2人の将軍2
「ぐ、おおおおおぉぉぉぉ!!!!」
ジェクト将軍が『封隷』を発動させたと同時にドルガー将軍が獣のような雄叫びをあげる。
隷属魔法と封隷の二つの魔力が、今ドルガー将軍の中で暴れまわっているのだ。
ジェクトは封隷を力技だと言った。
つまりジェクトが送り込んでいる魔力がドルガー将軍を縛る隷属魔法を上回れば隷属魔法は解除されるということになる。
リスタコメントスの動乱において、ジェクトは国王のエルリオットにこの封隷を用いて全ての獣人奴隷を解放している。
そのため本来であれば帝国貴族たちの主であるオルバールを狙うのが最も手っ取り早い方法なのだが、そのためにはドルガー将軍を相手にしなければならない。
マトワールの時でもそうだったが、バストラングのように桁外れの強さを持つ奴隷がいる場合はその奴隷を何かしらの方法で封じておく必要がある。
ゆえに、この場で帝国最強のドルガー将軍を解放できるかどうかが文字通りこの戦いの分水嶺になるのだ。
「お、おおおおおおああああああ!!!」
そして、拮抗が破られる。
断末魔のような叫び声をあげ、ドルガー将軍が片膝をついた。
「……」
両者の間に沈黙が流れる。
しばし流れ続けた重苦しい沈黙は、片膝をついた将軍によって破られた。
「なるほど、これが、お主の言っていた、対隷属魔法ということか」
ドルガーはそういうと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「見事なものだな。いや全くもって見事なものだ。この帝国の基盤そのものを覆しかねないこのような魔法を生み出してのけるとは、お主は本物の天才だな」
饒舌に語るドルガーは。
「だが」
と提言を口にした。
「惜しかったな」
「くっ」
ドルガーの一言に、ジェクトの方が表情を歪めた。
「魔力が切れたか? どうやら消耗が激しかったのはお主のようだったな。いや、むしろよく持ったというべきか? 隻腕という不利を覆し、このわしを追い詰めたのだからな。全く、その腕を失っていなければ、敗れ去っていたのはわしの方だったかもしれんな」
そう言いながら、ドルガーは肉厚の剣を片手にジェクトの元へと歩みだした。
その様子にジェクトは僅かばかり歯噛みする。
ドルガーの言う通り、ジェクトは隻腕というハンディを補うためにいくつもの高等魔法を同時制御するという荒業を行っていた。
その魔力消費量は膨大であり、まともに戦っていればあと数分も持たなかった。
そんな後先無視の戦いでなければ拮抗することさえままならないほどにドルガー・グランガイスという人物の実力は規格外だったのである。
それによる魔力の消費が、封隷を失敗させたというのは確かにある。
だが、それ以上に封隷が失敗した理由は他にあった。
「ドルガー将軍。あなたの身を苛む隷属魔法は、通常のそれではないのですか?」
ジェクトの問いに、ドルガーは「ほう」と感心したような声を上げる。
「ふむ。その通り。わしら帝国上級貴族の身に刻まれる隷属魔法は獣人どもにかけられるような隷属魔法とはいろいろと異なる。む? なるほど。貴様の対隷属魔法は、これを想定していなかったということか?」
ドルガーの問いにジェクトは無言で肯定する。
ドルガーの身に刻まれていた隷属魔法はジェクトの知る隷属魔法とは細部が異なっており、想定していたよりもはるかに多くの魔力を消耗してしまったのである。
それでも魔力が全快状態であれば力ずくで突破することは十分に可能だったのだが、ドルガーとの戦闘が完全にその足を引っ張ったのである。
「……やはり、私では一歩届きませんでしたか」
歩み寄るドルガーに対し、ジェクトは一言そう愚痴をもらした。
だが、そんな一言にドルガーは足を止めて答えた。
「いや、実際見事なものだ。このわしを相手に、それも隻腕でここまで渡り合える男など他にはおるまい」
どこか上機嫌そうにそう告げるドルガーは、しかし直後その表情を険しくした。
「お前ほど男が魔物如きに後れを取るはずなどありえん。貴様、ノーストンの小娘のためにその腕を捨てたな? お主が全力を出せれば、あるは好みに届いたであろうに」
「……愚かだ、と思われますか?」
ドルガーの指摘に、ジェクトは一言そう問い返した。
「私は、何の意味も価値もなく私の腕を賭けたつもりはありません。それは私の意図を薄々察しながらも猿芝居に付き合ってくださったドルガー将軍。あなたも同じなのではありませんか?」
ジェクトの問いに、ドルガーはフンと鼻を鳴らす。
「今のわしの胸中にあるのは、全快の貴様と戦ってみたかったという願望のみだ。しかし最早ここまでだな」
「……将軍」
そんな中、険しい表情を浮かべるドルガーに対し、ジェクトは一言声をかける。
「死ぬ前に、一言あなたに質問をしたい」
「なんだ?」
「なぜ、我々を見逃したのですか?」
唐突なジェクトの質問に、ドルガーは片眉を吊り上げる。
「……どういうことだ? なぜわしが貴様らを見逃したとおもう?」
そんなドルガーの問い返しに、ジェクトはドルガーを見ながら答えた。
「リスタコメントス。フォルシアン。二度に渡るあなたの侵攻作戦は、あなたの武勇を知る私から見ればあまりにも手緩いとしか言えないものでした。相手を叩き潰す前に撤退するなど、私の知るあなたではありえません」
「なにかと思えば。エベルスの馬鹿がわしの足を引っ張りオルバール陛下が勅命を下し戦闘続行が不能となった。それだけの話だろう?」
「いいえ」
ドルガーの指摘を、しかしジェクトは否と言い切った。
「あなたがあの状況下でエベルス将軍がしくじることを想定していないはずもなければ、皇帝陛下が勅命を下すということも予測していないはずもない。あの勅命は、エベルス将軍がしくじった結果として陛下が下されたのではなく、あなたによって下させられたものではないのですか?」
「……」
ジェクトの指摘に、ドルガーは表情を険しくしながら睨むようにジェクトの方を見た。
それに構わずジェクトは言葉を続ける。
「そもそも将軍が私達を本気で敵と認識していたのであれば、クウヤ殿とトリストス殿がこの地より逃亡した直後に自ら御出陣なされたはず。戦力の整っていなかった当時であれば、あなたがカーナイル領を制圧するのも容易かったはずだ。将軍、あなたは……」
「もう良い」
なおも言葉を続けようとするジェクトに対し、ドルガーはピシャリと言葉を区切った。
「貴様がそうやって晩節を汚すのは勝手だが、そんな見え透いた時間稼ぎに付き合うつもりなど毛頭ない。敗者は敗者らしく、死ね」
そう言うと、ドルガーはジェクトめがけて突撃した。
対するジェクトは、手にしていた杖で迎え撃とうとする。
が。
「遅いわ!!」
「ぐ!」
ドルガーの一閃がジェクトの杖を両断する。
魔力が枯渇寸前となっており、それに伴って体の動きも鈍くなっていたジェクトにはドルガーの一撃はあまりに重すぎたのだ。
さらに、ドルガーの一撃はジェクトの杖を叩き割るだけに留まらず、杖の持ち主の肩口を深く切り裂いた。
「くっ!」
とっさに身をひねり、ジェクトは致命傷を避ける。
が、肩口の傷からは凄まじいまでの血が流れ出しており、誰の目にも戦闘続行不可能なのは目に見えていた。
が、そんな程度で追撃の手を緩める帝国将軍ではない。
回避したジェクトめがけて再度踏み込み、その距離を詰めた。
「では、さらばだ」
そう言って、ドルガーはジェクトめがけて再度剣を振り下ろそうとして。
直後、大きく後方に跳躍した。
「ピュアアアアアアアアア!!!!!」
そして、ドルガーの耳に一匹の怪鳥の声が響き、ドルガーのいた地点を熱線が通過した。
そして、その熱線は真っ直ぐドルガーめがけて移動を開始する。
「チッ!」
城塞の壁と床を溶かしながら迫りくる熱線を前に、ドルガーは剣に魔力を纏わせ、熱線を切り返す。
双方の魔力が爆発し、その場に土埃が飛び散る。
「……」
そして、ジェクトに止めを刺しかけたドルガーは、睨むように立ち込める土埃の先を見る。
徐々に晴れる埃の先には、エルフの弓使いと、銀髪の女剣士、そしてジェクトに手を当てて手当を行う青年。
そして。
「シルディエ。か」
「リスタコメントス以来ですね。お父様」
正面から向かい合うのは、赤髪の槍使いにしてドルガーの実の娘、シルディエ・グランガイスであった。
「いかん!」
俺達が城塞へと迫る帝国軍の足止めをしている最中、突如セレスティーナがそんなことを口にすした。
「セレスティーナ様。どうされました?」
そんなセレスティーナに、フィナリアが務めて冷静に声をかける。
それに対し、しかしセレスティーナは焦燥を露わにしながら答える。
「ジェクト殿がドルガー殿の解放に失敗した!
既に満身創痍で、いつ止めをさせれてもおかくない状況にある!」
セレスティーナの一言に、フィナリアとシルディエが牽制の手を止める。
「援護の要請は!?」
「来ておらん! じゃがこのままでは拙い!」
セレスティーナの答えに、俺は焦燥の理由を理解した。
ずば抜けた気配探知力を持つセレスティーナの出した結論であれば、恐らくそれは間違っていない。
援軍の要請はセレスティーナの耳がいずれかの面々の救援の声を聴いた時。
つまり、ジェクト将軍は追い詰められながらも救援要請を行っていないということになる。
それはつまり手助けが必要ない状況なのか、あるいは増援を要請できないほどに追い詰められているかのどちらかである。
「フィナリア。どう見る?」
その状況に、俺はフィナリアに意見を求める。
この面子の中でジェクト将軍と最も付き合いが深いのは間違いなくフィナリアであり、将軍がどちらの状況にいるかを最も的確に判断できるのも彼女らだ。
俺の問いに、フィナリアは即断した。
「ジェクト将軍の援護に向かいます!」
フィナリアの判断に、俺達は頷いた。
細かい説明など聞いている場合ではない。
戦術面においてはフィナリアとシルディエが頭一つ分以上飛び抜けた判断力を持っている。
ゆえに。
「ジェクト将軍の援護となれば、相手は間違いなく父上。となれば」
「援護はこの場にいる全員で、かな?」
俺の問いに、シルディエは頷いた。
「クウヤ。ファーレンベルクに命令して父上を攻撃して。セレスティーナ様は父上の座標の指示を」
「了解」
そう言って、俺はファーレンベルクにセレスティーナの示す方向を攻撃しろと告げる。
「では、妾が射抜く先を」
そう言って、セレスティーナは弓を引き絞り、矢を放った。
直後、ファーレンベルクの口内から熱線が放たれ、それが城塞の一角を穿つ。
「行くわ!」
「うむ!」
そう言って、シルディエとセレスティーナがファーレンベルクの背から飛び降りる。
「ファーレンベルク。お前はここで兵士たちの足止めだ」
「クルゥゥ」
図体のデカいファーレンベルクが城内での戦闘に加わるのは好ましくない。
ゆえにファーレンベルクは引き続き城塞外の兵士の牽制を行ってもらう予定だ。
当然、俺もついていくことになる。
ファーレンベルク本来の力であればこの城塞に兵士を近づかせないことなど造作もないことなのだが、俺が背に乗っている場合だとそうもいかない。
極端なドッグファイトに俺が振り落とされかねないからだ。
そうでなくとも、俺一人では状況判断もままならない。
「じゃ、行くか」
「クウヤさん。私に」
お掴まりを。
そう言おうとしたフィナリアを片手で制する。
「なめるなよフィナリア。俺も魔法についてはそれなりに練習してんだ」
そう言って、俺は風の魔力を体に纏わせる。
これは俺がフィナリアに教えた魔法、微浮遊。
体重を極端に軽くし、身軽さを得る魔法である。
黙っていてもあちこちからやってくるけが人や病人の治療を続けていたため白魔法の腕は嫌というほど上がっていたのだが、戦場に出るために他の魔法も時折練習はしていたのだ。
「これは……いえ、さすがは私の魔道の先達者と言うべきでしょう」
そんな俺の魔法行使にフィナリアが感嘆の声を上げる。
「じゃ、行くか」
そう言って、俺はファーレンベルクの背から飛び降りる。
実戦で扱うのは初めてだが、練習はそれなりに行っている。
フォルシアンで夜な夜な微浮遊を使って木登りして(体重が軽いので超簡単)飛び降りるという練習を繰り返しているので、恐らく問題はない。
「……あ」
が、やはり実際に上空から飛び降りるのが初めての俺には誤算があった。
軽くした体が風に流されてしまったのだ。
「やべぇ」
真っ直ぐファーレンベルクがこじ開けた亀裂目指して落下していた俺は、どうにか起動調整しようとじたばたしてみるが、思ったより風が強いせいで思うように移動できない。
見る見るうちに城塞の端へと流されていく。
かといって微浮遊を解けば俺は着地した瞬間粉砕骨折決定……いや、下手しなくともお陀仏だろう。
となれば微浮遊を解かないまま流されるしかない。
しかしそうなると予想していた地点よりも大きく外れた地点に流されることになる。
しくじった感が漂い、俺は内心で冷や汗をかく。
だが、そんな俺は気が付けば誰かに手を取られ、引っ張られていた。
否、誰かではない。
今俺の手を引いているのは、俺より後にファーレンベルクの背を飛び降りたフィナリアだった。
俺と同様に風の影響を受けているはずのフィナリアは、しかしその風を別の風魔法で相殺しながらあっさりと軌道を修正している。
それも俺の手を引きながら。
そしてそのままフィナリアはファーレンベルクのこじ開けた亀裂の中に俺の手を引きながら飛び込んだ。
「……すまん。手間をかけた」
「いいえ。初めてとは思えない魔法の行使具合でしたよクウヤさん」
そう言って城塞内に飛び降りたフィナリアは、俺にそんなことを言いながら周囲を見渡す。
それにならって俺も周囲を見渡し……血まみれのジェクト将軍を見つけた。
「将軍!」
そんなジェクト将軍の姿を確認した俺は、即座にフィナリアの方を向く。
その様子に、フィナリアはコクリと頷く。
「ジェクト将軍をお願いします。私はあちらを」
フィナリアは、そう言いながら先に突入したシルディエとセレスティーナの方を向いている。
そして、シルディエとセレスティーナもフィナリアと同じ方向を向いている。
恐らく、その先にはジェクト将軍をこんなにした張本人がいるのだろう。
だが、そのことはともかくとして、俺はジェクト将軍の手当てを始めた。
「クウヤ殿。これは……」
息を荒げながら治療を始めた俺に対し、ジェクト将軍が問いかけてくる。
それに対し、俺はあらかじめ用意していたセリフを口にする。
「助けに来ました」
「……左様ですか」
そんな俺に対し、ジェクト将軍はおとなしく治療を受けながらフィナリア達と同じ方角を向いた。
そして、その視線の先の土煙の中から、一人の戦士がその姿を現した。
「シルディエ。か」
「リスタコメントス以来ですね。お父様」
そう言って、シルディエは手にしていた槍を構える。
その背後に、剣を構えたフィナリアと、弓を構えたセレスティーナが続いた。
その光景を前に、ドルガーはフンと鼻を鳴らす。
「女ばかりでこのわしに挑むつもりか?」
いかにも心外と言わんばかりのそのセリフに、しかしシルディエが真っ向から反論する。
「戦闘において、性別など何の言い訳にもならない。そうおっしゃったのは父上、あなたです」
「……屍をさらす覚悟はあるということだな?」
「いいえ。勝つのは私達です」
シルディエの迷いない一言に、ドルガーは笑みを浮かべる。
「面白い。どれほどの腕前か、見せてみろ」




