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戦いの行方2

 ジェクト将軍の手当てをしながら、俺は目の前で繰り広げられる戦いを見ていた。

 

「はああああ!!」


 城を震わせんばかりの気迫と共にドルガーが手にした剣を振るう。

 しかしその剣は空を切るばかりで、一向に標的であるフィナリアを捉えていなかった。


 フィナリアのスピードは、完全にドルガーを上回っている。

『浮遊』を自在に操るフィナリアの動きは、軽やかに舞いながらも気を抜けば即座に見失ってしまうほどに凄まじいものだった。


 そしてその間隙を突くようにシルディエが手にしている槍を用いて刺突を繰り出す。

 どちらも牽制に過ぎす、ドルガー相手に有効打とはなっていない。

 しかし二人は十分にドルガー将軍相手に渡り合えている。

 

 フィナリアとシルディエの戦い方はドルガー、トリストス、バストラングといった連中とは決定的に違う点が存在する。

 それは彼らが決して退かぬ戦い方をするのに対し、フィナリアとシルディエは積極的に距離を置いては詰めることを繰り返していることだ。


 洗練された槍術を持つシルディエは、力で勝るドルガー相手に剣が届かず槍が届く間合いを確保するように巧妙に立ち回る。

 浮遊によって身軽となったフィナリアは、床だけではなく壁や天井も足場にして縦横無尽に動き回っている。


 長物を扱うシルディエと、超高速で動き回るフィナリアにとって城内での戦いは不利かと思ったのだが、シルディエは巧妙な立ち回りでその不利を見せず、フィナリアに至ってはむしろその壁や天井を使って予測不能な動きを行っているのだ。


 さらに、そこに加えてもう一つドルガーの動きを封じる攻撃手がいる。


 ヒュヒュヒュン!!!


 鋭い風切り音と共に数本の矢がドルガーめがけて襲来する。

 矢を放った人物はエルフの女王セレスティーナ。

 彼女の正確無比な矢がドルガーめがけて飛来したのだ。


「チィ!」


 飛来する矢を、ドルガーは僅かに身をひねって回避する。

 が、そこで出来た隙をシルディエとフィナリアが突き、ドルガーの体制はさらに大きく崩れた。


 セレスティーナの矢は非常に高精度で、彼女の持つ独特の索敵方法から地平線の彼方にいる敵でさえも射抜くことが出来るという反則級の飛距離を持っている。

 が、反面威力に関してはそこまで出鱈目というわけではなく、兵士を屠るには充分であってもドルガー相手に通用する代物ではない。


 事実、彼女の矢は幾度となくドルガーに命中しているが、そのたびにドルガーの纏っている魔道装甲に弾かれている。

 

 しかし、にもかかわらずドルガーがセレスティーナの攻撃を嫌がっているのは、攻撃してくるタイミングと狙っている場所の問題である。


 シルディエとフィナリアの連携は見事ではあるが、ドルガーから見て反撃の隙がないわけではない。

 が、セレスティーナはその反撃の出来るタイミングで的確にドルガーの眼球を射抜いているのである。


 いかにドルガーが鉄壁の防御を持つとはいえ、眼球を射抜かれて平気であるはずはない。

 そして僅かばかりとはいえ、セレスティーナの矢によって視界が奪われているのだ。


言葉にすれば簡単に聞こえるが、そんなことをやってのけるには的確に敵の動きを見切る洞察力と、点を射抜く正確な射撃精度が必要となる。

地平線の向こうにいる敵を射抜くほどの精度と探知力を持つセレスティーナだからこそ淡々と行えているが、ドルガー相手にそんな真似が出来る人物など他にはいないと断言していいだろう。

 

『雷閃槍!』


 そして、幾度目かに生まれたドルガーの隙を突き、シルディエが手にしていた槍に雷を纏わせ、一層強力な刺突を繰り出した。


「ぬ!」


 雷を帯びた槍は、まっすぐにドルガーの心臓を貫かんと左胸に迫る。

 が、ドルガーも流石であり、その一撃を寸での所で身をひねり回避する。

 しかしシルディエの渾身の一撃を回避しきれず、その矛先が僅かばかりドルガーの体をかすめる。

 

 が、所詮は掠っただけの擦過傷。

 手傷と呼ぶにはあまりにも浅い。

 

 しかし。


「ぐっ!」


「雷閃槍をその身に受けましたね、父上!」


 直後、ドルガーの表情が苦悶に染まり、一方でシルディエがそんなことを口にする。


 雷の魔力を帯びた槍。

その一撃がその身をかすめたことで、ドルガーの身を雷の魔力が走り、僅かばかりの硬直を生み出したのである。

そして、そのわずかな硬直は、追撃のためには十分すぎる布石となる。


『大旋風!』


 硬直したドルガーの足元に、突如竜巻が発生する。

 自然現象ではありえない竜巻が発生したのは、当然人の手によるもの。

 そして、巻き起こしたのはセレスティーナである。


「フィナリア!」


「はい!」


 セレスティーナ瞬間的に巻き起こした竜巻により、ドルガーの体が宙に浮きあがる。

 そして、示し合わせたように足場を失ったドルガーの背後に瞬間移動のような超速でフィナリアが迫る。

 手にしていた剣からは薄緑色の魔力の輝きが放たれている。


『断空閃!』


 かつて竜人ベヘルの竜燐を切り裂いたフィナリアの必殺の一撃が、ドルガーの身に迫る。

 足場のない空中、それも背後から放たれた一撃に対し、ドルガーはほぼ無防備。


「セアァァァァァ!!!!」


 フィナリアの声が響き、見るも美しい剣閃がドルガーの身に届き、そしてその剣が振り抜かれ、ドルガー将軍は城塞の床へと激突した。


「……やった、のか?」


 3人の見事な連携は、ドルガーに手も足も出させないままに見事な一撃を叩き込んだ。

 トリストスを倒し、ジェクト将軍を追い詰めた帝国最強の将軍を圧倒してのけた光景に、俺は思わずそんな疑問を口にした。


 が。


「見事なものだな。このわしを捉えるとは」


 フィナリアがドルガー将軍を叩き落とした先で、土埃の中から野太い声が響いた。


「動きもいい。狙いもいい。連携もいい。なるほど。反乱を起こすにふさわしいだけの粒がそろっておる」


 フィナリア、シルディエ、セレスティーナの三名を賞賛するその声の主は。


「だが、わしの命を奪うには一手足りなかったな」


 先ほどフィナリアが両断したはずのドルガー・グランガイスその人であった。

悠然とした様子で歩む帝国将軍は、先ほどのフィナリアの攻撃が全く効いていないかのような余裕に満ちた面持ちを浮かべている。


「……嘘だろ」


 フィナリアの剣は確かにドルガーを捉えたはず。

 俺の浮かべた損疑問に対し、答えたのはシルディエだった。


「魔道装甲」


 シルディエの一言に、ドルガーはいかにもといった様子で頷いた。


「寸での所で魔道装甲を纏うのが間に合った。いやはや、危ういところだったぞ」


 ドルガーの一言に、俺は自分の考えの誤りを見つけた。

 フィナリアの『断空閃』は相手を両断する類の技。

 まともに受けた場合、相手は吹き飛ぶのではなく両断される。

 

 つまり、それを受けてドルガー将軍が吹き飛んだということは、フィナリアの斬撃がドルガーの身を切り裂けなかったということを意味しているのだ。


 よくよく見ればフィナリアの一撃が切り裂いているのはドルガーの纏っている鎧のみで、肝心の背には浅手が刻まれているだけに過ぎなかった。


「さて、続きと行こうか」


 まるで散歩にでも出かけるかのように平然とそう告げたドルガーは、剣を手に真っ直ぐにフィナリアめがけて踏み込む。

 それに対しフィナリアは天井めがけて跳躍し、ドルガーの真上を取る。

 そしてフィナリアの動きをカバーするかのようにシルディエとセレスティーナがドルガーを牽制しようと刺突と矢を放つ。


 が。


「温いわ!」


 ドルガーは退避したフィナリアを意にも介さず、そのままシルディエめがけて突撃した。

 セレスティーナの放った矢を回避し、ドルガーはそのままシルディエめがけて剣を振り下ろす。

 

 その一撃をシルディエは咄嗟に回避した。

 その時。


 ゴアン!!!


 剣がからぶった直後、凄まじい余波が一体に広がる。

 突風もかくやという余波は、しかしこれまでのドルガーの剣戟には含まれていないものだった。

 

 しかし、一般の兵士であればその余波だけで吹き飛ばされそうなものだが、さすがにシルディエとセレスティーナは余波だけで吹き飛ばされるようなことはなかった。


 が。


「あああ!」


 俺の視界の端でフィナリアがドルガーの起こした爆風でもろに吹き飛ばされていた。


「ふ。やはりそういうことか」


 その様子に、ドルガーはニヤリと笑みを浮かべた。


「常識外れの身軽さだと思ったが、風を纏って己の体重を消しておったな?」


 ドルガーの指摘に、爆風で軽く10m異常吹き飛ばされたフィナリアがやや苦い表情を浮かべる。

 

「ジェクト将軍、これは一体…」


 戸惑う俺に、ジェクト将軍は治療を受けながら口を開いた。


「おそらく、ドルガー将軍はフィナリア様の速さの正体に気が付いたのでしょう」


「え?」


 その言葉に、俺は再びフィナリアの方を向いた。

 フィナリアは再び加速してシルディエと対峙するドルガー将軍に肉薄する。

直後、シルディエの牽制を無視してドルガーがフィナリアめがけて強烈な回し蹴りを放つ。


しかしその回し蹴りはかなり大振りであり、フィナリアは特に問題なさそうに屈んで回避する。


 が。

 

 ゴアン!!!


 ドルガーの回し蹴りが放たれた直後、周辺一帯に再び轟音と共に爆風が巻き起こる。

 そしてフィナリアはその爆風に巻き込まれて大きく吹き飛ばされた。


「フィナリア様の動きは、クウヤ様の伝授された魔法により体重を極めて軽くすることにその極意があります。ゆえに、ほんのわずかな衝撃でも弾き飛ばすのは十分に可能なのでしょう」


「な!?」

 

 その指摘に、俺は唖然とする。


 ジェクト将軍の言葉は事実が立証している。

 ドルガー将軍は初めの時こそ面食らっていたようだが、すでにシルディエを牽制しながら時には剣戟で、時には蹴りや正拳で爆風を起こしてフィナリアを吹き飛ばしている。

 

 シルディエとセレスティーナは特に問題視していないが、体重を大きく削いでいるフィナリアにとっては恐らく致命的なのだ。


 フィナリアの高速移動は『浮遊』によってもたらされている。

 ゆえにフィナリア自身の体重は恐らくほぼゼロ。

 である以上、フィナリアは僅かな踏み込みだけで10の距離を0にすることができる反面、突風一つで弾き飛ばされてしまうことになる。


 そのことを理解したドルガー将軍は、フィナリアに必殺の一撃ではなく牽制攻撃を行っているのだ。


「じゃあ、ドルガー将軍は」


「ええ。間違いなくフィナリア様の動きのからくりを見抜いた上であの行動に出たのでしょう。事実、私との戦いでドルガー将軍の剣戟はあのような爆風を生み出していませんでした。フィナリア様を牽制するため、爆風を起こすように剣と拳の振り方を切り替えたのでしょう」


「剣の振り方って、そんなもん変えるだけであんな爆風を生み出せるものなんですか!?」


「……ドルガー将軍なら、呼吸をするように行えるでしょうね」


 ジェクト将軍の言葉に唖然としながらも、俺は再び戦況を見る。

 確かにドルガー将軍はフィナリア、シルディエ、セレスティーナと戦い始めた時はあんな爆風をまき散らせるような大振りな動きではなく、大気ごと両断するような鋭い剣戟を放っていた。

 

 が、その戦い方ではフィナリアの速度に対しては後手を取ることとなってしまうと判断し、ドルガー将軍は戦い方を切り替えたのだ。

 フィナリアに対する牽制が行えれば、その分の力をシルディエとセレスティーナに集中できる。

 

 確かに理にかなっている。

 理に敵ってはいるが。


「それじゃ千日手なんじゃあ……」


「それは違います」


 ボソリと素朴な疑問を口にした俺に対し、再びジェクト将軍が答える。


「違うって、何がです?」


 疑問を口にする俺に、ジェクト将軍はゆっくりと右手を上げてある場所を指さす。

 その指の指す先を見て、俺はその理由を知った。


 ジェクト将軍が指差したのは、ドルガー将軍に吹き飛ばされたフィナリアが苦悶の表情を浮かべて荒い息を吐いていた。


「フィナリア様はドルガー将軍と渡り合うために全力で風を纏っています。それもドルガー将軍と対峙しながら。となれば、魔力の消耗は大変なものでしょう。速度を緩めればドルガー将軍には太刀打ちできないとはいえ、時間稼ぎに回られると非常に分が悪いとしか言えません」


「でも、ドルガー将軍も消耗はあるんじゃ」


「ドルガー将軍は要所要所で魔道装甲を発動して消耗を抑えています。それに対し、フィナリア様は恒常的に発動しています。このままいけば、間違いなく」


 フィナリアの方が先に潰れる。

 ジェクト将軍は言葉にしなかったが、俺にもそれがはっきりわかった。

 

 そして、もしフィナリアが潰れれば、今の拮抗は崩れ、シルディエとセレスティーナも長くはもたないだろう。

 バストラングとトリストスが加われば話は別だろうが、それが可能なら二人ともさっさと援護にやってきているだろう。


 つまり、援軍は当てにできない。

 もとよりここは敵地で、ドルガー将軍だけにここまで苦戦している現状は既に危険極まりない状況なのだ。


 時間はかけられない。

 それがわかっているから、フィナリアは全力疾走を続けるような行動を取っているのだ。

 いや、それを言うならシルディエとセレスティーナも、ドルガー将軍を倒すために全力を尽くしている。

 

 何か、出来ることはないか?

 俺にフィナリア達のような直接的な戦闘能力はないが、魔法についてはそれなりに習熟している。

 攻撃魔法もある程度扱えるようになっている。

 

 ……だが、それがドルガー将軍に通用するか?

 俺よりもはるかに攻撃魔法に精通しているセレスティーナの攻撃を難なくさばききるドルガー将軍に、俺の付け焼刃の攻撃魔法が通用するとは思えない。


 なら、最も熟練している白魔法でジェクト将軍を完治させて。

 ……無理だ。完治させるまでには時間がかかる。

 それまでフィナリア達が持つとは思えない。


 何か、何か方法はないのか?

 

 ジェクト将軍に治療を施しながら、俺は考えに考えを巡らせる。

 この場で手を拱けば間違いなく全滅する。

 足手まといになるわけにはいかないが、猫の手も借りたい状況であるのは間違いない。


 考えろ。

 僅かでも助力できれば状況が変わるかもしれないんだから………………。


 




 その時、俺は自分の魔力が普段より多く消耗していることに気が付いた。

 そして、その事実が俺にあるひらめきをもたらした。


「……ジェクト将軍。傷の具合はどうですか?」


「応急処置としては十分に可能な程度でしょう。しかし、戦闘続行は」


「不可能。ですね。では、白魔法はここで打ち切らせてください」


 そう言って、俺はジェクト将軍の治療を止めた。


「構いませんが、どうされるおつもりですか?」


 やや戸惑うジェクト将軍に対し、俺は一言だけ答えた。


「試してみたいことがあるんです」


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