてくれ、帝都にてテオローグとか言う魔王を退けたロウセイ師匠である。
「その守護者がいてくださったからこそ、私たちはこのシェルビエントを守り続けることが出来たのです」
そんな俺たちの内心を知らないコルダイン王はそんなことを口にした。
よく分からないが、師匠なりの考えがあっての行動なのだろうから名前を出すことはやめておこう。
フィナリアも俺の方を見て頷いている。
「なるほど。では、今もシェルビエントの戦力はかなり厳しい状況だということですね?」
シルディエの問いに、コルダイン王は頷く。
「はい。シェルビエントの防衛戦力には致命的な穴があるのです」
「致命的な、あな?」
砦に空いた穴とは明らかに別のものを揶揄する表現に、俺は眉を寄せる。
「手練れの不在、ですか?」
俺が眉を寄せる隣で、シルディエがそんなことを口にした。
その問いに、コルダイン王は頷く。
「さすがはドルガー将軍のご息女。その通りです」
「……」
今ひとつ話についていけない俺に、フィナリアが説明をしてくれた。
「クウヤさん。シェルビエントは、これまで砦と魔導師の数によって魔族の侵攻を阻止し続けてきました。
その二つによって守られてきたということは、逆を言えばドルガー将軍のような特筆した大戦力を必要としない国であったということにもなるのです」
「あ、ああ、なるほど」
確かに敵の侵攻を砦が防いでくれるのであればドルガー軍やヌーア特攻隊のような突破力は必要ない。
むしろ魔法を雨のように降り注がせることのできる魔導師の数をそろえることに尽力を尽くすことになるだろう。
しかし防衛主体のそれは敵を制圧する能力に著しく欠如している。
ゆえに今のように穴の開いた砦を守るとなると厳しい戦いになるのだ。
「つまり、魔族を制圧する戦力が不足していると」
「…元々我がシェルビエント軍は魔族を牽制する戦いしか経験していません。
ゆえにこのような状況下では力を発揮しきれないというのが現状なのです」
「なるほど」
そう言って、俺は隣に立つ二人に目を向ける。
フィナリアもシルディエも見た目に反して一騎当千の強さを持つ強者だ。
そしてこっちにはファーレンベルクと言う反則まである。
俺の意図をくみ取ったわけではないだろうが、フィナリアがコルダイン王に向かって口を開いた。
「状況は分かりました。ジェクト将軍率いる本隊が合流するまで、私たちもシェルビエントの防衛に加わらせていただきます」
「おお、ありがたい…本当に」
「コルダイン様!!!」
コルダイン王が何かを口にしようとした時、突如扉が開け放たれて一人の兵士が飛び込んできた。
「魔族の集団が砦付近に現れたとの報告が!」
「数は!?」
「およそ100ほど!」
100と言う数を聞けば少なく聞こえるかもしれないが、魔族たちの戦力が100も束になれば十分すぎるほどに厄介な相手となるのは目に見えている。
事実、俺がこの世界に来たばかりの時もフィナリアとファーレンベルクが居なければ魔族の分隊はリスタコメントスまで襲撃していても不思議はなかったのだ。
二人の方を見ると、フィナリアもシルディエも頷いた。
「コルダイン様。私達も」
「お願いできますか?」
それに頷き、俺たちはファーレンベルクのいる中庭へと駆けだした。
「ファーレンベルク! 魔族が来ているらしい! 行けるか!」
「ピュァァァアアア!!!」
任せろと言わんばかりに翼を広げるファーレンベルクの背に俺たちはまたがる。
「行くぞ!」
「ええ」
「はい!」
ファーレンベルクは、飛び上がると見る見るうちに砦の方まで飛翔した。
砦には確かに魔族たちの一団が近づいているように見える。
「さて、どうする?」
これまで俺は作戦関係には全く携わってこなかったため、この手の話はフィナリアとシルディエに丸投げした方がいい。
チキンと言うなかれ。適材適所である。
「…フィナリア」
「…ええ」
以心伝心と言わんばかりにシルディエとフィナリアが俺の背後でそんなやり取りをしている。
……話に入れないと疎外感があるな。
「クウヤ。魔族への攻撃をお願いできる?」
「ん? ファーレンベルクがいれば出来るが…」
「なら、お願いするわ」
「二人はどうするんだ?」
俺の疑問に、フィナリアとシルディエはファーレンベルクの背に立った。
「私達は砦の防衛に当たるわ」
「無理に攻撃を仕掛ける必要はありません。
安全な範囲から遠距離攻撃を行ってください」
俺にそう言い残し、二人はファーレンベルクの背から飛び降りた。
フィナリアもシルディエもこの高さから飛び降りて怪我をするような考えなしではないだろうが、突然一人になったことで若干の不安を覚えた。
「クルルゥ?」
そんな俺に、どうかしたかといった感じでファーレンベルクが首をこちらに向けてきた。
「…ああいや、すまん」
お前がいるんだ。一人ってわけじゃないよな。
それに、見捨てられたんじゃなくて二人に仕事を任されたんだ。
きっちりやってやろうじゃないか。
「ファーレンベルク。目の前の魔族を焼き払え!」
「ピュアアアアアアア!!!」
相も変らぬ大きな鳴き声を上げ、ファーレンベルクはその口内から熱線を放った。
地面を焼き切る炎の光線を薙ぎ払うように横一文字に放った時、魔族の先頭はほぼ完全に全滅していた。
「もう一回だ!」
俺がそう言うと、ファーレンベルクは熱線を放ったまま逆方向に薙ぎ払った。
前衛に加えてその背後に控えていた一団も屠れたため、敵魔族の数が一気に半減する。
「とはいえ」
先頭を屠ったのはいいとして、続く後続までは巻き込めなかった。
火炎放射だと致命傷を与えられるか微妙なところだからやり方は間違っていないが、もうじき魔族連中が砦にたどり着いての乱戦となる。
そうなるとファーレンベルクでは援護しにくい。
「頼むぞ。二人とも」
そう言って、俺は砦に迫りつつある魔族たちを見ながらそう言った。
「全く、ファーレンベルクの魔法は出鱈目ね」
眼前に魔族たちが迫りつつある中、シルディエはそんなことを口にした。
今のは魔法でいうならば『炎鳴閃』に似た代物だが、込められている魔力がけた違いだ。
おそらくシルディエの雷鳴閃をもってしても仕留められる魔族は10名前後。
それを越えれば雷鳴閃の威力が減衰して魔族を屠りきれなくなるとシルディエは見ている。
だが、ファーレンベルクの放った熱線による薙ぎ払いの往復は魔族50名近くを軽々屠ってのけた。
瞬間的な威力ならともかく、あれだけの威力の『雷鳴閃』を薙ぎ払うように放つのはシルディエには不可能だった。
「シルディエ様」
「分かっているわ」
そんなことを考えるシルディエの眼前に、魔族が迫り来ていた。
ファーレンベルクの一撃で多少ばらけはしたものの、それでもまだ50名近い魔族がこちらに向かってきている。
身のこなしから察するに一対一なら問題ないだろうが、あれほどの数をまとめて相手にするのは正直骨が折れる。
しかし。
「攻撃開始イイィィィィ!!!」
シルディエの頭上でそんな野太い声が響く。
その掛け声に合わせて魔族の頭上に無数の魔法が雨あられと降り注ぐ。
絨毯爆撃のような魔法の雨の前に魔族の残党はさらに半数まで削り取られ、残った者達もあちらこちらに負傷が見られる。
「元気の良い方がいらっしゃいますね」
「そうね。状況判断も適切だし」
そうつぶやき、シルディエは槍を構えた。
負傷しているとはいっても相手は獣人族さえ霞むような速度で迫りくる魔族たち。
通常であればここで兵をいくら配備しても守り抜くのは困難だろう。
なるほど。
帝国軍では相手にならないはずだとシルディエは魔族と対峙して確信する。
動きが非常に野性的だが、魔法の雨にさらされながらも生存する能力の高さは目を見張るものがある。
動きも早く、手傷を負っていながらも全く怯まない闘志も感じる。
クウヤから話を聞いていなければ、侮り面喰っていたかもしれないだろう。
「突破はさせないから」
しかし、それは以前の自分の話。
迫りくる魔族たちめがけてシルディエが踏み込む。
雷を帯びた魔槍が魔族たちを貫き、急所を貫かれた魔族たちは、そのまま全身を感電させて倒れ伏す。
「は!」
一息の内に放たれた5発の刺突がそれぞれ一撃で魔族を屠る。
魔法の雨を受けたせいか、彼らはシルディエの槍に反応し切れていない。
中には急所を貫かれてもこちらに向かって来ようとする魔族もいたが、シルディエの槍が帯びている雷の魔力に全身の神経をやられて動けなくなっていた。
「次!」
迫りくる魔族たちを見据え、シルディエは槍を構えた。
そんなシルディエに対して魔族たちは目を血走らせながら襲い掛かる。
「いけませんよ。シルディエ様」
だが、直後涼風がシルディエの隣を横切った。
その涼風が通り切ったと思った直後、シルディエに向かってきていた魔族の半数が真っ二つに切断されていた。
「お一人ですべてを相手にされるような無茶はおやめください」
涼しい顔で魔族たちを一刀両断してのけたのは、先ほどまでシルディエの後方にいたフィナリアだった。
ドルガー将軍を攪乱してのけた彼女の魔法『浮遊』は、自らの体を極限まで軽くして目にもとまらぬ高速移動を可能とする反面、攻撃に重さが欠如するという欠点を持っている。
しかしフィナリアは自らの持っている剣に風の魔力を乗せており、その剣の切れ味を研ぎ澄ませている。
動きの鈍った魔族たちでは到底対応できない速度で動くフィナリアの一閃は、鎧並みに堅い魔族の皮膚をあっさりと切断してのけていた。
これでは攻撃が軽いなど何の欠点にもならない。
「そうね。つい癖が、ね」
そう言ってシルディエはフィナリアが取りこぼした魔族を刺し貫く。
フィナリア同様にまともな兵士では相手にならないほどの腕前を持つシルディエは、国境警備軍に所属していたころは足並みをそろえられる者がいないため、乱戦になると単身で戦うことが多かった。
ゆえに、バストラングのような自分を上回るほどの人物と肩を並べて戦っていた時、シルディエは胸の奥底が高鳴っていた。
そして、今フィナリアと肩を並べている自分の胸の奥に、その時と同じ高鳴りがあることに気が付き、シルディエは僅かに頬を緩ませた。
(まさか、自分より年下の王女様がこんなに腕がたつなんて、ね)
自分と肩を並べ、魔族を一刀両断していくフィナリアを見ながらシルディエはそんなことを思う。
女性の騎士自体が極めて希少だというのに、自分と対等に渡り合える存在が、シルディエ自身にも張り合いが生まれていた。
「これで、最後!」
シルディエが目の前の最後の魔族めがけて槍を突きだす。
その魔族も、シルディエの槍が帯びている魔力に体を内側から焼かれ、その場に倒れ伏した。
「さて、一件落着かしら?」
そう言って周囲を見渡したシルディエは、直後眉を寄せた。
魔族が5人ほど、シルディエとフィナリアが立ち塞がる中央を無視して壁をよじ登っていたのだ。
現在シェルビエントの防衛は中央に集中している。
ゆえに壁をよじ登れるのも攻略法としては適切である。
おそらく頭の切れる魔族たちが二人の守る中央を突破するのが困難と考えて壁をよじ登ることとしたのだろう。
シェルビエントの魔導師たちも迎撃しているが、蜘蛛もかくやと言わんばかりの速さで壁をよじ登る魔族たちを上手く迎撃できていない。
「フィナリア!」
「はい!」
そう言って、シルディエは魔法を紡ぎあげる。
隣ではフィナリアが剣に魔力を乗せている。
『招雷!』
『鎌鼬!』
シルディエに生み出された雷と、フィナリアの剣から放たれた斬撃が魔族に迫る。
突如飛来した強烈無比な遠距離攻撃を魔族たちは避けきれず、二人の魔族が叩き落とされる。
「もう一度!」
そう言ってシルディエは再度雷を呼び起こす。
フィナリアも隣で鎌鼬を巻き起こす。
その二つの攻撃を受け、壁に取り付いていた魔族がさらに二人叩き落とされる。
しかし最後の一人が壁を登り切ってしまった。
これまでの魔族と互角だとすれば、その戦力は兵士100名分と言ったところだろう。
まして城壁の上に陣取っているのは魔導師部隊。
魔族の一人でも正面突破されかねない。
「くおおおお!!!」
壁を登り切った魔族を見て、砦上の兵士が捨て身で攻撃を仕掛けようとしている。
魔族相手に無謀としか言えぬ行いだが、その選択は勇猛さに満ちていた。
グシャリ!
直後、鈍い音が響き渡った。
体を叩き潰されたのである。
「……間に合ったようね」
ただし魔族が、ではなく魔族の、である。
壁を登り切った魔族をファーレンベルクが上空から襲撃し、その鉤爪で押しつぶしたからだ。
「危ないところでした」
「そうね。他に魔族はいるかしら?」
シルディエが周囲を見渡しながらそう言うと、フィナリアがかぶりを振った。
「周囲にそれらしき音はありません。恐らく大丈夫でしょう」
「そう。なら」
「勝鬨じゃあアアアアア!!!!!」
砦の上でシェルビエントの隊長らしき人物が野太い声で勝鬨を上げる。
完全に手柄を横取りされた感が否めないが、シルディエもフィナリアもクウヤもそういったことには特に興味はないので、ああいう人が勝手にやってくれるのならある意味ではありがたい。
「二人とも、怪我はないか?」
そんなことを考えるシルディエの前にファーレンベルクが舞い降り、クウヤが背から飛び降り駆け寄りながらそんなことを言ってきた。
「ええ。こっちは無事よ」
「私もです」
「そうか。シェルビエントの方もけが人はいないみたいだし、一段落ってところか」
クウヤがそう言うと、例の隊長が再びその野太い声を張り上げた。
「今回の功労者である彼らに、全身全霊を持って賞賛を送るぞ!」
『オオオオオオオオオ!!!!』
突如、ファーレンベルクとその足元に集まっている三人に向かってシェルビエントの全軍がものすごい歓声を送ってきた。
「……」
自分たちのことをよそ者扱いするかと思っていたシルディエに取っては意表を突かれたように頬を引き攣らせた。
ノリはあれだが、人の上に立つにはかなりふさわしい人物なのだろうと感心しながら呆れるという奇妙な内心を抱きながら、ではあるが。




