戦いの行方3
強い。
何の疑いもなく強い。
これまで戦ってきた誰よりも強い。
ドルガー将軍と戦いながら、フィナリアはそう思っていた。
ドルガー将軍の強さはフィナリアの想像をはるかに超えている。
『浮遊』の魔法を用いて大きく加速したフィナリアの動きの特性を瞬く間に見切り、あまつさえその動きに対処してのけた。
シルディエとセレスティーナの作った隙をついて『断空閃』を放ったというのに、その一撃でさえも咄嗟に魔道装甲を用いて防いでのけた。
疲弊状態でそれなのだ。
全快状態であれば『断空閃』が当たったかどうかも怪しく思えてしまう。
「はあぁ!!」
そんなことを考えながら、フィナリアは呼吸を整え直し、再び『浮遊』によって身軽になった体を動かす。
『微浮遊』と『浮遊』には厳密な線引きがあるわけではない。
強いて言えば魔力消費を抑えて長時間戦える出力なのが『微浮遊』であり、燃費を無視して短期決戦に用いるのが『浮遊』である。
風を纏い、体を極限まで軽くする『浮遊』は、そのまま纏っている風を操ることで『飛翔』も可能とするものではあるが、フィナリアは『浮遊』で体を極限まで軽量化しての高速移動を用いている。
もとより、閉鎖空間において飛翔を使う意味などないのだ。
「……」
壁を、天井を、床を蹴りながらフィナリアはドルガーの周囲を飛び回る。
しかし、時折背後を取っているというのに全く隙を見いだせない。
おそらくドルガー将軍は見切っているのだ。
こちらが短期決戦を挑もうとしていることを。
『浮遊』を用いての戦闘は、魔力もそうだが集中力の消耗が非常に激しい。
フィナリア自身、自分の知覚速度を大きく超えた領域で戦っている状態なので、ほんの僅かな誤差が自滅に繋がりかねないからである。
そして、ドルガー将軍はフィナリアの動きをある程度見切っている。
自分でさえ気を抜けば制動不能になりそうな高速移動を、である。
「せあぁぁ!!」
そんな時、フィナリアの視界内でシルディエがドルガー将軍に向かって槍を放ったのがみえた。
加えて、シルディエの一撃を援護するかのようにセレスティーナが魔力の矢を放つ。
その連撃をドルガー将軍は手にしていた剣で軌道を逸らす。
その防御行動にて生まれたわずかな隙を突き、フィナリアも背後からドルガー将軍を切りつける。
「ムン!」
だがその一撃を、ドルガーは振り向き丸太のように太い腕を振り回して迎え撃った。
フィナリアの移動は確かに速いが、その動きに難点がないわけではない。
『浮遊』という魔法による加速は、速さの代償として直線的な動き以外が難しくなる。
バストラングとの戦いで、フィナリアは『微浮遊』を用いて自身の動きを加速させて自在に戦って見せた。
それはバストラングが天賦の才を持っていながらも、フィナリアと全力で戦うつもりがなかったというのが大きい。
そして、今目の前にいるドルガー将軍はバストラングと同等以上の武才を憚らずに振るう本物の猛者。
である以上、フィナリアの知覚できる速度でははたやすく見切られてしまう。
そうかんがえたからこそ、フィナリアは自分の知覚できる限界を大きく超えた超加速を用いて攻撃を繰り出しているのである。
が、それはドルガーの言う通り攻撃が極めて軽くなっていることも意味している。
ゆえに迎撃するタイミングを見逃さなければ対処することはさほど難しいことではない。
何しろ今のフィナリアであれば軽く小突くだけで弾き飛ばせるのだ。
もっとも、だからと言って超加速したフィナリアの動きにあっさり合わせられるのは異常としか言いようがないのだが。
「くっ!」
再び手にしていた剣でドルガー将軍の攻撃を受け弾き飛ばされる。
弾き飛ばされたフィナリアは壁から床へと着地して呼吸を整え直した。
間違いなくジェクト将軍の一戦で大きく疲弊しているというのに、その疲弊の色を一切見せないドルガー将軍の実力は本当に底しれない。
シルディエと二人で挟み込むように対峙し、フィナリアは剣を構えながら呼吸を整え直していた。
ドルガー将軍も疲弊しているためか受けに徹しており、いつものような苛烈さは見受けられない。
ゆえに時折こうして呼吸を整え直す時間が生まれるが、こちらが奇襲をかけている以上時間をかければかけるほどに不利になっていくのは明白である。
どういうわけか将軍への援軍も駆けつけてこないが、駆けつけてくるのも時間の問題なのだ。
「見事な連携だ。
そしてノーストンの王女。
このわしから見ても見事な速さだが、あまりに直線的すぎるな。
ふむ、と言うより、直線的でなければその速さを維持できんのか?」
シルディエを警戒しながら、ドルガー将軍がそんなことを口にした。
やはり、自分の動きは見切られている。
フィナリアはそう感じとり、完全に見切られるのも時間の問題と察した。
そんなフィナリアを前に、ドルガーはフンと鼻を鳴らす。
「それにその身軽さ。
およそ人のものとは思えんが、逆に攻撃まで軽くなっておる。
消耗も激しいようだな。
そんな無様な戦い方でこのわしに届くと、本気で思っているのか?」
ドルガーの問いに、フィナリアは歯噛みする。
その指摘の通り、最早フィナリアは長く戦い続けることはできない。
ドルガー将軍の言う通りジリ貧である。
その指摘を受け、フィナリアは剣を握りしめる。
手段がないわけではない。
ないわけではないのだが、そのためにはドルガー将軍に隙を作る必要がある。
しかしドルガー・グランガイスに隙などない。
ゆえにその隙は無理やり作らなければならない。
となれば、今以上に苛烈な攻めが必要となるが、そうなると自分の消耗の激しさが問題になる。
魔力を消耗しすぎた。
手加減が出来る相手ではないし、全力でなければそもそも相手にならなかったのは否めないが、せめてもう少し魔力が無ければ奥の手を扱う前に魔力が枯渇しかねない。
「いつまで、考え事をしているつもりだ!」
「くっ!」
思案をしていたフィナリアに対し、ドルガーが真っ直ぐに突撃をしてきた。
シルディエがそれを阻止しようと背を突き、セレスティーナが矢を放つが、ドルガーはまるで背後に目が突いているかのようにその攻撃を背を向けたまま捌き真っ直ぐフィナリアめがけて剣を振り下ろす。
その攻撃を、フィナリアは再び加速して回避する。
しかし。
「どうした! 動きが鈍っておるぞ!」
「っ!」
そんなフィナリアに対し、ドルガーは追従して見せた。
ここに来て、フィナリアはこれまでドルガーが全力を見せていなかったことに気が付いた。
フィナリア自身がそうだったように、ドルガー将軍も自分たちの様子をうかがっていたのだと。
そして、様子見をやめて止めを刺しに来たのだと。
『浮遊!』
それに対し、フィナリアも全力を以て加速する。
己の知覚速度を大きく超えた加速。
それを以て、フィナリアはドルガーから大きく距離を取った。
が。
「はああああ!!!」
そのフィナリアの動きに、ドルガーは追い付いてきた。
スピードそのものはフィナリアの方がはるかに上。
だが、ドルガーはフィナリア以上にフィナリアの動き始めを見切っていた。
ゆえに、フィナリアが下がって足を止めた瞬間をドルガーは狙い撃ってきたのである。
「くうぅ!」
追従したドルガーがフィナリア相手に剛剣を振るう。
その攻撃を受け、フィナリアは再び大きく後方に弾き飛ばされる。
が、逆を言えば大きく弾き飛ばされた。
そして、吹き飛ばされたからこそ、フィナリアはドルガーの間合いから外れることが出来た。
でなければ二・三合で切り捨てられている。
しかしそれも後何合もつか分からない。
何しろ、無理な魔法の行使で既に魔力が枯渇寸前なのだから……。
「ヌアアアアア!!!!」
「つぅ!」
再び痛烈な一撃を叩き込まれ、フィナリアはさらに大きく弾き飛ばされる。
飛ばされながらも壁に着地するが、追撃を駆けてくるドルガー将軍から逃げることで手一杯となってしまっている。
(これ以上は、魔力が持たない)
先ほどから魔力を全力行使しているせいで魔力の消耗が激しすぎる。
枯渇気味の魔力を行使しきれず、自分でもはっきりとわかるほどに加速しきれなくなってきている。
このままでは……捉えられる。
そう思った時、突如、フィナリアの魔力が大きく回復した。
「っ!」
突然の事態に戸惑いながらも、フィナリアは大きく回復した魔力を用いて眼前に爆風を巻き起こした。
「ぬ!」
その爆風により、ドルガーの足が一瞬止まる。
そして『浮遊』によって浮力を得ているフィナリアは、その爆風に乗って弾き飛ばされるように距離を取った。
(なぜ、突然魔力が?)
突如回復した魔力に、フィナリア自身戸惑う。
そして、今もなお魔力が体の疲労と共に目に見えて分かるほどに回復しているのだ。
(この感覚、まさか!!)
そして、フィナリアはドルガーから視線を僅かに外した。
その視線の先では、両手を握り、強く目を閉じて眉間に皺を寄せるクウヤの姿があった。
(どうやら、上手くいっているみたいだな)
両目を閉じて集中しながら、俺は目論みの成功を確信した。
以前、セレスティーナによって行われた『祝福の義』とやらで俺とフィナリアの魔力の流れを司る霊絡は繋げられている。
とはいえ、その繋がりは決して強いものではない。
例えるなら、魔力という水を蓄えたタンクを細い管で繋いでいるようなものだ。
ゆえに俺とフィナリアの魔力は自然と同量となるのだが、今回のように一方が激しく消耗するとその残量の差が顕著に表れてしまう。
ゆえに、俺は俺の持つ魔力を霊絡経由でフィナリアに譲渡できないかと思いつき、今ある全魔力をフィナリアに送りこんでいるのだ。
細いホースでも放水量を増やすことはできる。
そう思った俺は、僅かに感じるフィナリアと俺を繋げる霊絡に俺の持つ魔力を流し込んでいるのだ。
「………はぁ」
しばし後、俺は荒い息を吐いた。
以前リスタコメントスでファーレンベルクを治療した時のように後先考えない魔力行使であったため、俺にとっても全力疾走をしているような感覚だった。
ドルガー将軍と戦いながらそんな魔力行使を行うフィナリアの疲弊はこんなものではないだろう。
そんなフィナリアに対して俺が出来る援護は、残念ながらこんなものだ。
目を開け、フィナリアの方を見た。
驚いたような表情を浮かべ、こちらを見るフィナリアに対し、俺はニッと笑みを浮かべて見せる。
魔力の譲渡は魔法の行使にも似たものがあったため、俺は自然と身に馴染んだ白魔法を行使していた。
ゆえに今のフィナリアは魔力の回復と共に体力もわずかばかり回復したことだろう。
気休め程度の回復だが、それでもないよりはましなはずだ。
そんな俺の考えが伝わったのかどうかまでは分からないが、俺が浮かべた笑みに対しフィナリアは僅かばかり微笑み、僅かに口元を動かした。
『助かりました』
聞こえるはずのない声。
風響を扱ってもいないのに、その声が俺の耳に響く。
それに対し、俺はもう一度全身の魔力を振り絞る。
先ほどの行使でコツを掴んだため、今なら目を閉じずとも魔力の譲渡を行える。
見届けよう。
俺には戦う力はないけど、せめてこの戦いを見届けるくらいはしないと。
俺がそう思った瞬間、戦いが再開された。
フィナリアの巻き起こした爆風によって僅かに足止めされたドルガー将軍がまっすぐに突撃してきたのである。
が、その突撃が阻まれる。
突如、ドルガーの足元で竜巻が発生したのである。
「ぬ!」
その竜巻を巻き起こした張本人を、ドルガーが睨む。
睨まれたのは、エルフの女王セレスティーナであった。
「妾の存在を忘れてもらっては困るぞ」
「はっ、こんなもの!」
そう言って、ドルガーは魔力を宿した剣を振り抜く。
その一撃で、セレスティーナの放った高密度の竜巻は掻き消される。
が。
「足場は、奪ったぞ! フィナリア!」
セレスティーナの竜巻によって浮き上がったドルガーは再び足場を失う。
そして、セレスティーナの言葉に従うようにフィナリアはコクリと頷く。
が、ドルガーの双眸はフィナリアを射抜くように見ている。
どんな攻撃が来ても、見切ってのけるといわんばかりに。
そしてそれは恐らく自惚れでもなんでもないだろう。
事実、ドルガーは先ほどフィナリア・シルディエ・セレスティーナの連携を防いでのけたのだ。
だが、そんなことはフィナリアも承知のはず。
何をするつもりなのか。
そんな疑問を抱いた俺の眼前で、突如爆風が起こり、フィナリアの姿が掻き消えた。
かつて、フィナリアは竜人ベヘルと戦った際に、踏込に合わせて自らの後方に爆風を発生させて加速するという方法を用いていた。
あれ以来フィナリアが全力で敵を屠ろうとすることなど見たことがなかったが、あれはフィナリアが本来得意としている必殺の一撃。
そして、今のフィナリアにはあれとは別に『浮遊』という加速手段が加わっている!
なら、この一撃は、フィナリアの全力の踏み込みを魔法によって極限まで加速させた一撃。
手にしていた剣には、間違いなく相手を貫くための魔力が宿っている!
『貫空閃!』
俺の眼前で、流星のように凄まじい勢いで飛び込んできたフィナリアが、魔力を帯びさせたその剣を真っ直ぐにドルガー将軍めがけて突き出した。
風の魔力によって極限まで加速したフィナリアの一撃は、全ての速度を極限まで研ぎ澄まされた風の魔力を帯びた剣先に集約させれている。
俺の目には、完全に見えなかった。
さっきまでドルガー将軍を上回る速度で動いていたフィナリアがもう一段塊加速したのであれば、その一撃は間違いなく必殺の一撃となる。
だからこそ。
「惜しかったな」
目の前の光景が信じられなかった。
「……馬鹿な」
「……嘘だろ」
驚愕は俺とセレスティーナのもの。
あろうことか、ドルガーはフィナリアの流星のような一撃を、真正面から素手で受け止めたのだ。
その左手はフィナリアの剣が貫通しており、深々と刺さった刃はドルガー将軍の眼前まで迫っている。
だが、止められたのだ。
フィナリアの光速のような奇襲を、満身創痍のはずのドルガー将軍が。
「見事な一撃だった。初めからこれを狙っておったのか?」
「……」
突如、そんなことを問いかけるドルガーに対し、フィナリアが歯噛みをする。
フィナリアの一撃は確かにドルガー将軍の魔道装甲を突破した。
しかし守りを突破しただけで命を奪うまでには至らなかったのだ。
「あと一歩及ばなかったな」
そう言って、ドルガー将軍は空中でフィナリアに左手を貫かれたまま、右手の剣を振り上げる。
「……いいえ」
が、そんなドルガーに対し。
「将軍に止めを刺すのは、私ではありません」
ドスリ。
直後、フィナリアの綺麗な顔に鮮血が舞った。
「かはぁ!!!」
だが、その血はフィナリアのものではない。
その血は、ドルガー将軍のものだった。
「シル、ディエ」
そう言って、ドルガー将軍は自分の胸を貫いた槍を見ながら背後を振り向いた。
そこには、自分の娘であったシルディエ・グランガイスの姿があった。
そして、その槍は正確に先ほどフィナリアが切り裂いたドルガーの背の傷を穿っていた。
「静かに素早く。父上の教えの通りです」
「貴様!!!!」
『雷槍・白雷』
直後、シルディエの槍から雷が放たれる。
その雷が、ドルガー将軍の全身を内側から(・・・・)撃った。
「が、ああ、アアアアアアア!!!!」
シルディエが魔法を紡ぎあげると同時に、フィナリアは剣を手放して離脱した。
そして、シルディエの槍から放たれる雷に体内を焼かれ、ドルガーが獣のような雄叫びを上げた。
「アアアアア、オアアアアア!!!」
「ぐ!」
だというのに、全身を内側から雷に打ち抜かれながらドルガー将軍はシルディエを手にしていた剣の柄で殴り飛ばした。
「がっ、く!」
その拍子に槍が引き抜かれる。
弾き飛ばされたシルディエはすかさず体勢を立て直し、再びドルガー将軍相手に構えを取る。
そして、フィナリアの刃に左手を貫かれ、シルディエの雷槍に体の内側を焼かれたドルガー将軍も城塞の床に落下し………………
立ち上がった。
「……マジかよ」
怪物、そんな単語が俺の脳裏に浮かび上がる。
いったい何がドルガー将軍をここまで掻き立てているというのか。
その戦いぶりには、最早隷属魔法による支配などと言う理由などとは全く別の理念があるようにしか思えなかった。
「…みんな」
そんなドルガー将軍に戦慄する俺に、シルディエが突如声をかけてきた。
「父上とは、私に決着をつけさせて」




