マッチアップ
ジェクト、トリストス、バストラングの三名は、突如床を割って現れた獣人族の一団と対峙して困惑の色を見せる。
無論、隙を見せるような愚かなまねはしていないが、三人が三人そろって眉間にしわを寄せていたのである。
三人とて獣人と対峙することは想定していた。
エルリオットのように隷属魔法を使って獣人族を兵力として扱ったという前例があるため、当然三名はそのことを考慮にも入れいていた。
「おい。ジェクト」
「……ええ」
トリストスの問いに、ジェクトは数秒程度の思考の後に頷いた。
「トリストス殿とバストラング殿は獣人部隊の足止めをお願いします。ドルガー将軍とは私が戦います」
「……行けるか?」
床を割って現れた獣人部隊の数は十数名といったところだが、その床下には明らかにそれ以上の数の獣人族の気配がする。
こいつら全員に妨害を受けながらドルガーと戦うのは確かに厳しい話だろう。
そんなトリストスの問いに、しかしジェクトはフッと笑みを浮かべる。
「私は元々あなたたちなしでドルガー将軍と一騎打ちする計画を練っていたのですよ?」
「そうかよ。なら」
トリストスがそういうと、隣でバストラングがその戦斧から黄土色の魔力を滾らせだした。
「任せるぞ」
「ええ。そちらの事はお任せします」
ジェクトがそういうと、バストラングは手にしていた戦斧を振り下ろした。
直後、城塞が揺れ、部屋が跡形もなく崩れ去る。
元々平原に大穴を開け、騎馬隊の進撃さえも止めてのけた一撃だ。
建物の中で用いれば部屋の一つや二つは平気で崩れ去る。
同時に、トリストスはその場にいた獣人たちの中からドルガーの援護に向かおうとする連中を牽制しようとしていた。
しかしそのトリストスの行動は実行されなかった。
なぜなら獣人たちは誰一人としてドルガーの援護に駆けつけようとしなかったからである。
「……」
気が付けば、トリストスはバストラングと共に城塞の下層へと落下していた。
その場にいるのはおよそ100名程度の獣人たち。
先ほどのバストラングの一撃は3階層を軽くぶち抜いたのだが、その余波に誰も巻き込まれていないのである。
「さて」
そんな光景を前に、トリストスは長刀を構える。
その眼前で、ドルガー軍の甲冑を纏った獣人たちが得物を構える。
「その様子じゃあ俺達が加勢に行くのを止める気満々って感じだな」
そう言って、トリストスは自分の隣に立つ巨漢の獣人の方をちらりと見た。
バストラングも、トリストスと同様に戦斧を構えて獣人部隊と対峙する。
対する獣人部隊は、トリストスとバストラングをこの場から逃がすまいとはっきりと闘志をむき出しにしている。
「……とりあえず、相手をしてやるよ」
その光景に違和感を抱きながらも、トリストスは真っ直ぐに獣人たちに肉薄する。
それに合わせるかのようにバストラングも真っ直ぐ追従した。
「で、わしと一騎打ちするのが貴様の立てた策ということか?」
バストラングがぶち壊した部屋に繋がる通路にて、ジェクトと対峙するドルガーはそんなことを口にした。
周囲の壁は破壊され、天上や床にも無数の日々が入っている。
バストラングが戦斧を振り下ろした一瞬に、ジェクトはドルガーめがけて杖を手に一撃を叩き込んだのである。
その一撃を、ドルガーは真正面から迎撃し、結果として双方は幾度か互いの獲物を叩き付けあったのちに移動していたということだ。
「お前たちがここにいるということは、当然あの炎鳥を用いてこの地に襲撃をかけたということなのだろう?」
断定に近いドルガーの問いに、ジェクトは肯定も否定もしなかった。
しかしそんなジェクトの態度に、ドルガーは得物である肉厚の剣を構えながら話を続ける。
「まさしく飛んで火にいる夏の虫。お前たちを葬ればこの戦いは終わりになる。それがわからぬ貴様らではないだろうに、なぜこんなところにいる?」
有無を言わさぬドルガーの問いに、ジェクトは答えた。
「世界を救うために」
「はっ! 世界を救うだと? 貴様、正気でそんな戯言を口にするつもりか? 今貴様らがやっている事こそこの人間界に混乱を巻き起こしているというのにか!? 魔族がいつ襲撃をかけてくるかもわからぬ今、この国に不要な反乱を巻き起こす貴様らが何の大義を持って世界を救うなどと口にする!?」
かつてフィナリアに投げかけた言葉を、ドルガーはジェクト将軍に対して投げかけた。
そして濃密な殺意と共に投げかけられたその言葉は、かつてのそれよりもはるかに重かった。
しかし、ジェクト将軍はそれに対して何のためらいもなく答えた。
「将軍。あなたもとうに理解しているはずです。世界が前に進もうとしていることを。5000年間の停滞が破られようとしていることを。この人間界全土を巻き込んだ動乱が、この世界の転換期を示しているということを」
「……」
あふれんばかりの殺気を持って睨みつけるドルガーの前に、ジェクト将軍は言葉を続ける。
「赤き炎鳥の宿主であるクウヤ殿と、我が主の娘フィナリア様。彼らが呼び起こした新たな息吹が、この世界の5000年にも及ぶ沈黙を破ってくれました。この先、世界は正しい姿を取り戻すために動き出します。そのためには、古き悪しき風習の全てを断ち切らなければなりません。そのために血を流すことが必要であるのならば」
そう言ってジェクト将軍は杖を構えた。
「私はこの人間界を血で染め上げることに何のためらいもありません」
そんなジェクトの一言に、ドルガー将軍は僅かに視線を空へと向け…再び濃厚な殺気を叩き付けた。
「今の言葉、撤回するならば今の内だぞ?」
「お断りします。今日、この場を持って、私は帝国を滅ぼします」
ジェクト将軍がそう口にしたとき、ドルガー将軍の姿が掻き消えた。
直後、ドルガーの剣とジェクト将軍の杖がぶつかり合い、鍔是いりあっていた。
遅れてやってきた衝撃波によって二人の足場にひびが入る。
「帝国軍の将として、今の言葉を許すわけにはいかん。帝国を滅ぼすというのならば容赦はせん。覚悟しろ」
「覚悟ならとうにできています」
そう言うと、ジェクトは魔力を練り上げる。
直後、ジェクトの背から再び氷の竜が姿を現した。
「私は、来るべき未来のために、この身の全てを捧げる所存です」
そう言うと、ジェクトが作り上げた氷竜がドルガーめがけて襲い掛かった。
「ハアアアアアアア!!!!」
それに対して、しかしドルガーは下がるどころかさらに大きく踏み込んだ。
踏み込み、片手でドルガーの剣を受け止めていたジェクトを弾き飛ばした。
ジェクトを弾き飛ばしたドルガーの元へと氷龍の咢が迫る。
だというのに。
「オオオオオアアアアアアア!!!!!」
裂帛の気合と共にドルガーは氷竜を弾き飛ばした。
ジェクト将軍の氷竜はフィナリアの風竜以上の魔力を込められているように見えたが、それをドルガーは物の数ではないとばかりに打ち破ってしまったのだ。
ドルガー将軍を喰らいきれなかった氷竜は、そのまま城を壊しながら飛び去って行った。
「その覚悟が本物だというのなら、示して見せろ」
「ええ。そうさせていただきましょう」
そう言うと、弾き飛ばされたジェクト将軍もすぐさま杖を構えた。
「始まったのう」
ファーレンベルクの背に乗って、風穴の空いた城塞を眺める俺の隣でセレスティーナがそんなことを口にした。
始まったというのは、突入した三人の戦闘についての事だろう。
俺にはさっぱりわからないが、セレスティーナにははっきりとわかるのだろう。
「セレスティーナ様。状況はどうなっていますか?」
「件の帝国将軍とは、ジェクト1人で対峙しておるようじゃな。他の面々はドルガー軍の兵士に足止めされておるようじゃ」
「ん?」
セレスティーナの一言に、俺は疑問符を浮かべた。
「あの二人を足止めできる部隊が父上の部隊にいると?」
俺の浮かべた疑問をシルディエが口にする。
トリストスとバストラングの二人はまともな兵士では何百人何千人が束になっても歯牙にもかけない天賦の超人だ。
フォルシアンで遭遇したドルガー軍も相当なものだったが、トリストスやバストラングをどうにかできるレベルではないように思える。
にもかかわらずそれが成っている。
その事実に俺は僅かに眉をひそめていた。
そして、そんな俺たちの疑問にセレスティーナは頷き答えた。
「どうやらドルガー軍には獣人族の部隊が存在しておった様じゃ。トリストスとバストラングはその部隊に足止めを受けておる」
「……は?」
セレスティーナの一言に、俺はフィナリアの方を向いた。
同じことを思い至ったのか、フィナリアも心底意外そうな表情を浮かべている。
「まさか、ドルガー将軍がエルリオットと同じようなことを?」
そう。
俺達は一度だけ獣人族の軍と戦ったことがある。
リスタコメントス解放戦の際に戦ったエルリオット軍の先兵として、隷属魔法をかけられて無理やり徴兵された獣人部隊である。
正直言ってその可能性は考慮に入れてはいたが、ドルガー将軍がその手法を用いてくるというのは以外極まりなかった。
「……それで、状況は? 私達の援護は必要そう?」
戸惑う俺たちを尻目に、シルディエがセレスティーナに対してそんな疑問を投げかける。
それに対し、セレスティーナは首を横に振った。
「三人は誰もこちらに対する援護を要求しておらん。動くなということじゃろう」
「そうですか。なら、私達の仕事をしましょう」
そう言って、フィナリアはその手から風を、シルディエは雷を生み出し、セレスティーナは手にしている弓を構えた。
ついでに、ファーレンベルクも口内に炎を蓄えている。
当面、俺たちがやることはこの城塞内にヴァルシア内の兵士が入り込んでこないようにすることである。
城塞内の異変も、その上空に浮かぶファーレンベルクの姿も見えているため、兵士たちがワラワラと集まってきているのである。
「……俺も援護した方がいい?」
一応俺も攻撃魔法は一通り扱えるのだが、白魔法ほどに扱いなれているわけではないためあまり威力が出ない。
それでもないよりはましか?
と思って問いをかけてみたが、そんな俺の提案をフィナリアがニコリと笑って止めた。
「クウヤさんはいざという時のために魔力を温存しておいてください」
「……へい」
分かっていたこととはいえ、あっさりとそう告げられて俺は少々肩を落とす。
白魔法は一角の腕前があるとはいえ、白魔法の習熟に時間を割いてしまった俺には攻撃魔法の練度が根本的に足りないのである。
「クウヤ」
そんなふうに肩を落とす俺に、シルディエが一言声をかける。
「あなたの魔法は、必ず必要になるわ。だから余計なことは考えないで」
シルディエの一言に、俺は暫し後に頷いた。
フィナリアのように大人な対応をされると凄まじく無能感を抱いてしまうのだが、その辺シルディエのように役割分担と説得されるとやや気が楽になる。
って、俺ほんとに気を使われまくってんな。
少ししょげる。
「さて、おしゃべりはそのくらいにしておけ。来るぞ」
セレスティーナがそういうと、あちこちから城塞めがけて兵士たちが集まりつつあった。
それに対し、フィナリア、シルディエ、セレスティーナ、ファーレンベルクが控えていた魔法を放つ。
『招雷!』
『大旋風!』
『風弓!』
それぞれの魔法が放たれ、城塞の入り口へと続く道周辺の家屋が破壊される。
その瓦礫が道をふさぎ、兵士たちはその状況に右往左往している。
「仕上げたファーレンベルク」
「ピィ!」
俺の指示に頷き、ファーレンベルクは倒壊した家屋めがけて火炎放射を放つ。
その火炎が倒壊した家屋を焼き、炎の壁が道をふさいだ。
これでしばらく帝国兵は城塞へと移動することはできないだろう。
とはいえ、所詮こんなものはただの時間稼ぎに過ぎない。
魔導師たちが数名出てくればすぐに突破される程度の気休めだ。
よって俺たちは状況に応じて臨機応変に動かなければならない。
そして、その要を担っているのが、圧倒的な情報収集力を持つセレスティーナである。
彼女の飛び抜けた状況把握能力は、城塞内での戦闘の詳細と、このヴァルシア内の兵士たちの配備まで掴んでいることだろう。
ゆえに判断は彼女に任せている。
俺たちはそれに応じて動くだけの話だ。
「む?」
そんな中、突如セレスティーナが弓を降ろして城塞の方を向いた。
「どうかされましたか?」
フィナリアの問いに、セレスティーナは頷き。
「うむ。ジェクトとドルガーの戦いが佳境に入った様じゃ」
最も重要となる二人の将軍の戦いが佳境に入ったことを告げた。




