戦いの行方
「さて、まずは貴様らの腕前がどの程度のものか、見せてもらおうか!」
そういって、俺の目の前でドルガー将軍は先頭のシルディエめがけて踏み込んだ。
「は!」
直後、シルディエが手にしていた槍を放つ。
ドルガーの手にしている肉厚の刃は、重さと強度こそ飛びぬけているがその間合いは槍使いのシルディエに及ばない。
ゆえにシルディエの槍の一撃はドルガー将軍の剣よりも先に届く。
「甘い!」
だが、逆を言えばシルディエが勝っているのは間合いだけだともいえる。
シルディエの槍の一撃をドルガーは難なく躱し、その剣を振り上げた。
『招雷!』
しかし直後、ドルガー将軍が振り上げた剣に雷が落ちる。
シルディエが紡ぎあげた魔法が、まるで避雷針に迫る雷のように真っ直ぐに向かっていった。
「小賢しい!」
だが、ドルガーはその雷を受けながらその刃を振り下ろす。
その体は黄土色の輝きを放っており、シルディエの魔法を弾き返していた。
シルディエの雷をその身に受けながら剣を振り下ろすドルガーの剣が叩き付けられた。
…シルディエではなく城の床に。
「ほう?」
攻撃を空ぶったドルガーが大きく後退したシルディエの方を向く。
シルディエはドルガーが雷を受けた時にわずかに生じた硬直を見逃さずに退避したのだ。
「あいにくですが、私は父上と真っ向勝負をするつもりはありません」
そう言ってシルディエは腰を落として再び槍を構えた。
「いかに父上と言えどもジェクト将軍との戦いをした直後で疲弊がないはずがありません。些か姑息な気はしますが、このまま削り取らせていただきます」
そう言ってシルディエはその身に魔力を滾らせた。
「ふん。勝利するための選択か。間違ってはおらん。だがな」
直後、ドルガー将軍は再びシルディエの元に踏み込んだ。
「このわしを相手にそうやすやすと戦いを長引かせることが出来ると思っておるのか?」
「っ!」
再び踏み込んできたドルガー将軍にむかってシルディエが槍を突きだす。
しかしその槍を、ドルガー将軍はあろうことか避けもせずに右肩で受けた。
「な!」
その光景にシルディエは驚愕する。
ドルガー将軍が槍を受けたことではない。
槍がドルガー将軍の右肩に刺さらなかったからである。
あろうことか、ドルガーの纏っている魔道装甲はシルディエの槍を真正面から弾き返したのである。
ジェクト将軍との一騎打ちで相当に疲弊しているのに、である。
「その程度の攻撃でわしの守りを抜けると思ったか!!」
ドルガー将軍はそう叫び、手にしていた剣を振り下ろした。
シルディエは牽制のつもりで放った突きが全く通用しなかったことに対する驚愕と、槍が弾かれた衝撃で隙が出来ており、ドルガーの剣を避けれる状態ではなかった。
「ぬ!?」
が、ドルガーはそのままシルディエめがけてその刃を振り下ろそうとし、突如その身を大きくひねった。
シルディエの影から、突如現れた人影が凄まじい速度で剣閃を放ってきたからである。
舌打ちをし、ドルガーは自らに迫る刃を剣で受ける。
そしてその刃を振るった張本人を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた張本人は、しかし軽やかに飛ばされた先の壁を蹴りシルディエの隣に降り立った。
「シルディエ様。勝手ながら、助力させていただきます」
そう言って、フィナリアは手にした剣を構えてドルガーと対峙した。
「お願いするわ」
そんなことを口にするフィナリアに対し、シルディエはそう言って再び槍を構える。
シルディエ自身も自分一人でドルガーと渡り合えるなど思ってはいなかったのか、あっさりとその提案を受け入れた。
「一人が二人になれば、勝てると思ったか?」
そんな二人に対し、ドルガーは圧倒的な闘志を叩き付けながらそう言った。
フィナリアとシルディエも相当強いのは間違いないが、あの化け物ドルガー相手に勝てるとは到底思えない。
無謀だ。
そう告げようとした俺は、しかし直後シルディエの隣に立っていたフィナリアを見失った。
「な!?」
驚愕は果たして誰のものだったのか、掻き消えたフィナリアは、まるで瞬間移動のようにドルガー将軍にその剣を振り下ろしていた。
とっさに手にしていた剣で防いでいたが、そのあまりの速さにさすがのドルガーも目を見開いていた。
「確かに、私はドルガー様より弱いです。ですが、だからと言って侮られるのは心外です」
フィナリアらしからぬ強気な言葉に、ドルガーは手にしていた刃を振り抜いた。
その刃を剣で受け、フィナリアは弾かれるように吹き飛ばされるが、再び軽やかに舞ながら壁を蹴って着地した。
「…その身軽さ。およそ人間技とは思えんな」
ドルガーの言葉に、フィナリアは再び剣を構えた。
「私も、全力で剣を握るのは久方ぶりです」
そう言って、フィナリアは再びドルガーの懐に潜り込んだ。
「確かに早い。だが!」
今度はドルガーの一撃が完全にフィナリアを捉えていた。
その一撃を真正面から受け、フィナリアは大きく弾き飛ばされた。
「な、に!?」
しかし驚愕はフィナリアではなくドルガーのものだった。
弾き飛ばされたフィナリアと入れ替わるようにシルディエが槍を放ってきたからである。
「ぐ!」
シルディエの槍がドルガーの右頬をかすめる。
そしてシルディエはすかさず連続で槍を放つ。
意表を突かれたドルガーは、シルディエの連続攻撃を前に後退した。
そして弾き飛ばされたフィナリアは、再び危なげなく舞うように着地した。
そんなフィナリアとシルディエの二人の連携に、ドルガーは驚きを浮かべていた。
そしてそれは俺も同様だ。
フィナリアとシルディエがドルガーとまともに戦えているという事実に、目を疑っていた。
「……あの二人、想像以上にやるのう」
弓を片手にそんなことを口にするセレスティーナに対し、俺はジェクト将軍の治療を行いながら頷く。
シルディエとフィナリア。
共に戦った経験などほとんどないに等しいはずの二人は、しかしどういうわけか長年共に戦ってきたかのような見事なコンビネーションを披露してのけていた。
ドルガーとジェクトの戦いにフィナリア達が介入したころ、その下層ではトリストスとバストラングの二人が獣人部隊と交戦していた。
「はあっ!」
「……」
切れるような鋭い気合と共に長刀を振るうトリストスと、無言ながらも大気ごと切り裂きかねない轟音と共に戦斧を振るうバストラングの二人は、獣人部隊との交戦を続けていた。
鋭く研ぎ澄まされた長刀と、鈍重そうに見える巨大な戦斧。
長刀は鋭さを追及された美しい刃を持ち、戦斧は武骨ここに極まると言わんばかりに頑丈さのみを追求された趣を醸し出していた。
対極とも言える二つの武器だが、その扱う人物も対照的と言えば対照的と言えるだろう。
長刀を振るう剣士トリストスは、その洗練された長刀と同様に誰が見ても分かるほど鋭い剣閃を放っており、戦斧を使うバストラングは竜巻でも巻き起こさんばかりに力任せに振るっている。
だが、大局的なように見える二人の戦い方には一つの共通点がある。
それは、どちらも常人には目にもとまらぬほどの速度で得物を振るっているということである。
「やるじゃねーか。そんな重そうな斧を軽々振り回す腕力、相当だな」
「……そっちも、速い」
戦いながら賞賛を送るトリストスに、バストラングは短く言葉を返す。
二人が武器を振るうたびに帝国軍の兵士たちは両断され、吹き飛ばされていた。
「にしても、こいつら」
「………」
トリストスの一言にバストラングは無言でうなずく。
先ほどからトリストスとバストラングが対峙している相手は獣人族の部隊。
獣人族が相手とあって、トリストスとバストラングは殺すのではなく倒すという方針で戦いを進めていた。
二人ともフィナリアがエルリオットと戦った際に隷属魔法で操られた獣人族の話は聞いており、当然ヴァルシア襲撃の際にも獣人を敵に回すことも想定していた。
隷属魔法をかけられた者達は契約者の命令に逆らえない。
が、これにはいくつかの抜け道がある。
その一つに、命令続行不可能な状態になった場合は隷属魔法が作用しなくなるというものがある。
端的に言えば、死亡、意識不明のどちらかで隷属魔法の影響を受けなくなるのである。
とはいえ、身体能力に優れる獣人たちを殺さずに倒すというのは普通の者から見れば離れ業といえる代物だ。
事実、現在の連合軍内でも出来るのは片手で足りるだけの面子だけである。
が、逆を言えば連合軍内でもトップクラスの戦闘力を持つトリストスとバストラングならば十分に可能であった。
ゆえにトリストスとバストラングはドルガーとの戦いに獣人たちが割って入って来た際に殺さずに倒すように戦うつもりであった。
が。
「……バストラング。こいつら本当に操られてると思うか?」
トリストスの問いに、バストラングは答えなかった。
それは、トリストスの問いを認めているに等しい行為だった。
隷属魔法で下せる命令はかなり大雑把なものになりやすい。
リスタコメントスでの一件を挙げれば、隷属させられていた獣人たちに下されていた命令は『リスタコメントス軍と戦え』と『ドラが聞こえたら中央突破しろ』の二つだけであった。
当然そんな状態の軍に士気などあろうはずもない。
ゆえに対峙する獣人族はトリストスとバストラングの敵には成りえない。
無理やり戦わされているのであれば、獣人族であったとしてもフォルシアン最強の剣士と、獣人族の神児であるバストラングであれば手を抜いても十分に倒せる相手だからである。
……にもかかわらず、戦況は膠着していた。
原因は、獣人たちの戦い方にあった。
トリストスとバストラングが対峙している獣人たちは十全の装備を身に纏い、まるで訓練され尽くされたように洗練された動きと連携を見せ、巧みに二人の攻撃を躱し、防ぎ、凌ぎ、負傷すれば即座に後衛と入れ替わるということを繰り返しているのだ。
その練度は明らかにリスタコメントス軍を大きく上回っている。
いかにトリストスとバストラングの二人の腕をもってしても、そんな連中が軍としての体を成している状況ではそう簡単には打ち取れない。
……否、打ち取ろうと思えば可能だが、殺さずに留めるということが極めて困難なのだ。
「隷属魔法ってのは、無理やり命令を聞かせるだけで本人の意志を捻じ曲げるわけじゃない。そうだったな?」
トリストスの問いに、バストラングはコクリと頷く。
バストラング自身も隷属魔法を受けていたため、そのあたりの事情は詳しく知っている。
そして、だからこそ現状が理解できないでいた。
なにしろ、自分たちと対峙している獣人族たちからは、隷属魔法によって強制されたそれとは異なる意思を感じ取れるからである。
自分たちをこの場に押しとどめようとする明確な決意を、だ。
「……一つ、聞いておくぞ」
そんな獣人たちを前に、トリストスは一度距離を取って問いをかける。
「この一戦は、そもそもお前らの同族を解放することを発端としていて、その行く末を決める重要な戦いだってことは理解しているのか?」
トリストスの問いに対する獣人たちの返答は無言。
それに対し、フォルシアンの剣士はさらに問いを続ける。
「この一戦で俺たちが皇帝の首を取らなければ、お前たちの同胞には再び地獄のような日々を送ることになるだろう。それを理解した上での行動か?」
その問いに対する答えは、変わらず無言。
それはつまり、トリストスの指摘した可能性を理化した上での対峙だということに他ならなかった。
「……いいだろう」
そんな獣人たちに対し、トリストスは手にしていた長刀を構え直す。
「お前らが何を思ってそんなことをしているのかは知らんが、こっちもあまりモタモタしているわけにはいかない」
トリストスの一言に、隣でバストラングも戦斧を構え直す。
その様子に、対峙する獣人たちが数歩下がる。
「悪いが、これ以上手加減は出来ん。決死の覚悟の無い奴は、今のうちに逃げうせろ」
そう言ってトリストスが獣人たちの前に瞬間移動もかくやと言わんばかりの速度で踏み込み、獣人たちの首を撥ね飛ばさんと手にしていた長刀を振り抜こうとした。
瞬間。
「それは困りますね」
トリストスの耳にそんな声が響き、トリストスの頭上に多数の矢が飛んできた。
「チッ!」
返答なきものと思っていたトリストスは、意表を突かれた返答と、動きを読んだかのような弓撃に攻撃を中断して後方に飛び下がる。
「……テメーは?」
そして、トリストスは声の主を探し、それを見つけた。
獣人たちの壁が割れ、その奥から隊長らしき人物が現れたのである。
「お初にお目にかかります。私の名はゼイン。ドルガー軍の副司令官を務めさせていただいております」
「……悪いが時間がない。打ち取らせてもらうぞ」
そう言って腰を落とすトリストスに対し、ゼインが片手を上げた。
「急がれるお気持ちは分かりますが、既に我々が戦う理由はありません。この戦いは、とうに終わっているのです」
「……なに?」
ゼインに対し、トリストスが怪訝な表情を浮かべる。
バストラングは先ほどから臨戦態勢を取ったまま様子をうかがっている。
それを見て、ゼインが話を進めた。
「あなた方の反乱は、すでに成功していると言っているのですよ」
突如現れそんなことを口走るゼインに対し、トリストスもバストラングも警戒を緩めないままに耳を傾けた。
あまりにも唐突なその物言いは、トリストスとバストラングの手を止めるのに十分すぎるものだったからだ。
「……手短に、詳細を聞こうか?」
「ええ。勿論」
そう言って、ドルガー軍副司令官のゼインは口を開いた。




