決戦用意3
「さて、作戦のご説明に入る前にまずは自己紹介を行わせていただきましょう。まずは私から。私の名はジェクト。ノーストンで将軍職を務めています」
「妾はセレスティーナ・クララベル。フォルシアンの王女を務めておる」
「俺はトリストス。見ての通りただの剣士だ」
「シルディエ・グランガイス。元帝国軍の裏切り者よ」
「バストラング」
などと徐々に控えめになっていく自己紹介を簡潔に終える。
初対面ではあれども武勇自体は伝わっているので、改めて名乗る必要性自体もあまりない。
もっと言えば俺とフィナリアは全員と顔見知りなので改めて自己紹介をする必要もない。
この面子に限って言えば自己紹介はあまり重要ではない。
なぜなら俺を除く全員が超常の力を振るう超人たちの集まりなのだから、それ以上の紹介は必要ないのだ。
「さて、今日皆さまに集まっていただいたのは他でもありません。帝国との戦いに決着をつけるためです」
全員の自己紹介が終わったと同時にジェクト将軍がそんなことを口にした。
「さて、まずはなぜ皆様に集まっていただいたのかを説明しなければなりませんね」
「そうだな。こんな面子そろえて、一体何を始めようってんだ?」
ジェクト将軍が説明を始めようとしたときにトリストスがそんな横やりを入れる。
確かに言われてみればその通り。
ジェクト将軍が出てきたということは、現在フォルシアンだけではなくノーストンもかなり無防備な状態になっている。
今、三国の腕利きは全員このリスタコメントスに集中しているということになるのだ。
シルディエとフィナリアは戦略にも明るいせいか涼しい顔をしているが、俺たちにはさっぱりだ。
「ではご説明しましょう。この度の作戦の狙いは、要塞都市ヴァルシアを陥落させることにあります。皆さまがここに集まっていただいたのは、そのためです」
「で、ジェクト将軍は具体的にどのような策を用いるつもりなので?」
シルディエがジェクトに対してそんな問いを口にする。
それに対し、ジェクトは頷き策を述べた。
「ここにいる全員でヴァルシアに乗り込み、皇帝をはじめとする帝国貴族を制圧します」
「…へ?」
ジェクト将軍が口にした言葉に、俺は思いっきり疑問符をつけて口を開いた。
「ここにいる全員って、7人で?」
「正確にはファーレンベルクも含めてです。私達7名が帝国に強襲をかけるためにはファーレンベルクの力が必要なので」
俺の疑問に、ジェクト将軍は俺の意図とはずれた解答を口にした。
「ちょっとタンマ! それってこの面子で帝国全軍を相手にするってことですか!?」
あわてて俺はジェクト将軍を問いただす。
要塞都市ヴァルシアは帝都の宮殿が破壊された今、実質的に帝国の中心となっている地点である。
そこに乗り込むということはつまり帝国軍全体を敵に回すということになる。
いくら腕利きが揃っているとはいってもそれは自殺行為なのではないだろうか?
しかしジェクト将軍は予想していたとばかりに俺の疑問に言葉を返す。
「帝国は現在三国に囲まれております。そのため、帝国軍の大半はその牽制のために国境付近に集中しております。また、ノーストンとリスタコメントスは既に国境付近の兵力を集めてあるため、それはさらに顕著になっております。つまり、ヴァルシアの兵力そのものはそこまで結集しておりません」
「と言っても、相当な兵力がいるのは間違いないのでは?」
「勿論。だからこそ、各国の備える最大戦力を集結させる必要があるのです」
俺の問いに、ジェクト将軍がよどみなくそんなことを口にする。
そのあまりに無謀な作戦に、俺は完全に閉口しており、他の面々もにわかに厳しい表情を浮かべていた。
「ジェクト将軍、だったかのう。一つ聞いてもいいか?」
「はい。なんでしょうかセレスティーナ様」
「確かにその作戦ならば短期決戦を望むことが出来ようが、なぜそのような無茶をする。すでに帝国を包囲することには成功しておるのだ。少しずつ攻めれば、帝国は終わりではないのか?」
セレスティーナの指摘に、俺たちは再びジェクト将軍の方を向いた。
当然と言えば当然のその指摘に、しかしジェクト将軍は首を横に振った。
「確かに、確実に勝利を収めようと思えば、セレスティーナ様のおっしゃる方法が最も確実でしょう」
「であれば」
「しかし、それは非常に拙いのです」
セレスティーナの言葉を遮るようにジェクト将軍はそんなことを口にした。
「拙いとは、どういうことじゃ?」
「そもそもこの反乱は、魔族が人間界に襲撃したことが発端となっています。魔族の蹂躙の前に、帝国貴族たちは対策を練るどころか帝都の宮殿を再建するために税を引き上げるという暴挙を行いました。ゆえに我々は反乱を起こしたのです。つまり、この反乱の最終目的は帝国ではなく、魔族の侵略に備えるための戦いなのです」
「………」
そう言えばそうだった。
今まで人間界内での騒乱が激しすぎてスッパリ忘れていたが、この戦いはそもそも魔族に対する体制を整えるための戦いなのだ。
あれ以来さっぱり途絶えている侵略に対し、俺は知らず知らずのうちに魔族のことを忘れ去っていたのだ。
今もなおロウセイ師匠がシェルビエントで魔族を相手に戦っているかもしれないというときに。
「魔族たちは私たちがこうしている今攻め込んできても何の不思議もありません。ゆえに、この反乱は一日も早く、一人でも少なく犠牲者を抑えて終わらせなければなりません。帝国軍の過半数を国境に集めるように仕向けたのも、少数精鋭で要塞都市に乗り込むのも、全てはそのための策にほかなりません」
ジェクトの説明に、俺は先ほどまで浮かんでいた反論が収まっていくのを感じた。
無茶で無謀な作戦に聞こえたが、その策は目的となるための骨子がはっきり整っている。
確かにセレスティーナの言う策であれば確実に帝国を追い詰められるだろうが、それでは双方に尋常ではない被害が続出する。
そうなれば、いざ魔族が攻め込んできた時に対応できなくなってしまう。
「……もう一つ、質問良いですか?」
「どうぞ」
「なんで俺も同行することになるんですか? こういってはなんですが、俺は戦力にはなりませんよ?」
ここにいる7人で、ということは、恐らく俺も頭数に数えられている。
俺、フィナリア、ジェクト、シルディエ、バストラング、トリストス、セレスティーナしかこの場にいないからだ。
だが、リスタコメントス軍の中には俺より手練れなどいくらでもいる。
ゆえに俺が同行する意味が分からないのだ。
そんな俺の問いに、ジェクト将軍は頷き答えた。
「この度の奇襲作戦は超人級を集めているとはいえ多勢に無勢。そんな中で、我々はドルガー将軍とロイルド卿。そしてドルガー軍をはじめとする帝国最強の兵士たちの相手をしなければならなくなるでしょう。である以上、クウヤ殿のような尋常ならざる白魔法の使い手も必要なのです」
「加えて言えば、クウヤさんはファーレンベルクの主でもあります。有事の際、かの炎鳥を使役できるクウヤさんの存在が必要になる可能性も十分に考えられます」
ジェクト将軍を援護するようにフィナリアが俺にそんなことを言ってきた。
……考えて見れば俺が戦力外なのは当然で、そんなことも当然計算に入っているのだろう。
「分かりました。作戦の決行はいつです?」
「一週間後に出発すると同時に、ノーストンとリスタコメントス軍が国境を牽制する予定です。ですので、今晩はゆっくりとお休みください」
その問いを最後に、会議は終了した。
力任せのこの一戦ですべてが決まる。
そのせいか、場には言いようのない重圧が漂っていた。
「しっかし、えらいことになっちまったな」
決戦前夜、会議が終わったのちに俺はそんなことを口にしながらリスタコメントスの城内を歩いていた。
しかしぼやきたくなるのも当然だろう。
一週間後になれば俺はフィナリア達と共に万単位の敵がいるであろう要塞都市に殴り込みに行かないといけないのだから。
元居た世界で読んだことのあるファンタジーものだと、こういう状況に立ち向かう主人公には何かしらの力があったりするものなのだが、あいにく純粋に俺の力と言えるものは白魔法くらいしかない。
いや、その気になれば全属性魔法を扱うことは出来るのだが、白魔法ほどに熟練していないので火球とか風弾とかが出せるくらいなのだ。
そしてそんなものファーレンベルクと常に行動を共にしている俺が使っても意味など皆無なので、必然的に俺は白魔法以外使わなくなっていたというだけの話なのだが。
「……なんか役に立てるのかねー」
「何が?」
「いや、俺みたいなヘボが足を引っ張らないか…と?」
あれ?
俺今誰かと話してたか?
恐る恐る首を回すと、そこにはシルディエがいた。
「なに? お化けでも見るような顔で」
「いいぇ、ただ全く気配に気づかなかったもので」
「あなたに気配察知なんてことが出来たの?」
辛辣なシルディエに俺は肩を竦める。
戦力としてあてにしないでほしいと公言してはいるものの、こうも真正面から戦力外通告みたいなこと言われるのもなかなか厳しい。
「誰にも得手不得手というものはあるわ。あなたは炎鳥の担い手で、一流の白魔導師。戦うのはあなたの役目ではないでしょう?」
俺を視界の端で捉えながら、シルディエはそんなことを呟いた。
彼女と数度しか言葉を交わしたことの無い俺は、その言葉に呆気にとられていた。
「……何?」
「いや、慰めてくれるのかなって」
「さっきも言ったけど、役割分担よ。私たちの誰かが負傷したら、あなたの出番が来るわ。それまで、あなたの仕事は負傷しないことよ」
「……へい」
ぶっきらぼうながらそんなことを口にするシルディエに、俺はそんな返事をした。
「あまり難しいことは考えない方がいいわ。今回の作戦は単純明快だからなおさらね」
そう言って立ち去ろうとするシルディエに、俺は声をかけた。
「……あの、シルディエさん?」
「シルディエでいいわ。それで、何?」
歩を止めてこちらを向いたシルディエに、俺は浮かんだ疑問を口にした。
「ドルガー将軍は、なんで帝国に味方しているんでしょうか?」
「……」
俺の問いに、シルディエは眉をひそめた。
「なぜ、そんな問いを?」
「いや、ドルガー将軍は、他の帝国の連中とは全然違う気がしたから、かな?」
マトワールは妹を人質に取ってバストラングを無理やり従わせた。
エルリオットは隷属魔法を用いて獣人族を強制徴兵した。
エベルスの野郎は責任逃れのためにシルディエに濡れ衣を着せた。
そんな腐った連中はびこる帝国において、ドルガー将軍はすがすがしいまでに武人という感じがするのだ。
ヴァルシアでの一戦しかり。
話に聞くリスタコメントスでの開戦しかり。
フォルシアンでの一戦しかりである。
敵に回せばこの上なく恐ろしいが、その圧倒的な武力ゆえにドルガー将軍は明らかに帝国貴族らしくないのだ。
「……分からないの。私にも」
そんな俺の問いに、シルディエは静かにそう告げた。
「父上は、少なくとも幼少期の私があこがれた父上は、帝国国民を慮る名君であり、グランガイスの誇りだった。伝説の厄災『竜号』を防ぐ帝国最強の軍を造り上げ、その軍を常に帝国各地に派遣し続けたことからも、それは疑う余地はないの」
そう言って、しかしシルディエは通路から見える空を眺めながら続きを口にした。
「でも、私が国境警備軍に所属したころから、私は父とは一切合わなくなったの。だから、今の父が何を考えて帝国側に居続けるのかが私には全く分からない。私の知る父上なら、帝国民の未来のために迷わず命を懸けるわ。なのに…」
迷いを口にするように、シルディエはそう告げる。
「…シルディエは、その、お父さんとは」
「戦うわ」
途切れ途切れの俺の問いに、逆にシルディエが何のためらいもなくそう告げた。
「最早帝国は人間界の膿と化しているわ。そんな帝国を生かそうとするなら、たとえ父上であっても容赦はしない。たとえ、私がこの手で殺めることになってもね」
「そう、ですか」
シルディエの決意は固いように見えたが、どこか肩肘張っているように見えるのは気のせいではないだろう。
シルディエの言葉からは、その節々からドルガー将軍に対する敬意が見て取れる。
恐らく、彼女にとってドルガー将軍は一人の父としても、一人の将兵としても尊敬に値する人物なのだ。
「……」
なんで、ドルガー将軍はあっち側なのだろうか?
シルディエの話を聞く限りでは、ドルガー将軍は決して卑劣漢などではないし、我が身かわいさで他者を陥れるような人物でもない。
そして、それは何より正面から対峙した俺たちがより深く理解している。
ドルガー将軍の戦い方には保身というものが完全に抜け落ちていたように感じる。
だからこそ、ドルガー将軍が帝国貴族として帝国側にいることに俺たちは強烈な違和感を抱くのだ。
「クウヤ」
そんな俺に、シルディエが一言忠告を口にする。
「実際に戦ったあなたならわかるでしょうけど、父上は後方で指揮を執るような人物ではなく、先陣を切って敵をなぎ倒す猛将よ。父上と戦わずに帝国を落とせるなんてことはありえない。そのことは忘れないで」
「……了解。まあ、俺にできることはやりますよ」
「ええ。それでいいわ」
そう言うと、シルディエは踵を返して歩み去った。
「……来週か」
あと数日の後、俺たちは人間界に巣くう最大の闇である帝国に決戦を挑むこととなる。
それは、世界を救うための俺の旅に何かしらの影響を及ぼすことになる一戦となるだろう。
決して、負けるわけにはいかないのだ。
たとえ、ドルガー将軍にどのような大義があったとしても。
「世界を救う。か」
自分で思いながら笑いがこみあげてしまう。
一介の大学生だった自分が、異世界にやって来て世界を救うためにファーレンベルクを託され、今やこうしていくつもの国を巻き込んでの大戦争の中心にいるのだ。
「元の世界に帰るためとはいえ、とんでもない行程を歩まされているな………………?」
自分で口にした言葉に、俺は一つ疑問を抱いた。
俺は元の世界で生き返るためにこの世界の滅びの因果を解こうとしてきた。
だが、俺は果たして元の世界に帰りたいんだろうか?
「いや、帰りたくないはずは、無い、よな?」
そんな問いを自分にかけながら、俺は疑問符を浮かべる。
元の世界には両親だっているし、兄弟だっている。
友人だっているし、楽しい物もたくさんある。
俺が帰りたくない理由などありはしないのだ。
「………」
だというのに、俺の胸はざわめいたままだった。
それは、気が付かぬうちにこの世界にいることが当然のようになっている自分の心境の変化に今更気が付いたからだ。
「だあああああああ、もう」
頭を振り回してその考えを放り出す。
今そんなことを考えても取らぬ狸の皮算用というものだ。
決戦が控えているというのに何を考えているんだ俺は!
「……寝るか」
そうつぶやき、俺はなるべく頭をからっぽにしながら割り当てられた部屋へと向かう。
しかし、頭の奥にはその答えから目を背けるべきではないという心の声が響き渡っていた。




