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突破劇

「エベルス様」


 朝日が昇ってしばし後、配下の一人がエベルスを起こしにやってくる。


「あ、ああ?」


 極めて不機嫌そうにエベルスが起き上がる。

 

「エベルス様。本日は全軍を以てリスタコメントス軍を蹂躙する日でございます。ご命令を」


 機先を制するように配下がエベルスに対して言葉を紡ぐ。

 エベルスは安眠を妨害したというだけで首を飛ばしかねないので、さっさと興味を自分から離さなければならないのだ。


「ああ。今日はあの野人どもを葬る日か」


 そう言うと、エベルスは体を起こして命令を口にする。


「全軍に前進させ、あの野人どもを皆殺しにしろ」


「は!」


 エベルスの命令に配下が頷く。

 先日の内に用意はととのえてあるので出撃自体はいつでもできる。

 ただ、その出撃の号令をかける将軍が寝ていたので合図がなかっただけの話なのだ。

 








「帝国軍が移動を開始しました!」


「…来たか」


 翌日、報告を受けたシルディエは目を細める。

 昨日で多少数を減らしたとはいえ、先日敵の本隊が動いていない以上、数の上では未だ敵の方が圧倒的に有利となる。

 

 おまけに相手には膨大な数の魔導師部隊を有しており、まともにぶつかれば前衛に手間取っているうちに制圧されてしまう。

 本来であれば乱戦になった時点で魔導師の援護などできるものではないのだが、昨日ヌーア隊に対して行ったことを鑑みるにエベルス軍は味方を巻き込むことを憂うつもりはないらしい。


 確かに前衛部隊が勝負になっていない以上、間違った判断とは言い難い。


 ……ごく狭い視野で物を見れば、だが。


 ああいったやり方をすれば味方の士気が大いに下がってしまう。

 何しろ乱戦の最中、背後に並ぶ部隊から切り捨てられてしまうのだ。

 前も後ろも敵となれば士気を高く保つことなど不可能に近い。


 命を捨てて敵を殺しつくそうという決死隊ならともかく、エベルス軍にはそんな死生観を以て戦に挑むような武士はいない。

 となれば、今こちらに向かってくる30万の大軍には自分たちとぶつかれば背後から魔法で打ち抜かれてしまうのではないかという不安を抱いていて不思議はない。


 圧倒的な力で蹂躙してやればことは簡単に収まる。


そう考えたシルディエは、騎馬隊の先頭に立つ巨漢の獣人に声をかけた。


「私達のやることは、分かってる?」


「…もちろん」


 戦斧を背に背負った巨漢の獣人バストラングは、シルディエの言葉に頷いた。


「そう、なら」


 シルディエは騎馬にまたがった状態でバストラングに並び、改めて帝国軍を見据える。

 どうやらエベルス将軍は相当に腹を立てている様子で、自分を囲む近衛兵以外の全てを突撃させているようだ。


 練度の低い軍とはいえ、30万も動けばさすがに圧巻である。

 その圧倒的な軍勢に、リスタコメントス軍もわずかに動揺が見られる。

 しかし誰も逃げようとはしていない。

 分かっているのだ。この一戦がどれほど重要なのかを。


「全軍、突撃!」


 その光景を前に、シルディエは突撃命令を下す。

 怒号と共に、シルディエの背後を騎馬隊が追従する。


 シルディエの傍らを、馬に乗っていないバストラングが並走する。

 一種異様な光景だが、少なくともリスタコメントス軍にいる者はほとんどそのことを気にしていない。


「オオオオオオォォォォォォ!!!!!」


 シルディエとバストラングが先陣を切っているせいか、後方の騎馬隊の指揮が大きく上がっている。

 リスタコメントス軍の騎馬隊のほとんどはフィナリアに保護された元国境警備軍の団員である。

 

 元々絶対的な信頼を置いていた隊長シルディエと、自分たちを正面から打ち砕いてのけたバストラングの二人が前を走っていて指揮が上がらないはずがない。


 見る見るうちに帝国軍の先方に肉薄する。

 帝国軍の兵力は圧倒的ではあるが、その反面先頭の部隊は魔導師部隊の射程から外れている。

 今魔導師部隊が攻撃を仕掛ければ、その攻撃はリスタコメントス軍ではなく帝国軍の陣形内に降り注いでしまう。

 

 ゆえに敵の魔導師部隊の攻撃はありえない。

 それは向こうも承知の上のようで、彼我の距離はあと数十メートルという程度まで詰められた。


 直後、バストラングが突出し、無言で戦斧を振るう。


 帝国軍に悲鳴と血しぶきが舞い上がる。

 バストラングは目にもとまらぬ速さで斧を振り抜いており、その斧が振るわれるたびに敵の騎馬が数体倒される。

 

 しかも倒された数体が後続を巻き込むため、バストラングが斧を一度振るうだけで10近い騎馬の足が止まってしまう。


 それを目にもとまらぬ速さで繰り出し続けたらどうなるか。

 見る見るうちに敵の騎馬隊が削り取られ、はっきりとわかるほどの大穴がエベルス軍の騎馬隊に空いた。


「あそこに突撃するぞ!」


「オオオオオオオォォォォォォォォ!!!!」


 バストラングがこじ開けた部分にシルディエ達が飛び込む。

 実戦慣れしていないエベルス軍はバストラングの猛威から及び腰になっており、そこを突かれて完全に瓦解する。


 リスタコメントス軍と接触している部分が瓦解したため、まるでドミノ倒しのようにその倒壊が波及していく。

 結果として、リスタコメントス軍はいともあっさりと騎馬隊を真正面から突破してしまった。


「本陣めがけて突撃しろ!」


「ウオオオォオォォォォォオオ!!!」


 バストラングを中心にシルディエ率いる騎馬隊が真っ直ぐに敵陣を食い破る。

 そこであいた大穴にサルラ率いる本隊が突撃をかけるせいで帝国軍は最早軍としての体を成していなかった。


 正面に押し立てられていた騎馬隊を突破してしまえば、エベルス軍に残っているのは腰の引けた歩兵のみ。

 そんなものがリスタコメントス軍の足止めになるはずもない。


「ひいいいぃぃぃい!!!」


「に、逃げろ!!」


 真っ直ぐに蹂躙される中、歩兵たちは完全に及び腰になりながら逃げ惑っている。

 シルディエの睨んだ通りで、歩兵たちは先日魔導師部隊の巻き添えになった仲間たちの一件から元々士気が低かったのだろう。

 

 今回矢面に立つのは騎馬隊だったため後方から追従してきたのだろうが、その騎馬隊があっさりと抜かれていつ巻き添えをくらうか分からない状況に陥り歩兵たちはほぼパニック状態に陥っている。


 そして、その予想は大当たりだった。


「右に旋回しろ!」

 

 シルディエがそう指示すると、騎馬隊が大きく右に進路を変える。

 直後、騎馬隊の進路上に無数の魔法が叩き込まれた。

 弓兵の飛距離にも限界があるように魔導師部隊の攻撃範囲にも限界は存在している。

 

 フィナリアやシルディエあたりの一流魔導師から見れば帝国軍魔導師部隊の間合いを測ることなど造作もない。

 

 軌道を逸らすことで魔導師部隊の魔法が空振りに終わり、魔法の雨は味方の歩兵のみに降り注ぐ。


「……」


 その光景を横目で観察しながら、シルディエは黙考する。

 エベルスの首級を挙げればこの戦いが終わるのは目に見えているが、そのためには魔導師部隊の存在が邪魔になる。

 

シルディエ率いる騎馬隊も、その後方から迫ってきている本隊も、大量に並んだ魔導師たちに肉薄するまでに大きな犠牲を出すのは目に見えている。


 となれば。


「バストラング!」


 先頭を走るバストラングに向かってシルディエが声をかける。

 それに気づいたバストラングが、シルディエに並走する。


「このまま二人で魔導師部隊に強襲をかける!」


 シルディエの提案に、バストラングは一も二もなく頷いた。


「騎馬隊の指揮は任せた! 魔導師部隊の射程範囲に入らないように注意しろ!」


 シルディエは後方の部隊長にそう指示を下してバストラングと共に魔導師部隊めがけて突撃した。


 当然魔導師たちはシルディエとバストラングめがけて魔法を放ってくる。

 しかしさすがに突出してきた二人に魔導師部隊全員が攻撃を仕掛けてくるようなこともなく、二人に迫ってくる魔法は実に散発的なものであった。


 当然そんな魔法ではシルディエの防御を突破できるはずもない。


『招雷』


 シルディエが紡いだ突如現れた雷によって二人に直撃しそうになっていた魔法が撃ち落とされる。


 シルディエに取って乗馬しながら魔法を扱うなど造作もないが、さすがに騎馬隊を守れるだけの大規模魔法を展開させることなどはできない。

 しかしそれがバストラングと自分の二人を守るだけであればその難易度は一気に下がる。

 まして敵の魔導師から見れば二人の自殺志願者がこちらに向かってくるように見えるだけ。むしろ万単位の軍が入り乱れる中でシルディエとバストラングの存在に気付く魔導師の方が少ない。


 バストラングがシルディエの前方の道を切り開き、シルディエはこちらに迫ってくる魔法をピンポイントに撃ち落とす。

 見る見るうちに魔導師部隊が目と鼻の先へ迫る。


 目前に迫ったエベルス軍に向かい、シルディエは今一度魔法を紡いだ。


『雷鳴閃!』


 シルディエが魔法を紡ぐと、直後地面と水平に稲妻が落ちた。

 かつてフィナリアの風龍弾の勢いを正面から殺した魔法が、ジグザグの軌道を描きながら魔導師部隊に直撃する。

 その魔法の一撃を受け、魔導師部隊に明確なまでに穴が開く。


「オオオオオオオ!!!!」


 すかさずその穴にバストラングが飛び込んだ。

 歩兵や騎馬を相手に圧倒してのけたバストラングである。懐に入られた遠距離攻撃を専門とする魔導師が勝負になるはずもない

 

 そしてさすがの魔導師部隊も、同じ舞台の仲間である彼らを巻き添えにするように魔法を放つことはさすがにためらった。

 もしそんなことをすれば最早戦どころではなくなってしまうのは目に見えている。


 そして魔導師部隊は敵の最後尾、つまりここを突破してしまえば残るのはエベルスの近衛兵のみである。

 シルディエが魔法で援護しながら、バストラングが魔導師部隊に風穴を開けているので、エベルスの近衛部隊は最早目と鼻の先だ。

 

 しばし後、バストラングが斧を振り回すのをやめると、魔導師部隊の後方に陣取るエベルス近衛兵が目に入った。


 そしてその中央にある一際煌びやかな馬車から顔を出す一人の人物の姿が目に飛び込んできた瞬間、シルディエは思わずその口を開いた。


「エベルス」


「な!?」


 突然魔導師部隊を食い破って現れたシルディエとバストラングに対し、エベルスとその近衛兵たちから驚愕の声が上がった。


 しかしそれも当然だろう。

 いかに人外じみた能力を持っているとはいえ、たったの二人で30万の大軍の中腹を突破してきたのだから驚くなと言うほうが無理な話だろう。


 実際、エベルス軍が一つの軍として機能していれば、いかにシルディエとバストラングでもそう簡単には突破することは不可能だった。

 しかし昨日の一戦からエベルス軍はリスタコメントス軍の実力を目の当たりにした上に、後方の魔導師部隊の巻き添えをくらうのではないかという不安感から著しく士気が下がっていた。


 そんな中で再びリスタコメントス軍が正面から前衛の騎馬隊を食い破ったため、エベルス軍の兵士は最早統率も何もなくなってしまっていたのだ。

 そうでなければシルディエとバストラングという異常な突破力を持っていたとしても食い破るのは困難を極めたことだろう。


 つまりは。


「そちらの負けだ。エベルス・ホットファード将軍」


 軍の指揮においても、個人の武勇においても、兵士の練度においても、エベルスという人物はシルディエの足元にも及ばなかったというだけの話なのだ。

 

「だ、黙れ! 敵はたったの二人だ! 何をしている! さっさと蹴散らせ!」


「は、はい!」


 そう言ってエベルスの近衛兵たちがシルディエとバストラングめがけて迫ってきた。

 それに対してシルディエは一度馬を降り、手にしていた槍を構えた。


「はっ!」


 シルディエの凛々しい声が響いたかと思った直後、その槍が間合いに入った近衛兵に風穴を開ける。


「……」


 隣ではバストラングが作業のように戦斧を振るっている。

 本人は勿論、シルディエにも返り血がかからないように気遣っているらしい。

 二人に近づいた近衛兵たちは見る見るうちにその数を減らしていく。


「な、何を遊んでおる! お前も行け!」


 そう言ってエベルスが副官らしき人物の背を蹴とばすが、その副官にしても完全に青ざめて腰が引けている。

 

 シルディエは近衛兵に鋭い目を向けながら歩み寄っていった。

 その圧倒的な武威と殺気を前に、もはや誰一人としてシルディエとバストラングの歩みを阻もうとはしていなかった。


「何をしている貴様ら! お前たちは腕が立つから高い金を払って雇ってやっているのだぞ! こんな時に役に立たなくていつ役に立つと……」


「もうそこまででいいでしょう。エベルス卿」


 喚き散らすエベルスの馬車の眼前で、シルディエが歩を止めた。


「あなたはここで倒します」


 そう言ってシルディエが槍を構えた。

 直後。


「っ!!」


 突然シルディエは強烈な魔力を感じ取り大きく後退した。

 そしてその予想は当たり、エベルスの豪華な馬車を食い破り一匹の龍が姿を現す。


 龍と言ってもその身は炎で覆われており、魔力によって具現化しているのは誰の眼にも明らかだった。

 つまり。


「……ロイルド・インディオス卿」


 破壊された馬車の中から現れた魔導師を見て、シルディエは術者の名前を口にした。


「ははは。久々ですな。シルディエ・グランガイス殿」


「なぜあなたがここに?」


 そんなシルディエの質問に、ロイルドは愉快そうに答える。


「なに。エベルス卿に魔導師部隊を貸すと同時に、少々同行していただけの話ですよ」


「……」


 ロイルドの話を聞き流しながら、シルディエは槍に雷を宿す。

 もとよりなぜ帝国魔道総師がこんなところにいるのかなど興味はない。

 重要なのは、この場に帝国最強の魔導師がいるということだけである。


 相手もそのことを察したのか、シルディエを見ながらにやりと笑う。


「ふむ。確かに私がこの場に居る理由など君にはどうでもよかったな。なら、戦場出会いまみえた者の宿命とやらを始めようか」


 そう言うと、ロイルドが生み出していた火龍がシルディエに対して飛来した。


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