ドルガー・グランガイス
「北方国境警備軍配置完了!」
「同じく、西方国境警備軍用意良し! ノーストン側には15万の軍が布陣しているとの報告有!」
「南方警備軍、配置完了まであと半日ほどかかるとの報告が挙がりました! リスタコメントスが牽制をかけているため、配備が遅れている模様です!」
次から次へとドルガーの元へと報告が挙がってくる。
現在帝国の防衛を一手に担うのがドルガーであるため、通信水晶によってもたらされる様々な情報を部下たちが選別して持ってくるのだ。
現在ドルガー軍1万名は四隊に分かれており、3000を格国境付近に配備し、最精鋭1000名をこのヴァルシアへと置いている。
その部隊の隊長たちが各国境の指揮を取っているのだ。
ドルガー軍は一万名で帝国全土を駆け巡りながら治安の維持に努めるという離れ業をやってのけている部隊である。
そのため、兵士や隊長たちの情報伝達能力や指揮能力は凄まじく高い。
「南方の配備を急がせろ。防御を固め、敵軍が侵攻できない状況を造り上げるのだ」
「了解!」
南方国境警備軍の伝令を持った兵士が敬礼をしてその場から立ち去る。
それを見届け、ドルガーは腕を組んだまま瞑目した。
軍の指揮を取り始めてからというもの、まとまった休息など全く取っていない。
そのため、こうしてできたわずかな時間だけでも瞑目して仮眠を取っているのだ。
作戦指揮中に居眠りをしているに等しい行為だが、ドルガーの配下は誰も文句は言わない。
それが最善であると知っているからだ。
「しばし休息を取る。何かあればすぐに呼べ」
「は! 了解しました!」
ドルガーが目を閉じたままそう言うと、兵士は部屋から出て行った。
次の報告が入るまでのわずかな時間だが、そのわずかな時間だけでも睡眠に当てることが出来なければ軍人などやっていられない。
「……」
半ば強制的にドルガーは椅子に座ったまま意識を落とす。
有事の際に戦力となるためには、5秒であっても休息を取る必要があるからである。
自らの意思で自由に眠り、自由に覚醒できるのもまた軍人の素質。
そして軍神ドルガーであればそれを自在に操れて当然である。
ドルガーはそのまま眠りに落ちた。
周囲への警戒を怠らぬままに。
剣戟が響き渡る。
剣を打ち合わせているのは一人の壮年と一人の少年だった。
剣を持つ少年の名は幼き日のドルガー・グランガイス。
そしてその少年と相対するのは当時のグランガイス家の当主にして、ドルガーの父ホルキス・グランガイスであった。
「はあぁ!」
一層甲高い剣戟が響いたとき、ホルキスの手から剣が叩き落とされた。
剣を叩き落とされたホルキスに少年は剣を向ける。
「…参った」
「ありがとうございました」
そう言うと、少年はぺこりと頭を下げて剣を下げた。
「全く、早くもわしの手に負えぬ腕を身に付けおったな」
「いえ、今回の一勝は偶然の賜物です。まだまだ父上には学びたいことがたくさんあります」
「……そうか、そう言ってくれるか」
少年ドルガーの言葉に、ホルキスは目を細めた。
ホルキス・グランガイスは武門のグランガイス家当主の名に恥じず、単独で竜種を仕留めるほどの腕利ききである。
にもかかわらず、ドルガーは幼少期を脱したあたりで既にそんなホルキス相手に一本を取れるほどの腕前となっていた。
今日の一戦は少年にとって初めて父に勝利した日でもあったが、同時に二度と父に負けなくなった日でもあった。
「ドルガー。お前の武才はわしの足元にも及ばない。その才、決して野に埋もれさせることが無いように磨き上げろ」
「はい!」
「よし。では、今日の訓練はここまでだ」
ホルキスがそう言うと、ドルガーは一礼をしてその場を去った。
(…夢、か)
脳裏に映し出される幼少期の光景をみて、ドルガーはそれが夢だと気が付いた。
夢を見るほどに熟睡していることに気付いたドルガーはすぐにでもこの微睡を振り払おうかと考えたが、切迫している事態が迫っているというわけでもないのでこのまま眠り続けることにした。
いかに熟睡していようと敵襲があればわが身は己の意思にかかわらず敵を迎え撃つ。
ならば今はいずれ来る敵に備えて微睡につかるのも悪くはないと思った。
夢の場面は移り、少年だった自分が青年と呼ばれる年のころとなった場へと移っていた。
「ハアアアァァァ!!」
裂帛の気合と共にドルガーの持っていた剣が空を切った。
たたき切られた空気が衝撃波を巻き起こし、何十人もいる兵士たちを吹き飛ばした。
「そこまで!」
ホルキスの声が響くと、青年ドルガーは剣を納めた。
その眼前には100人近い兵士が倒れ伏していた。
兵士たちは皆ドルガー1人に倒されていた。
別に誰一人として重傷を負っているわけではないのだが、逆に100人を相手に全員を軽傷で済ませられるという事実に誰もが戦慄していた。
少年と呼ばれた時期で既に領内で最も強かったホルキスを上回る武勇を持つようになったドルガーの相手は既に領内にはおらず、彼はいつの間にか腕利きの兵士たちをまとめて相手するようになっていた。
初めは2対1だったその訓練は、気が付けば3対1、4対1と増えていき、青年と呼ばれる年となるころには100人を同時に相手取るようになっていた。
「父上、約束通り、100人を相手に勝利しました」
「……うむ。お前は本当に強くなったな」
先ほどドルガーが打倒した100名はホルキスが育て上げた精鋭であった。
それをドルガーは難なく単身で打倒した。
最早ドルガーがホルキスに卸せるような存在ではないことは、本人も含めて誰もが理解していた。
「では、約束通り他の領地を見ることを許そう」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、青年だったころのドルガーは頭を下げてその場を後にした。
「…よろしかったのですか?」
一人の兵士がホルキスに向かってそんな問いを口にした。
その兵士の問いに、ホルキスは首を縦に振った。
「いい。ドルガーは最早このような僻地に収まるような器ではない。本来であれば、あれは一国を率いる器の持ち主だ。その目は、自然と外へと向けられるのだろうさ」
「しかし、グランガイス様」
口ごもる兵士に対し、ホルキスは分かっているとばかりに頷いた。
「言いたいことは分かる。しかし避けては通れないことでもある」
「…左様でしたか」
そう言って、兵士は下がった。
そして、青年は現実というものを知った。
「…なんだ。これは」
幼少期から剣の腕を磨くことに尽力していたドルガーは自らの領地を出たことは無い。
それはドルガーが領地の外に興味を持たなかったのではなく、ホルキスに止められていたからだ。
そしてホルキスはドルガーが他の領地を見るために二つの条件を出した。
一つはグランガイスの領内において最強となること。
二つは何を目にしても決してその武を振るわないことだった。
その二つの約束の内の片方である領内最強の武を示したドルガーは、隣の領地を見てその光景に唖然とする。
そこには、悲劇が広がっていた。
誰もかれもがまるで幽鬼のように表情を曇らせながら仕事をしていた。
グランガイスの民と同じような仕事をしながら、しかし彼らの眼には一切の生気が感じ取れなかったのだ。
「父上、これは一体」
その光景に、ドルガーは即座に領土へと戻り父を問いただした。
そして理解した。なぜあのような惨状がまかり通っているのかを。
トルデリシア帝国における貴族の序列は、ひとえに代々の皇帝陛下の気分一つで決まってしまう。
国の権力者たちを隷属魔法で縛り上げる皇帝陛下は、文字通りの絶対権力者であり、反乱を起こす諸侯など存在するはずもなかった。
帝国貴族の序列というのは、いかに皇帝陛下に気に入られているかということによって決定する。
ゆえに出世するのは高潔な実力者ではなく、媚を売ることを得意とする小物の方なのだ。
帝国の領地は、等しく重税をかけられている。
その内訳は帝都に送る貢物と、領主が平民にかける税の二種類がある。
そしてグランガイスの領地は後者が圧倒的に低く、グランガイス以外の領地は圧倒的にそれが高額だったのだ。
帝国で貴族が出世するには皇帝陛下に気に入られるしかない。
そして、義務付けられている貢物を献上するだけでは当然皇帝に気に入られるはずもない。
そうである以上、グランガイス以外の帝国貴族たちは領民に対して貢物以外にも重税を課し、家宝を容赦なく奪い去り、器量のいい娘たちを人さらいも同然に召し上げて行っていたのだ。
貴族たちは皇帝が要らないと言えばそれだけで首が飛んでしまう。
ゆえに彼らは保身のために領民たちを鞭打っていたのだ。
「ならばなぜ我が領地はこうまで異なるのですか?」
ドルガーの問いに、ホルキスは答えた。
グランガイス家は定められた貢物も送らないまま末席であるとはいえ長年帝国貴族に名を連ねている。
なぜなら、与えられている領土がわけありの土地であったからだ。
グランガイスの領地は、フォルシアンと大山脈に隣接する辺鄙な領土。
竜号が起こった際にシェルビエントからの援軍も届くことないその領地は、帝国の中において最も忌避される領地なのだ。
誰も管理したがらないこの土地をグランガイスは代々守り抜いてきたという功績があると同時に、その土地を貰いたいと思う奇特な貴族がいなかったため、グランガイスは代々末席とはいえ帝国貴族であり続けたのだ。
竜号が発生するたびに滅亡の危機に瀕しながらも、グランガイスは領民たちを守るために剣を手に取り戦いぬいた。
そんなグランガイスの武勇と統治を好む人々が、危険な領地であってもと流れ込んでいったのだ。
それがグランガイス家存続の理由。
民のために、国のためにその力を尽くしていたからこそ存続していた高潔な一族。
強くなることにしか目を向けていなかったドルガーにとって、自分の父と先祖たちが行ってきたその生き方はあまりにも衝撃的であり、同時に深く感銘を受けた。
最後に、父ホルキスはドルガーに伝えた。
「お前は歴代のグランガイスの中で間違いなく最強の男だ。お前が行く道をわしが遮ることは無い。お前の力をどう使うかは、お前が決めろ。恐らく、それが何よりもこの領地の、そしてこの世界のためになる」
父ホルキスの言葉に、ドルガーは深い衝撃を受けた。
自分よりもはるかに弱い父と歴代の当主たちは、その弱い力を絞り出し、この危険な領地を守り続けて生きたのだ。
それを知った日から数えて10日間、青年だったドルガーは部屋に閉じこもり、ただ何かを考え続けていた。
そして10日たったある日、突如ドルガーは領内の兵士たちを集めた。
集まった兵士たちに対し、ドルガーはあることを告げた。
「おそらくは10年後に、この土地に竜号が発生する! 俺はその竜号を抑え込むために同志を集おうと思う! 俺と共に、かの大災害と戦おうと思う者は名乗りを上げろ! 俺が大山脈のトカゲどもと戦えるように鍛えてやる!」
まるで領土全体にとどろかんばかりの轟声でそう告げたドルガーの言葉に、兵士たちは誰もが戸惑った。
しかしドルガーの実力を良く知っている兵士たちは、特にドルガーの強さに強くあこがれを抱いていた若い兵士たちを中心に志願者たちが集まった。
そんな彼らを、ドルガーは鍛えに鍛え上げた。
何の容赦もなく、訓練中に再起不能となり脱落する者が現れながらも、ドルガーはどこまでも苛烈に兵士たちを鍛え上げ続けた。
そして10年後、青年だったドルガーが壮年となり、鍛えた兵士たちの全身が傷だらけになってきた時、その大災害がやってきた。
伝え聞く通り何の前触れもなく大山脈から降りてきた竜種たちは、グランガイスの領民たちを食い荒らそうとなだれ込んできたのだ。
しかし、竜種たちにとっては不運だったとしか言いようがない。
グランガイス領を守る兵士たちは竜種を討伐することさえ梃子摺るものの、その巧みな連係と戦い方で見事に足止めしてのけていた。
そして彼らを鍛え上げた人物は、単身竜の群れの中に舞い降り、瞬く間に竜たちを撃滅していった。
結果としてグランガイス領の被害はゼロ。
領内の竜種を片付けたドルガー軍はそのまま南東へと進軍し、各領地を荒らしていた竜種を撃滅していった。
その被害総数は僅かに1000足らず。
シェルビエントの魔導師たちよりもはるかに圧倒的な速さで竜種を殲滅したドルガーの武勇は帝都まで響き渡り、貢物として一際大きな竜種を献上したドルガーは、時の皇帝オルバール・L・トルデリシアに呼び寄せられ帝国貴族の仲間入りを果たすこととなった。
「……」
目をパチリと開け、ドルガーは黙したまま腕を組んでいた。
ある気配が、彼の微睡を一瞬のうちに吹き飛ばしたゆえだ。
そして、それと同時に扉をけ破らんばかりの勢いで1人の兵士がドルガーの元へと駆けこんできた。
「ほ、報告! 件の炎鳥が現れました!」
「来たか」
配下からの報告を聞き、ドルガーは剣を片手に立ち上がった。
「将軍! 敵は!」
「分かっておるさ」
ドルガーがそう言った直後、突如部屋の壁を貫き、一匹の氷龍がドルガーの元へと飛来した。
「ムウン!!」
突如飛来した最上級魔法の一撃を、しかしドルガーは剣の一薙ぎで両断する。
「……お前は下がり、場内の部隊をここへ呼び集めろ」
「はッ!」
一言そう返事をして、伝令兵はその場を後にした。
そして、ドルガーは氷龍がこじ開けた風穴から外を眺める。
その視線の先には、フォルシアンにて遭遇した赤く巨大な炎鳥ファーレンベルクの姿があり、その背には7名の戦士の姿があった。
そして、その背から3名の男が飛び降りる。
「ほう、各国最強の戦士が勢ぞろい、といったところか?」
ファーレンベルクの背から飛び降りてあっさりとドルガーの目の前に着地した3名の戦士は、巨漢の獣人バストラング、フォルシアンの剣士トリストス、そして、ノーストンの将軍ジェクトであった。




