終戦
「シルディエ様が、お一人で?」
突然の申し出に、フィナリアがそんな問いを口にする。
ジェクト将軍に始まり、俺とフィナリア、シルディエがあそこまで攻撃を仕掛けたのにもかかわらずドルガー将軍は未だに衰えぬ戦意をその瞳に湛えている。
満身創痍であるのは間違いないのだが、だというのにその衰えぬ闘気には全く勝てる気がわいてこない。
だというのに、シルディエが突如一対一で戦いたいと言い出したのに、俺は驚愕を隠せずにいた。
そんな俺たちに対し、シルディエは静かに告げた。
「お願い。父上とは私がこの手で決着をつけたい」
「……」
その言葉に、俺とフィナリアは閉口した。
いくらドルガー将軍と言えど、あれだけの攻撃を受けてまだ戦えるなどとは思えない。
だが、それでも危険すぎる。
ドルガー将軍は、あれだけの攻撃を受けた直後であるにも関わらず全く闘志と戦意を落としていない。
否、ますます燃えたぎらせているように見える。
そんな敵に真っ向から挑むというシルディエに対し、フィナリアが声をかける。
「シルディエ様、それは危険すぎです」
「危険なのは百も承知よ。でも、これはグランガイスの末裔である私が決着をつけないといけない問題なの」
「……いいでしょう」
そんな問答をする俺たちに、突如ジェクト将軍が声をかけてきた。
「ジェクト将軍?」
「シルディエ殿。危なくなれば迷わず横やりを入れさせてもらいます。存分にどうぞ」
「…ありがとうございます」
ジェクト将軍の言葉に、シルディエは軽く会釈を返して前に出た。
「……将軍、よろしいのですか?」
許可を出したジェクト将軍に対し、フィナリアがそんなことを口にした。
それに対し、ジェクト将軍は真っ直ぐにシルディエを見ながら答えた。
「シルディエ殿があそこまで言っているのです。ここは様子を見ましょう」
「……」
ジェクト将軍のその言葉に、俺もフィナリアも閉口するしかなかった。
シルディエは言った。
ドルガー将軍とは自分が決着をつけたいと。
元帝国軍人として戦ってきたシルディエにとって、帝国最強の将軍にして父親のドルガー・グランガイスという人物がどういうものなのかは、本人の口からはきいたことが無い。
だが、それがシルディエに取ってとても重いものだということは何となくだが分かっている。
でも、本当に大丈夫なのか?
ドルガー将軍は疲弊を通り越して満身創痍と言ってもいいと思う。
だが、その闘志はいささかも衰えていないのだ。
そんな相手に、シルディエが一人で挑んで本当に大丈夫なのか?
そんな疑問を抱く俺の前で、シルディエがドルガーに歩み寄った。
「父上…」
槍を構えたまま、シルディエは未だに殺気をばらまくドルガーに近寄る。
「…戦う前に、最後に問いたいことがあります」
返事もせぬままに闘志をむき出しにする父に対し、シルディエは問いかけた。
「なぜ、父上はそこまで帝国将軍であり続けようとしたのですか? 私たちが、戦わない道は、なかったのでしょうか?」
「…あろうはずがなかろう」
そのシルディエの問いに、ドルガーは呼吸を乱しながら答えた。
「わしは帝国軍の将軍だ。帝国の敵を滅ぼし、帝国を生かす。今も、昔も、これからも、そんなわしの生き方が変わることなどありえん」
「…どうしても、戦わなければならないのですか?」
構えを崩さぬまま、シルディエは父に問いかける。
そんな娘の姿をみて、ドルガーはそれを鼻で笑った。
「フン。槍を向けておきながら今更迷うのか? 貴様にとって、この戦いとはその程度の代物なのか?」
問いかけるシルディエに、ドルガーが逆に問いただした。
その問いに、シルディエは手にしていた槍を強く握り直した。
「……父上、かつてあなたは、竜号から帝国東部一帯を救うという偉業を果たされました。そんなあなたが、なぜ今の帝国に忠誠を尽くすのかが、私にはどうしてもわかりません」
そんな問いに、しかしドルガーは全く応じようとしなかった。
「言ったはずじゃ。わしは、帝国のために生き、帝国のため死ぬと。今更共に戦えるなどと言う甘い幻想を抱き続けられると、本気で思っておるのか?」
そんなドルガーの言葉に、シルディエはその目を細めた。
「……民のために戦い抜いた誇り高き我が父ドルガー・グランガイスは、もうどこにもいないのですね?」
「お前の眼にそう見えるというのなら、それが事実なのだろうさ」
その言葉に、シルディエは一歩を踏み出した。
「ならば、グランガイスの末裔として、民のために生きることを忘れたた父上を裁きます」
そう宣言し、シルディエはドルガーめがけて踏み込んだ。
「は! ほざいたな。よかろう。最後の稽古をつけてやろう!」
そんなシルディエに対し、ドルガーも手にした剣で迎え撃つ。
ドルガーの剣が突きだされたシルディエの槍を弾き飛ばす。
だがその剣戟にはいつもの重さがなく、シルディエは即座に槍を引き戻し突き出した。
「は! 少しは腕を上げていると見えるな!」
そう言って、ドルガーはシルディエの槍を幾度も捌く。
その打ち合いに、シルディエは内心で忸怩たるものを感じていた。
軽いのだ。
弾かれる槍の手ごたえが。
ドルガーから放たれる闘気はこれまでの中でも最も濃密であり、下手をすればシルディエでさえも呼吸が出来なくなってしまいそうなほどにである。
それだけの闘志を含んだ一撃であれば、シルディエの放つ槍を弾き飛ばすことはもとより、両断することも十分に可能なはずだ。
だというのに、今のドルガーから放たれる斬撃は、シルディエが即座に槍を構え直せるほどに軽いのだ。
(…父上)
見ればシルディエの一撃を防ぐたびにドルガーの足元がふらついている。
よくよく観察すれば目の焦点もあっておらず、時折あさっての方向を向いている。
当然だ。
ジェクト将軍との激戦を経た後、自分の雷に内側から体を焼かれたのだ。
常人であれば100回は死んでいるような深手を負っているのに、まだ生きているというほうがおかしいのだ。
あまつさえその状態で、自分と打ち合っているという事実そのものが異常を通り越したことなのだ。
「…なぜですか」
そんなドルガーに対し、シルディエは思わず飲み込んだ疑問を再び口にした。
「なぜ、あなたはそんなにも戦えるのですか!?」
自分の繰り出す槍を、見る影もないほどによろよろと捌く父に対し、気が付けばシルディエはそんなことを口にしていた。
目の前の人物は誰がどう見ても死にかけである。
だというのに、それをドルガーは尋常ならざる意志力だけでかろうじて繋ぎ止めているのだ。
そのことが、シルディエを何よりも戸惑わせた。
なぜ、こんな腐敗しきった帝国のためにそこまで戦うことが出来るのかを。
いったいどのような大義があって、これほどまでに強く剣を握りしめているのだろうと。
「父上! 答えてください!」
気が付けば、自分の頬から涙がこぼれているのを感じた。
シルディエの槍は、すでにドルガーの体を捉え始めている。
ドルガーの体を槍が掠めるたびに、その体から血飛沫が舞い上がる。
そんな状態でありながら、ドルガー・グランガイスは未だに剣を振るっていた。
目が見えない中を、積み上げてきた研鑚による勘によって見切り、動かぬ体を、その鋼の決意によって動かし、シルディエの槍を防いでいた。
その鬼気迫る戦いが、なおさらシルディエを混乱させた。
野心家であるのなら、とうの昔に逃げ出していただろう。
帝国を守るためというのなら、わざわざ一人で戦わずに増援を呼べばいいだろう。
だというのに、目の前で瀕死になりながらも剣を握る父には、そのどちらでもない、自分ではない何かのために決して退くことのできない不退転の決意を感じるのだ。
否、そうでなければ、とうの昔に事切れている。
「答えてください! なぜ、あなたはそうまでして戦うのですか!」
「…答える言葉など」
そんなシルディエの叫びに、しかしドルガー将軍は。
「ない!」
手にした刃で答えた。
振るわれたその刃が、胸板めがけて突き出されたシルディエの槍を弾き飛ばした。
「アアアアアアア!!!!」
シルディエの槍を弾いたドルガーは、そのままシルディエめがけて突撃する。
その足取りは、先ほどまでのようにおぼつかぬものではなく、帝国最強の将軍、ドルガー・グランガイスのものだった。
「っぅぅぅ!!!」
その突撃を、シルディエは咄嗟に槍の柄で受け止めた。
その衝撃を受け、シルディエは真っ直ぐ壁まで吹き飛ばされる。
「どうした!」
そんなシルディエに向かって、ドルガー将軍が叫び声を上げる。
「それがお前の限界か!? その程度で、お前は帝国を敵に回しているのか!!!!!」
まるで鼓舞するような言葉に、シルディエはほぼ無意識的に手をかざした。
『雷鳴閃』
直後、シルディエのかざした手から雷が放たれる。
その雷は、過たずドルガーの左胸を貫いた。
「がっ、くあ、まだまだああああアアアアア!!!」
そう言って、ドルガーはシルディエめがけて突撃した。
それに対し、シルディエは手にしていた槍を構えた。
「父上…」
そうして、これまで控えさせていた奥義を放つ。
『投雷槍・一閃』
以前バストラングを打ち抜き、ロイルド・インディオスの炎龍弾を削ったシルディエの奥義が、ドルガーめがけて放たれた。
「オオオオオオオオオ!!!!!!」
その一撃を、ドルガーは正面から剣で迎撃する。
放たれたシルディエの奥義は、ドルガーの剣と僅かに拮抗し、軌道を僅かに逸らされる。
が、軌道を逸らされた雷槍は雷のようにその矛先を変えてドルガーの右肩を深々と抉る。
「がっ! ぐおあ!」
そして、槍の纏っていた雷の魔力が再びドルガーを撃った。
そして、その瞬間にシルディエはドルガーの懐に潜り込む。
「父上……お覚悟を」
懐に潜り込んだシルディエは、その両手をドルガーの鎧に当て、魔力を両手に込めた。
『白雷!』
シルディエの両手から雷が放たれる。
先ほど槍を伝って体を内側から撃った雷が、今度は両手からドルガーの表皮から全身を焼き尽くす。
さらに表皮を伝った雷が、ドルガーの右肩を穿った槍を伝い体内を再び穿つ。
一瞬だったのか、それとも永遠だったのか、シルディエは自分の魔力が空になるまで白雷を使い続けた。
そして。
「……見事だ」
白雷を最後まで受け切った父ドルガーは、最後にそう言ってその手から剣を落とした。
「父上、どうして」
そんな父に、シルディエは最後までぬぐえなかった疑問を口にした。
シルディエの問いに、ドルガーはフッと笑みを浮かべた。
それは長年シルディエが見たことの無い父親としての笑みだった。
「お別れだ。最後を看取ってくれて、ありがとう」
「え、父上、父上!!?」
そう言うと、シルディエの目の前でドルガーの体が揺らぎ、背から地面へと倒れ込んだ。
「く、クウヤ、来て! 父上を!」
「お、おう!」
シルディエの意図を察したクウヤが、駆けつけ魔法を紡ぎあげる。
しかし直後、その表情が驚愕に染まった。
「嘘だろ! なんだよこれ! あの時のフィナリアの比じゃない! なんなんだ! なんでこれで生きてるんだよ!」
目に見えてわかるほどの濃密な魔力を注ぎ込みながら、しかしシルディエの目の前でクウヤは驚き戸惑っていた。
その反応から何が言いたいのか察しがついた。
つまりは、シルディエが感じ取っていたように完全に手遅れだったのだ。
「……炎鳥の担い手か?」
「しゃべらないで! 今手当を!」
必死の形相で魔力を振り絞るクウヤに対し、ドルガーは首を横に振った。
そこには、先ほどまでの鬼神ドルガーはいなかった。
「手遅れじゃよ。こうして話せるのは、お前の魔法による僅かな延命に過ぎん。そんなことは、治療しているお主が最もよく分かっておるじゃろう」
「~~~~~っ」
ドルガーの言葉に、クウヤは歯噛みしながら治療を続けている。
その必死の形相に、シルディエはもういいと声をかけようとして……かけられなかった。
どうしても、今の胸中に秘められた疑問が消えなかったからだ。
「…後の事はゼインに託していたが、こうして時間が出来たことだ、一つだけ、お主に行っておかねばな」
その言葉に、治療を続けるクウヤもドルガーの方を向いた。
その場にいる全員が、最後を見届けなければと、本能的に悟っていた。
「シルディエ、あの時、処刑されるお前を助けてやれなくて、すまなかった」
ドルガーの言葉に、シルディエは言葉を失った。
それは帝国軍将軍としてではなく、シルディエの父としての言葉だったからである。
「父上、なぜ」
そんな疑問を口にするシルディエに対し、ドルガーは言葉を紡いだ。
「思えば、お前には、父親らしいことを、何もしてやれなかったな」
「…父上」
そんなドルガーの告白に、シルディエは両膝をついて父の手を取った。
「すまない。だが、お前がノーストンの姫君と、何より炎鳥の担い手と共に歩んでくれたことを、この世界の暗雲を払う者達と同じ道を歩んでくれたことを、心から嬉しく思う」
「な、なにを…」
まるで先ほどまで殺し合いをしていた人物とは別人のようになってしまった父を前に、シルディエは深く困惑していた。
そんなシルディエを前に、ドルガーは最後の言葉を紡いだ。
「後の事はゼインに任せてある。この国を、この世界を頼んだぞ」
そう言うと、ドルガー将軍の手から力が抜け落ちた。
「父上…父上。父上!」
突如冷たくなっていくドルガー・グランガイスの手を取りながら、シルディエは幾度となくそう叫び続けた。
しかし、その手に温もりが戻ることはついぞなかった。
「シルディエ。ごめん」
白魔法を発動し続けられなくなった俺は、シルディエにそう言って謝った。
魔力そのものはまだ僅かに残っているのだが、死に体ではなく死体となった時点で白魔法は発動できなくなる。
それはつまり、帝国最強の将軍ドルガー・グランガイスの死亡を意味していた。
「…いいわ。仕方がないことよ」
そう言って、シルディエは立ち上がった。
「それに、まだ戦いは終わっていないわ」
そのシルディエの言葉に、ジェクト将軍が頷いた。
「その通りです。私たちの目的は、あくまで皇帝オルバールの討伐。そのためには、残りのドルガー軍と、魔道総師ロイルド・インディオスと戦わなければなりません」
「……」
その状況を確認し、俺は言葉を失った。
ドルガー将軍との戦いで、俺たちは正直すでに満身創痍となっている。
ジェクト将軍は深手を負い、俺とフィナリアは魔力の残りが心もとない。
恐らくはシルディエも似たり寄ったりだ。
この場の戦力はセレスティーナのみ。
こうなってくると。
「一度、トリストス様たちと合流しましょう」
俺の考えを代弁するようにフィナリアがそう言った。
そしてその提案に全員が頷く。
ファーレンベルクを城塞内に入れるのは意味がない上、今もなおあいつはこの城塞に迫る帝国軍を牽制し続けている。
である以上、俺たちはさっさとトリストスとバストラングに合流しなければならないのだ。
「正直、それしかありませんね」
「セレスティーナ様。お二人の現在位置を特定できますか?」
フィナリアの問いに、セレスティーナは頷く。
「うむ。しかし、やや奇妙な状態でのう」
「奇妙な状態?」
「うむ。お主らには分からんか? この城塞内の状況が」
「????」
セレスティーナの説明に、俺は首をかしげた。
が、俺以外の面々は表情を険しくしていた。
「えっと、一体何が?」
一人だけ置いてけぼりを喰らっていた俺がそんな問いを口にすると、フィナリアが顎に手を当てて答えた。
「この気配、城塞内で内乱が発生しています」
「……内乱?」
あまりに意外な一言に、俺は逆方向に首をかしげる。
どういうことか問いただそうと思うが、フィナリア・シルディエ・セレスティーナの三名も揃って困惑している。
対してジェクト将軍だけは何やら訳知り顔だったので、俺はジェクト将軍に矛先を向けてみた。
「将軍。これは一体」
「……その前に、まずは話を聞きましょうか」
「話?」
そう言うと、ジェクト将軍はある方向を向いた。
「隠れていないで、出て来てはいかがですか?」
ジェクト将軍がそう言うと、物陰からヌッと一人の男が現れた。
一目見てよく鍛えられているだろうことが見て取れる壮年の男に対し、俺は誰だと疑問を抱いた。
「……ゼイン?」
そんな俺の疑問に、シルディエが半ば疑問交じりにそんなことを口にした。
「シルディエ。あいつが誰か知ってるのか?」
「ええ。父上の副司令官。ドルガー軍のNo2よ」
そう言って、シルディエは手にしていた槍を握りしめた。
その様子に、俺もわずかに腰を落とす。
ドルガー軍のNo2ということは、ドルガー将軍の敵討ちにもう一戦始まる。
そう思って臨戦態勢を整えようとした俺の前で、しかしドルガー軍副司令官は鷹揚に頭を下げた。
「警戒をお解きください。こちらに敵意はありません」
「……敵意はない? 父上の部隊の副指令だったあなたが?」
シルディエの問いに、ゼインは頭を上げて答えた。
「副官を務めておりました。が正解です。シルディエ様」
その言葉に、俺は深い困惑を覚えた。
何しろ、目の前の男からは敵意や闘志のようなものを全く感じ取れなかった。
そして、何よりドルガー将軍は「後の事はゼインに託していた」と言っていた。
つまり、このゼインという人物が敵なのかどうかが今ひとつわからないのだ。
「ゼイン殿。一つ御伺いしたい」
「なんなりと」
ジェクト将軍の問いに、ゼインは鷹揚に頷く。
それに対し、ジェクト将軍は問いをかける。
「現在、この砦の中で内乱が起こっているのは、あなたの差し金ですか?」
「私の、ではなくドルガー将軍の、というべきでしょうね」
そんなゼインの答えに、俺は内心で最大限に首をかしげた。
そんな俺を余所に、ゼインは踵を返す。
「すべてをお話しするのは少し長くなります。まずはこの戦いを終わらせてからにいたしましょう」
「……終わらせる、とは?」
フィナリアの問いに、ゼインは一言口にして歩みだした。
「ご案内いたしましょう。帝国皇帝オルバール・L・トルデリシア陛下の元へ」
そう言って、ゼインはスタスタと歩を進めていった。
「……」
この状況をどう判断するべきかさっぱりわからない俺は、途方にくれながら周りの頼もしい仲間たちを見回す。
「行きましょう。私達も」
そして、その中でも最も頼もしい人物であるジェクト将軍がそう言った。
ジェクト将軍の一言に、警戒心を含みながらもシルディエが続く。
そしてフィナリアとセレスティーナも続いた。
取り残されるわけにはいかないので、俺も続く。
そして、案内されるままに向かった先に、一つの大きな扉があった。
「この扉の向こうに、オルバール陛下がいらっしゃいます」
ゼインはそう言うと、大きな扉を押し開けた。
敵の親玉がいる場所まで堂々と歩いてこられ
こうして真正面から侵入できるという事態に大いに混乱しながらも
なるべくそれを表情に出さないようにしながら俺は部屋の中を覗き込む。
「お、やっと来たか」
「……おそかった、な」
すると、その部屋の中には長刀を持った剣士と、戦斧を担いだバストラングの二人がいた。
「トリストスさん、に、バストラング?」
なぜか案内された先にこちらの主戦力二人がいるのかという疑問を持ちながら、俺は周囲を見渡した。
あたりは屍累々といった様相で、やたら豪華な服を身に纏った連中が血を流しながら転がっている。
そして、部屋の中にはその貴族連中の倍する数の獣人がいた。
その誰もがリスタコメントス軍よりも良い甲冑と武器を装備していた。
「えっと、どういう、ことだ、これ?」
困惑しながらそんなことを口にする俺は、その最奥でひっくり返っているある人物に目が留まった。
「……オルバール」
その人物は、歩くこともままならないだろう程に駄肉を付けに付け、一度見れば決して忘れないだろうほどの醜悪な容貌をしているトルデリシア帝国の皇帝。
オルバール・L・トルデリシアだった。
「ドルガー! ドルガーはどこじゃ! なぜわしを助けに来ない!」
そんなことを喚き散らす皇帝は、直後バストラングに戦斧を突きつけられて青ざめていた。
「えっと、どういうことだ、これ?」
皇帝を放置してトリストスとバストラングに説明を求める俺に対し、トリストスが長刀を片手に答えた。
「細かいことはそいつに聞けよ。俺とバストラングも、そいつに案内されてここにいるんだからよ」
そう言って、トリストスはゼインの方を向いた。
それに合わせるように俺達もゼインの方を見た。
周囲の視線を一身に集めたゼインは、入り口付近からゆっくりとこちらに歩みを進め、そのままバストラングに戦斧を突きつけられて腰を抜かすオルバールの前に跪いた。
「陛下。私は、ドルガー軍副司令官のゼインと申します」
「ど、ドルガー軍、じゃと? おお、おおおお! よくぞ助けに来た! 早くこの者たちを始末し、わしを助け出せ!」
戦斧を突きつけられながら、目の前で傅くゼインに対してそんなことを口にするオルバールに対し、しかしゼインは首を横に振った。
「残念ながら、我らドルガー軍は現時刻を以て帝国軍を離反し、反乱軍の末席に加わりました。よって、我々ドルガー軍が陛下をお救いすることはありえません」
ゼインの言葉に、オルバールは一転して唖然とした表情を浮かべた。
「は、はは、なにを言っておる? ドルガー、そう、ドルガーの奴はどこじゃ? あ奴は我が隷属魔法の支配下にある。奴がおる限りお主らが反旗を翻せるはずもなかろうが」
唖然としていたオルバールは、そう言いながら自分の右手の甲を見た。
「そうじゃ、ドルガーがこの場に来ればいい。来いドルガー! 今すぐこの場に駆けつけ、我にたてつく愚か者どもを皆殺しにせよ!」
そう言って、オルバールは右手の甲に刻まれた魔法陣めがけて怒鳴りつける。
が、右手の甲に刻まれた魔法陣は一瞬だけ赤く光った後に輝きを失った。
「な、なぜじゃ、なぜ光らぬ!」
驚き戸惑うオルバールに対し、ゼインが跪いたまま答えた。
「陛下。ドルガー将軍は侵入した反乱軍相手に自ら立ち向かい、名誉の戦死をされました。いくら命令されようと、将軍は決して駆けつけてこられません」
ゼインの一言に、オルバールは笑みを浮かべる。
「は、はは、何を言っておる。ドルガーが死んだじゃと? あのドルガーが? 我が帝国最強の男が、敗れたじゃと? 何を、何を言っておる! そんな馬鹿な話があるはずなかろうが!! ドルガー!! 今すぐこの場に来い!! 来てこの反逆者どもを皆殺しにしろおおぉぉぉぉぉ!!!」
バストラングに戦斧を当てられながら、オルバールは隷属魔法陣にそう叫ぶ。
だが、魔法陣はそのたびに一瞬だけ光ってすぐに輝きを失った。
「は、はは、こんなもの、こんなもの何かの間違いに違いない。お前たち、何をしておる、わしを助けよ、帝国皇帝であるわしを助けよおぉぉぉぉ!!!!」
そう言って、オルバールは魔法陣めがけて叫ぶ。
すると、今度は魔法陣が真っ赤に光り続ける。
しかし。
「無駄です。現在この城塞都市は反乱軍の末席となった元ドルガー軍の手によって制圧させていただきました。陛下がどれだけ命令されようと、誰もここへはたどり着けません」
淡々と告げるゼインの言葉に、オルバールは渇いた笑みを浮かべる。
「は、ははははははは。はははははははははははははははは!!! 何を言っておる! 阿呆か貴様は! みろ! こうして魔法陣は輝いておる! 見ておれ! 今に万の軍勢が貴様らを飲み込むぞ!」
そう叫ぶオルバールの前で、ゼインが一言何かを呟く。
直後、オルバールの右手が凍りついた。
「は、ななああああああああああ!!!!!!」
突然の事に絶叫を上げるオルバールは右手を抑え込んで転げまわる。
それに対し、魔法をかけた張本人であるゼインは立ち上がって歩み寄った。
「まだご理解が及ばないようなのでご説明させていただきましょう。
ドルガー将軍はお亡くなりになられました。
そしてドルガー将軍亡きあと、この地はドルガー将軍が隷属させていた獣人部隊がおこした反乱により制圧されました
そして、軍の指揮権は全てドルガー将軍へと委譲されておりますので、陛下がいくら高等隷属魔法を用いたとしても貴族たちは軍を率いることが出来ません。
隷属魔法の支配下にある獣人たちであれば話は別でしょうが、彼らを徴兵する前にあなたは反乱軍に粛清されます」
そう言って、ゼインはオルバールの前に歩み寄り、右手の氷に触れた。
するとオルバールの右手を凍らせていた氷が砕け、悲鳴を上げていたオルバールは目を血走らせながらゼインの方を睨む。
恐らく、先ほどゼインが言ったことなどまるで聞いていなかっただろう。
そんなオルバールに対し、ゼインは話を進めた。
「陛下。あなたは最後までお気づきならなかったのですね。
ドルガー将軍がこの帝国を滅ぼすために戦われていたということを」
「はぁ、はぁ、な、なんじゃと? ドルガーが、帝国を?」
右手をさすりながら戸惑うオルバールを前に、いや、とゼインは首を横に振った。
「正確には、古い帝国を。ですね。
貴族用隷属魔法を刻まれたドルガー将軍は、あなたの命令に逆らえば死に至ります。
そしてあなたたちの常識に従えばそれだけであなたは絶対の忠誠を誓わなければならない対象となる。
ですが、ドルガー将軍は初めからこの戦いで命を落とすつもりでした。
そして、将軍が死すれば、将軍の領内にいる獣人たちは解放される」
そこまでゼインが言って、俺はようやく事の真相がつかめた。
つまり、ドルガー将軍は。
「将軍は、死を以て古き帝国を道連れにされるおつもりだったのですよ」
そのゼインの一言に、オルバールは口元を大いに歪ませる。
「は、はは、馬鹿を言え。死を恐れぬ人間がどこにおる。我が帝国を滅ぼすために戦っておったじゃと? あのドルガーがか? ふざけたことを抜かすでないわ!」
当り散らすように叫ぶオルバールだが、ゼインは哀れな者を見るような目をしていた。
そして、ゼインの言葉が嘘ではないことが、俺達にははっきりわかった。
ドルガー将軍の、あまりにつじつまの合わない戦い方の答え。
それの答えが、これだったのだ。
「あなたには決して分からないことでしょうね」
そう言って、ゼインは指をパチリとならした。
直後、周囲の獣人たちがオルバールを縛り上げ、口元に猿轡を噛ませた。
「クウヤ殿。とおっしゃられましたか?」
そう言って、ゼインは俺の方を向いた。
それに対し、俺は頷いた。
「は、はい」
「オルバール陛下を葬れば、この内乱は終わりを告げます。
ですので、陛下の埋葬を反乱の象徴であるあの炎鳥に行っていただきたいのです」
ゼインの一言に、俺は当たりを見渡した。
たくさんいる獣人たちは、それを望むかのような静かな目を向けていた。
トリストスとバストラングは、何も言わず俺の方を見ている。
シルディエは複雑な表情を浮かべ、セレスティーナとジェクト将軍は様子を伺うように。
そして、最後に目のあったフィナリアは、コクリと頷いた。
「……分かりました。やりましょう」
「ありがとうございます」
ゼインがそう言うと、獣人たちが暴れるオルバールを引きずる。
それについていくと、そこはバルコニーだった。
「フィナリア様。御身は声を拡散させる魔法を扱えるとか。反乱軍の勝鬨は、あなたがあげられるのがふさわしいと思いますが、いかがでしょうか?」
ゼインの提案に、今度はフィナリアが目を瞬かせる。
反乱が成ったといっても、この場にいる反乱軍のメンバーは俺達奇襲部隊だけなのだ。
そこで、俺は眼下の様子がおかしいことに気が付いた。
局所戦こそ行われているものの、大きな戦闘がほぼ終わっているのだ。
「なるほど。ドルガー軍の皆様が、既にヴァルシアを制圧済みでしたか」
ジェクト将軍の一言に、ゼインはコクリと頷き、フィナリアの前に跪いた。
「先ほどオルバール陛下に告げた通り、我々は帝国軍を離れました。彼らは皆、あなた方の末席に加わらせていただきたく思っております。もし受け入れてくださるのなら、反乱軍の末席に加わった彼らに対し、勝鬨を上げていただきたく思います」
そんなゼインに対し、フィナリアは目を丸くして驚いていた。
突然の事で混乱しっぱなしなのはフィナリアも同じだったのだろう。
そんなフィナリアに対し、俺は軽く肩を叩いた。
「やってやろうぜ。この反乱、あいつらがいなかったら成功しなかったんだからさ」
正直俺も混乱しっぱなしだが、細かいことはともかくとして今眼下に集まっているドルガー軍の面々が反乱を成功させる一助となってくれたことは分かる。
だから、そんな彼らの前で、反乱を終結させるのは、俺たちの義務だと思った。
そんな意図が伝わったのかどうか知らないが、フィナリアはコクリと頷き、突如俺の手を取った。
「フィナリア? 何を」
「クウヤさん。忘れましたか? この反乱は、元々私達がリスタコメントスから始めたことなんですよ? だから、立役者は私ではなく私達です」
フィナリアの言葉に、俺は少々呆気にとられながらも頷いた。
そして、フィナリアが何を望んでいるのかも。
「バストラング。こいつを思いっきり放り投げてくれないか?」
そう言って、俺はオルバールを指差した。
意図を察したのか、バスとラングはためらいなくオルバールをひっつかみ、そのまま上空へと放り投げる。
「ファーレンベルク。燃やし尽くしてくれ」
俺がそう言うと、上空にて待機していたファーレンベルクが口内に蓄えていた火炎を放射した。
その炎に焼かれ、縛り上げられ、猿ぐつわをかまされたオルバールは、灰も残さずに燃え尽きた。
直後、眼下のドルガー軍から歓声が上がった。
俺たちがどんな言葉を用いるよりも、目の前で悲願が果たされる瞬間を見せる。
それが、フィナリアと俺の選んだ勝鬨だった。
「……終わったんだな。反乱が」
「はい。やっと、終わりました」
そう言って、俺とフィナリアは踵を返した。




