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ドルガーの隠し玉

「隷属魔法?」


 ヴァルシア襲撃の6日前。

 リスタコメントスに到着した翌日に、俺たちはより具体的な行動方針についての打ち合わせを行っていた。


「ドルガー将軍に隷属魔法が刻まれていると?」


 俺の問いに、ジェクト将軍は頷き応じた。


「一般には知られていませんが、帝国の上級貴族と呼ばれる方々の身には隷属魔法が刻まれています。帝国皇帝という絶対権力は腐敗に腐敗を重ねていますが、それでも5000年間も瓦解してこなかった理由がそこにあるのです」


 言われて俺は帝国という組織の異常さに気が付く。

 5000年という長きに渡って帝国は絶対権力を欲しいがままにしてきたわけだが、考えてみればそこに内乱が一切発生していないというのは奇跡というのもおこがましいほどの低確率だ。


 飴と鞭。


 人を服従させるにはその二つを与えることが最も効率的とされているが、なるほど帝国の制度に隷属魔法が組み込まれているのならそれはこの上ない飴と鞭の組み合わせだ。

 帝国の上級貴族というのが要塞都市ヴァルシアにたむろしていた連中のことを指すのであれば、その懐は肥えに肥えていることだろう。


 そんな連中なら権力欲しさに内乱の一つや二つ起こしても不思議はなさそうなものだが、それを隷属魔法が封じているというのであれば内乱が起こらないのも納得がいく話だ。


 俺たちがそこまで思い至ったのを見計らい、ジェクト将軍は話を進めた。


「ドルガー将軍は竜号の功績という特殊な形で上級貴族の仲間入りを果たしていますが、その際に隷属魔法を刻まれたのは間違いないでしょう。である以上、その隷属魔法を解くことが出来れば」


「ドルガー将軍を味方につけることが出来るかもしれないと!?」


 ジェクト将軍の言葉を遮り、俺はそんな問いを口にした。

 ドルガー将軍が味方になってくれるとしたら、それはどれだけ頼もしいことだろうか。

 帝国最強の将軍にしてシルディエの父であるドルガー将軍は、ヴァルシアにてトリストスを下し、リスタコメントスでバストラングを叩き潰し、フォルシアンでは俺たちを追い詰めかけた正真正銘の怪物だ。


 正直なぜあんな武人が帝国側についているのか分からなかったが、隷属魔法が刻まれているとなれば話は別だ。

 バストラングを始めとする獣人族はあの隷属魔法で望む望まないにかかわらず戦場に引っ張り出されている。


 逆を言えばそれをどうにかできればドルガー将軍を味方に引き入れることが出来るということなのだ。


「とはいえ、隷属魔法をそう簡単に解くことが出来るのですか?」


「普通は無理でしょう。ですが、ジェクト将軍ならば可能です」


 シルディエがいれた横やりに、フィナリアがそう言葉を返した。

 そんなフィナリアに対し、シルディエは興味深そうに視線を向けた。


「……詳しく話を聞いてもいいかしら?」


「ノーストンは、長年帝国に反旗を翻す用意をしてきました。そしてその一環として隷属魔法を封じる魔法『封隷』の研究を行ってきたのです」


「隷属魔法を封じる? そんなことが出来るものなの?」


 シルディエの問いに、フィナリアはジェクト将軍の方を向いた。

 それを受け、ジェクト将軍は口を開く。


「この魔法はまだ未完成の魔法なので、私以外に扱える方はいません。ですが、可否を問われるのであれば可能です」


「……では、父上の隷属魔法を解除できると?」


「ええ」


 ジェクト将軍の答えに、しかしシルディエはなぜか複雑な表情を浮かべていた。


「シルディエさ、シルディエ。何か気になることでも?」


 俺の問いに、シルディエは顔を上げた。


「父上は隷属魔法をかけられたくらいで意志をまげるような方ではないわ。己の義にそぐわなければ命を捨てて戦いを挑むのが父上だもの」


「ああ、そりゃ言えてるな。あのオッサンは間違いなくそういう手合いだ」


 シルディエの一言に、トリストスがそんな一言を差し込んだ。

 隣でバストラングも軽く首肯している。


 確かに、ドルガー将軍が隷属魔法程度で帝国に服従を誓うとは考えにくい。

 隷属魔法と貴族制度。

 究極の飴と鞭といって差し支えないこのコンボだが、それは貴族制度という飴を欲しがり、隷属魔法に縛られることを良しとする人物に有効なものだ。

 

 軍事に関しては素人な俺から見ても、ドルガー将軍は典型的な武人だ。

 隷属魔法の一つや二つかけられたところで、捨て身覚悟でことを進めそうな感じがするのだが……。


「無論、隷属魔法を解いただけでドルガー将軍がなびくとは私も考えていません」


 そんなことを考える俺の耳に、ジェクト将軍のそんな一言が届いた。

 

「ドルガー将軍は、人間界最高の武人です。隷属魔法一つで将軍を縛り付けるなど不可能でしょう」


「……つまり、父上にはそれ以外の目的があると?」


「ええ。少なくとも私はそう見ています」


 ジェクト将軍の解答に、シルディエが鋭い目線を向ける。

 

「では、隷属魔法を解いても意味がないのでは?」


 そんなシルディエの指摘に、俺たちは揃ってジェクト将軍の方を向いた。

 しかし、ジェクト将軍は全く動じずに話を続ける。


「『封隷』は未だ未完成の代物です。現状、封隷は隷属魔法を解除するのではなく、力ずくで破壊するという代物であり、だからこそ私以外には扱える者のいない魔法となっています」


「……それで?」


「その服地作用として、封隷を受けた相手は体内の魔力をかき乱され、魔力欠乏状態に追い込まれるのです」


 ジェクト将軍の一言に、俺を含めた全員が言葉を失っていた。

 魔力欠乏状態。

 かつてファーレンベルクを治療する際に俺が陥り、フィナリアがエルリオット戦で味わった症状。

 

 魔力欠乏状態に陥ったとあれば、少なく見積もっても数日間は戦闘不能になるのは間違いない。

 つまり。


「父上を殺すのではなく、捕縛することが目的だと?」


 シルディエの問いに、ジェクト将軍は頷いた。


「ドルガー将軍は人間界に必要な御仁です。将軍を殺すのは人間界に対する負担が大きすぎます」


「なるほど。となると、俺たちの仕事はあのジジイにあんたが封隷をかますまで足止めすることか?」


 トリストスの一言に、ジェクト将軍は頷いた。


「セレスティーナ殿。あなたであればドルガー将軍の位置を特定することも可能かと思いますが、いいかがですか?」


「無論、問題はない。あれほどの怪物の気配なら嫌でもわかる」


「では、作戦決行時にその位置をお伝えください。第一目標はドルガー将軍の捕縛。そして、第二目標としてオルバール・L・トルデリシアの始末です」


「……一つ、質問していいですか?」


 俺の問いに、ジェクト将軍は頷き先を促した。


「ドルガー将軍に隷属魔法がかけられているなら、その契約者は誰になるんです?」


「まず間違いなくオルバール皇帝でしょう」


「なら、そいつを狙った方が早いんじゃあ?」


 俺の問いに、しかしジェクト将軍は首を横に振った。


「クウヤ殿の指摘はもっともですが、それを行うと戦場が見えなくなります」


「戦場が見えなくなる?」


 ジェクト将軍の表現に、俺は首を傾げる。

 そんな俺に、ジェクト将軍は説明を続けた。


「ドルガー将軍と対峙した場合であれば、恐らく将軍との正面衝突となるでしょう。しかし、オルバールを狙った場合、かの御仁がどのような判断を下すかが分かりません。例えばドルガー将軍を始めとする帝国軍全体に『死守せよ』と命令を下せば、私たちは相打ち前提のドルガー軍と寡兵で戦いを挑むことになりかねません」


「……なるほど」


 そりゃあ確かに厄介だ。

 もしそうなったら封隷を使うどころの話じゃなくなるだろう。


「ドルガー将軍とは、どのような形であれ対峙することになるのは間違いありません。そして、ドルガー将軍を下せばこの戦いはこちらの勝利となります。である以上、私たちが真っ先に狙うのはドルガー将軍だと私は考えております。何か異論は?」


 ジェクト将軍の問いに、俺たちは沈黙を以て返した。

 帝国攻略戦における最大の難敵はドルガー将軍であり、まず真っ先にドルガー将軍を標的にするというのは理にかなっているからである。







 そして、その作戦の元、俺たちはファーレンベルクに乗って国境付近にて小競り合いを繰り返す連合軍と帝国軍をまたぎ去り、上空から要塞都市ヴァルシアを睥睨していた。


「女王。あいつは今どこに?」


 トリストスの問いに、セレスティーナは迷わず一点を指さした。

 その先にあるのは、かつて俺とトリストスが連行された城塞じみたひときわ大きな建物であった。


「あの城塞のほぼ中央地点におるな」


「でしょうね。あそこはヴァルシアの中央に位置する司令塔に当たる場所。ドルガー将軍であれば、その中央にて総指揮を執るでしょう」


「ジェクト将軍は、このヴァルシアを御存じなのですか?」


 フィナリアの問いに、ジェクト将軍は頷いた。


「5年ほど前、一度だけ。戦において非常に合理的な構造をしていましたので、その構造はよく覚えています」


 そういうと、ジェクト将軍はその全身から魔力を迸らせだした。


「では、早速始めましょう」


「おう!」


 ジェクト将軍の一言に、トリストスが気合の入った声を上げ、バストラングがコクリと頷いた。

 こちらの手筈は極めて単純。

 ジェクト将軍が魔法でドルガー将軍のいるであろう部屋までぶち抜き、そこからトリストス、バストラングを含めた三名が突入するというものだ。


「では、『氷龍弾!』」


 ジェクト将軍の一言で、まっすぐに氷龍がヴァルシアへと突っ込んだ。

 そして、それに続くようにバストラング、トリストス、ジェクト将軍の三名がファーレンベルクの背から飛び降り、真っ直ぐに氷龍がこじ開けた穴から飛び込んだ。


「……」


 その光景を見ながら、俺は一抹の不安を抱いていた。

 ジェクト将軍に、トリストス、バストラング。

 誰もかれもが一騎当千というのも甘い益荒男なのは間違いないのだが、それでも不安が残るのは、敵もそれと同等かそれ以上の怪物だからなのだろう。


「不安ですか? クウヤさん」


「……まあな」


 俺の返答に、フィナリアもやや目つきを鋭くしてジェクト将軍の開けた風穴の方を見た。


「あのお三方の前では、私達であっても足手まといとなりかねません。今は、あの方々を信じて待ちましょう」


「……だよな」


 なおも不安がぬぐえない俺に、セレスティーナが声をかける。


「心配するでない。城内の状況は妾が把握できておる。必要があれば突入するさ」


「……」


 セレスティーナがそういう傍らで、シルディエはただ黙して城塞を睨んでいた。

 触れれば切れるような鋭さを持つようなシルディエの視線に、俺はいつでも突入できる心構えだけは乱さないようにしていた。






「ほう、各国最強の戦士が勢揃いといったところか?」


 そして、ヴァルシア内に突入した三名は、早々とドルガー将軍と対峙していた。


「お久しぶりですドルガー将軍。私のことを覚えておいででしょうか?」


「忘れるはずもあるまい。ノーストン最強の武人ジェクトよ」


 まるで雑談でも交わすかのようにそんなことを口にする二人に対し、しかしバストラングもトリストスも口を挟まなかった。


「で、お前がここに来たということは」


「はい。帝国を滅ぼしに参りました」


 ジェクトの放った一言に、ドルガーはフンと鼻を鳴らした。


「三年前に死去したはずの王女が生きていた時点でおおよそ察しはついていたが、やはりそういうことだったか。お主、このわしを謀ったな?」


「謀ったとは人聞きのわるい。ドルガー将軍も分かっていて謀られたふりをしてくださったのでしょうに」


「フッ。だとして、お主はこんなところでわしと雑談を交わしている場合か? 奇襲する側であるお主がもたもたしていては、こちらの包囲が完成するぞ?」


 そんな指摘をするドルガーに対し、ジェクト将軍は笑みを浮かべたまま答えた。


「では本題に移りますが、将軍。あなたは隷属魔法がかけられているのですか?」


「……」


 ジェクトの問いに、ドルガーは暫し黙したのちに首肯した。


「無論だ。我々帝国の上級貴族の身には皇帝陛下への忠誠の証として絶対服従の隷属魔法が刻まれている」


「では、それを解除する方法があったとして、ドルガー将軍はどうされますか?」


 ジェクト将軍の問いに、ドルガーは様子を伺いながら答える。


「そんなものがあったとしても、わしが取る行動に何ら変わりあるものではない。知らぬわけではあるまい。わしはトルデリシア帝国将軍。ドルガー・グランガイスだぞ?」


「……左様ですか」


 説得は無意味。

 この場で長々と説得して意志が変わるほど、ドルガー・グランガイスという人物の考えは浅くはない。

 ゆえに、一言問いかけてダメであれば実力行使に出るしかないとあらかじめ決めてあったのである。


「では、力ずくで行わせていただきます」


 ジェクト将軍の一言に、バストラングとトリストスが腰を落として得物を構えた。

 一瞬の先に大激戦が始まるであろう緊迫の中、しかしドルガー将軍はニヤリと笑みを浮かべた。


「一つ聞いておくが、お主らはわしがこのヴァルシアの地を襲撃されることを想定していないと思っているのか?」


「ッ!」


 ドルガー将軍がそう言った時、ジェクト、トリストス、バストラングの三名はほぼ同時に後方に飛び退った。


 直後、三人が立っていた床が破壊され、下方から武装した兵士たちが飛び出してきた。


「なに!?」


 その光景にトリストスが驚愕の声を上げる。

 そしてバストラングとジェクト将軍は、驚愕を口にすることこそなかったにせよその表情に緊張をにじませた。


 床を破壊して部隊が現れたからではない。

 床を破壊して飛び出してきた部隊の容貌を見て、である。


「バストラング。こいつらお前のお仲間か?」


 トリストスの問いに、バストラングはコクリと頷いた。

 床をぶち抜いて現れた部隊は、完全武装した獣人族たちだったからである。


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