2人の将軍
『氷雨!』
ジェクト将軍が魔法を紡ぐと、無数の氷の礫がドルガーめがけて飛来する。
「小賢しい!」
飛来した無数の礫を、しかしドルガーはその刃の一閃によって巻き起こした爆風で弾き飛ばした。
凄まじい剣圧としか言いようがないが、礫の全てを吹き飛ばすことは出来ず、氷の礫が幾つもドルガー将軍に激突する。
ところが、有ろうことかドルガー将軍はその氷の礫をその身に受けながら弾き飛ばしたのである。
「!!」
しかし、直後ドルガーの表情が驚きに染まる。
氷の礫に気を取られたわずかな隙をついてジェクト将軍が踏み込んできたのである。
「はあぁ!」
裂帛の気合を放つドルガーとは対極的な短く込められた気合と共に、その右手に握られた杖をジェクト将軍は振り下ろした。
その鋭い一撃は、到底避けられる代物ではなかった。
「甘い!」
だというのにドルガーは正面からジェクト将軍の杖による一撃を、剣を持っていない方の腕で受け止めた。
「ハアアアア!!!」
ジェクト将軍とは対照的な裂帛の気合を乗せ、ドルガーが開いた手に握られた刃を振るった。
その一撃がジェクト将軍のわき腹に迫ってきた。
攻撃を受けられたばかりのジェクト将軍に避けられるはずもない。
「ふっ!」
しかし、ジェクト将軍のわき腹をえぐったかと思われた刃は、まるで通り抜けるかのようにするりと空振りに終わった。
「はっ! あらゆる攻撃を受け流すとされる水の魔道装甲か! 相も変わらず見事なものだな!」
「そちらこそ、あらゆる攻撃を弾き返すと言われる土の魔道装甲。堅すぎますよ」
軽くそんな言葉を交わし、ドルガーとジェクトは再びぶつかり合った。
そして双方の攻撃が真正面からぶつかり合う。
氷魔法と杖術を織り交ぜて全てのレンジを制するジェクトの猛攻は、その一撃一撃がまともな兵士の命を一撃で屠り去るような威力がある。
だが、そんな攻撃を束で叩き込まれているというにも関わらず、ドルガーはその攻撃を弾き、迎撃し、時に真正面から受けながらジェクトへと肉薄している。
中距離、長距離戦であれば魔法に長けたジェクトが有利。
だが近距離戦であればドルガーが有利。
それを理解しているからこそ、ドルガーは真っ直ぐジェクトめがけて突撃し、ジェクトはそれを迎撃している。
そして今一度ドルガーの手にしている刃がジェクトを捉えた。
だというのに、その刃は再び受け流されたようにジェクト将軍の体を傷つけることなく通り抜けたかのように振り抜かれる。
瞬きも許さないような戦いを繰り広げるジェクト将軍の戦いは、トリストスとはまた一風変わった技巧を凝らされていた。
ジェクトがドルガーの斬撃を受け流しているのは、魔道装甲と呼ばれる龍形成魔法と対を成す防御魔法である。
氷を扱うジェクトは、その元となる水属性の魔法にも長けている。
そしてその水を纏った魔道装甲は、その身に届く攻撃を受け流してしまうという特性を持っているのである。
対照的にドルガーの扱う魔道装甲の属性は土。
被用者にたいして強度と重量を大幅に強化するこの魔道装甲は、術者に対して絶対的かつ圧倒的な耐久力を与えてくれる。
ゆえにドルガーはジェクトの攻撃を正面から弾き返し、ジェクトはドルガーの間隙を身じろぎもせずに受け流しているのである。
『水鳴閃!』
ジェクト将軍が魔法を紡ぐと、虚空から高密度に圧縮された水が光線のように発射された。
「ぬ! 魔法を虚空から放つか!?」
その圧縮された水を、ドルガーは人間離れした反射神経で回避した。
しかし咄嗟の回避によって生まれたその隙をついてジェクト将軍がその杖を再び振るう。
魔道士のような恰好をするジェクトだが、一国の全軍を預かる将軍でありフィナリアの師匠だっただけあってその杖術は紛れもなく本物である。その丈捌きは明らかに常人のそれではない。
「はあ!」
だというのに、その杖の一撃をドルガーは避けようともせずに真正面から受け止めた。
「……獲れるとは思っていませんでしたが、まさか真正面から受けられてもダメージがないとは」
ドルガーが攻撃を受けるたびに鈍い音が城内に響くので決して威力が低いというわけではない。
間違いなくドルガーの耐久力が異常なのだ。
そのことを認識しているからこそ、ジェクトは今一度距離を置く。
「全く、感服いたしますよ。その圧倒的な強度を持つ魔道装甲と、人間界屈指の剛剣。帝国最強の異名は、伊達でもなんでもなく、事実を示していますね」
「抜かせ。そんなわしと易々と打ち合い続ける貴様もノーストン最強の名を冠するに恥じぬ腕前であろうが!」
そしてジェクト将軍の杖術を受けたドルガーは、その直後にすかさず反撃の一撃を叩き込んでくる。
トリストスの刀をへし折った時のような一撃ではないとはいえ、あの剛剣を受ければ真っ二つにならな方がおかしい。
だというのに、その一撃がジェクト将軍の体に触れた瞬間、まるで受け流されるかのようにその軌道を逸らされているのだ。
結果として、二人が近接戦闘で真正面からぶつかり合い互いの攻撃をその身で受けあっているように見えるのだが、双方には全くダメージが通っていないのだ。
攻防は幾度となく致命的な一撃をぶつけ合っているように見えて、その実双方に手傷らしい手傷は一つとして発生していない。
フォルシアンにてドルガーがファーレンベルクとフィナリアの攻撃を真正面から受けても何食わぬ顔で戦闘続行してのけたからくりもこの魔道装甲にある。
そんな二人のぶつかり合いは、はたから見れば千日手のように映るような代物だった。
しかしそんな拮抗は長く持たない。
魔道装甲は龍形成魔法と対をなす最上級魔法。
ゆえにその消費魔力も膨大。
である以上、そんなものを扱っている二人のぶつかり合いは既に全身全霊を持ってのぶつかり合いなのだ。
ドルガー将軍とジェクト将軍。
どちらも圧倒的な攻撃力を有していにもかかわらず、その攻撃が決定打にならないような防御魔法を両者が展開しているがゆえの拮抗であるのなら、どちらかの防御が崩れた瞬間が勝負の分かれ目になる。
そしてその防御の要が莫大な魔力消費を伴う魔道装甲だというのならば、二人の戦いが長続きしないのは理にかなっているのである。
そして、突如その拮抗が崩れ去る。
「カアアア!!」
「ぐっ!」
これまでドルガー将軍の攻撃を魔道装甲で受け流していたジェクト将軍が、手にしていた杖で一撃を受けたのだ。
両断されることは無かったが、その一撃の重さに耐えかねたのか、ジェクト将軍が弾き飛ばされ城の壁に激突した。
「……軽い」
そんな中、ジェクトを弾き飛ばしたドルガーがそんなことを口にした。
「両腕が健在であったころのお前であれば、あるいは我が身に届いたかもしれんが、今のお前の一撃ではわしの守りを削り取ることは出来ん。それを補うための魔法を絡めた戦いは見事の一言だったが、魔力の消費が激しすぎたようだな」
ドルガーの言葉に、壁に叩き付けられたジェクトは答えなかった。
そう。ジェクト将軍は片腕でドルガー将軍と打ち合っていたのだが、それは明らかに近接戦闘ではマイナスなのだ。
だがそのマイナスを補って余りある魔法を絡めた戦い方を持って互角以上にジェクトはドルガーと渡り合っていた。
だが、それはドルガー将軍が余力をもって挑んでいたのに対し、ジェクト将軍は後先考えず全身全霊を持って挑まなければ勝てないほどに不利な状態だったということでもある。
魔力消費の面から見れば、明らかに不利なのである。
攻撃と防御に惜しみなく魔力を使っていたジェクトが、防御にのみ魔力を使えばいいドルガー将軍とに渡り合い続けられるはずなど初めからなかったのだ。
「残念だったな。3年前、お主が右腕を失っていなければこんな醜態をさらすこともなかっただろうに」
「……せん」
そう告げるドルガーに対し、ジェクトは小さく何かを呟いた。
「なんだと?」
「醜態などではありませんよ」
ジェクトは、そういうと手にしていた杖を持ち上げた。
「ん?」
すると、いつの間にかドルガーの周囲にいくつもの氷の礫が浮かんでいた。
いつの間にか配置されていたその魔法を、ドルガー将軍は訝しそうに見渡す。
全方位を固めたその礫を回避することは不可能、しかし自分に通用するような代物ではないということを理解しているドルガーはそれがジェクト将軍の悪あがきに見えたのだ。
「なんの真似だ?」
疑問を口にするドルガー将軍を前に、ジェクト将軍は壁に背を預けたまま口元を動かした。
直後、ドルガーめがけてすべての礫が飛来する。
「小賢しいと」
それに対してドルガーは。
「言っておろうが!」
剣を振り回して爆風を引き起こすことで応じた。
しかしいくつかの礫がその爆風を突破してドルガー将軍の体に激突した。
『氷縛』
直後、ドルガー将軍の体にぶつかった礫がその体を凍りつかせた。
「貴様、なんの真似だ!」
ドルガー将軍はその身に魔力を滾らせ、凍りつかされた箇所を見る見るうちに溶かしていった。
あれでは数秒の時間稼ぎにしかならないことは誰の眼にも明らかであった。
だというのに、ジェクト将軍の顔に浮かぶのは笑みだった。
「終わりです。将軍」
微笑みながら、ジェクト将軍はそんなことを口にした。
「な、き、貴様!」
直後、ドルガーの目に信じられない光景が飛び込んできた。
魔力の塊がまっすぐにドルガー将軍めがけて飛来したのである。
その魔力の塊は、開戦直後に飛び去って行った氷龍だった。
「侮られましたね。将軍」
驚愕を露わにするドルガー将軍の前に、ジェクト将軍が笑った。
ドルガーが易々と弾き飛ばしてのけた氷龍を、あろうことかジェクト将軍はこれまでずっと遠隔操作で維持し続けてきたのだ。
この一瞬のために。
意表を突かれたドルガー将軍は、凍った体を鞭打ち迎撃せんと剣に魔力を込める。
その剣が黄土色に輝いた。
『断地斬!』
裂帛の気合と共に放たれたその一撃は、かつてトリストスの剣をへし折った一撃だった。
その一撃が、飛来する氷龍へと放たれる。
「オオオオオオオオオオオ!!!!!!」
その拮抗は、しかし長く続くことは無かった。
驚いたことに、片腕と片足が凍った状態でドルガー将軍が氷竜を真っ二つに切断してのけたのだ。
だが。
「それを、待っていました」
氷竜が両断された直後、ドルガーの体を氷の楔が貫いた。
「な!?」
楔に貫かれたドルガーの表情が驚愕に染まる。
これまでもジェクトは似たような魔法を幾度かドルガーに当てていたが、それらは一度として有効打になっていなかった。
だというのに、今回の一撃は見事にドルガー将軍の体を貫いていたからだ。
「いかにあなたと言えども、奥義を使う時まではその鉄壁の魔道装甲を維持することはできません。私の戦いは、初めからあなたが奥義を使うこの時のための布石だったのですよ」
そう言って、ジェクト将軍は壁から背を離した。
「ジェクト、お主!」
いったい目の前の敵はどれだけの魔法を並列処理して、何手先まで読んでいたというのだろうか。
その戦術眼も、その戦いに用いられていた魔法の技量も、自ら立てた作戦を淡々と実行する精神力も、何もかもが抜きんでている。
その事実に驚愕を覚えながらも、ドルガーは即座に行動に移す。
「こんな物…ぬ!?」
ジェクト将軍が撃ち込んだ楔をドルガー将軍が引き抜こうとした時、その表情が僅かばかり歪んだ。
「ドルガー将軍、今、あなたを呪縛から解放します」
そう言って、ジェクト将軍はその楔を通して魔法を紡ぎあげた。
『封隷!』




